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治癒術師の場合

「もう、大変だったんですからあ」

「そうだな」

「全員で勇者追放とか言い出した時は気を失いかけましたよう。今までの苦労が水の泡かと」

「そうだな」

「あげくに勇者一人で突っ走って……あの程度で魔王さまに勝てるはずないし、かと言ってあたしの正体明かすわけにもいかないし」

「そうだな」

「……って、本当にわかってます? アシュタロトさま?」


 月明りの射す深い深い山の奥。

 二人の人影が、簡素な卓で飲み交わしていた。


 酒杯片手にぐちを吐いているのはエリカ。酒も不満も尽きるところがない。

 対して差し向かいの紳士は終始穏やかに微笑みながらエリカの杯に酒をつぎ足している。

 こちらはほとんど口を挟まずに酒杯を傾けるのみだった。頭部のいかつい角に似合わず、にこにこと穏やかな表情でエリカの繰り言を辛抱強く聞き続けている。


 紳士の名はアシュタロト。魔王軍四天王のひとりだ。


 それに対するエリカは術師のローブを脱ぎ、すっかりくつろいで油断しきっていた。卓に突っ伏す小さな身体は、だがいつものエリカの姿とは少し違っていた。頭にはくるりと巻いた小さな角。背中には同じく小さな六枚の羽。尻尾。


 四天王の配下、十二魔将の末席。それがエリカだった。


 術師のローブをまとったエリカは人の皮をかぶっている。魔王特製のそれはエリカの本当の姿と魔力を完全に隠してしまい、どれほど優れた鑑定眼を持っていようと人間に見破ることは不可能だ。

 十二魔将内でのエリカの序列が低いのは主に攻撃系の力を持たないからだが、治癒・回復系の魔力はずば抜けており、それだけは人の皮でも隠し切れなかった。そのこぼれ出る魔力で人間の治癒術師を名乗り、魔王の密命を遂行しているのだが。


「『自分に敵対できるだけの勇者のパーティを育てろ』とか、無茶にもほどがありますよお。人間が魔王さまに敵うわけないじゃないですかあ」

「だが今回の対決には満足なさっているようだよ」

「ほんとですかあ? あんなしょぼい勇者で?」

「ああ。思いのほか血が騒いだようだ。それにそっちも、結果的にうまく収まったようだし」


 その後勇者エリアルはパーティメンバーのもとへ戻り、初めてメンバーに頭を下げた。気まずい思いに戸惑いながらも、お互いはお互いの実力を認め、再出発を誓いあったのである。もちろんエリカの全力のとりなしがあったのは言うまでもない。


「はあ、魔王さまも趣味が悪いです。『一敗地にまみれた勇者一行が再び立ち上がり、さらなる成長を遂げて魔王に挑む』シチュエーションを作れとか……どれだけ人間界の絵草紙にかぶれてるんですか?」

「まさにそうなったじゃないか」

「ま、それは幸運でしたけどねえ……」


 エリカはだらしない姿勢のまま、くだを巻き続ける。

 苦笑しながらアシュタロトは酒を注ぐ。


 今、十二魔将の半数以上が『勇者のパーティ』と行動を共にしている。世界の各地で魔王の敵を育てているのだ。魔王と対決させるために。あまりにも強大な力を持てあました魔王を楽しませるためだけに。

 そのために聖剣を各地に配し、勇者を選出させ、自分に向かって来るように魔王が仕向けていることを人間は知らない。

 知っているのは配下の魔族――四天王と十二魔将。勇者のパーティに人間のふりをして潜り込み、勇者を育て上げている実働部隊の魔族たちだけだ。


「お前のパーティはそうなりそうじゃないか。魔王さまもお気に召すだろう」

「それまであとどれだけかかるとお思いですか!? ここまで持ってくるのだってすごく、すごーく苦労したんですよ!? まったく、リアル育成ゲームの手間のかかることと言ったら!」


 だん! と卓を叩いて立ち上がるエリカ。だいぶ酔っぱらっているようだ。


「ああ、もうっ! やってらんないっ! 【マテリアル・バスター】!」

「あっ、待て!」


 アシュタロトが止める間もなく、エリカの指先から光がほとばしり、遠くの山に一直線に飛んだ。

 彼方に黒々とたたずむ山が膨れ上がったかと思うと、一瞬で消えた。続いて辺りを襲う爆風。粒子にまで分解された巨大な質量が風に変換され、回りの全てをなぎ倒して広がっていく。


 あっという間に暴風は二人の居る場所にまで迫り、二人を木っ端のように吹き飛ばしてしまうかと思われた。その寸前でアシュタロトがすっと手を上げる。

 目に見えない暴風がその指先ですぱっと切り裂かれたようだった。周辺の木々がすっかり薙ぎ倒された中、アシュタロトの後ろだけが何事もなかったかのように元の姿を保っている。


「ああっ、一個じゃ足りないわ!」

「おいおい」


 エリカは立て続けに連山に魔力の玉を打ち込んでいった。

 魔法使いニーナが命がけで全魔力を使い果たした技を、エリカは事もなげに使いこなし、七個の山を次々と消し飛ばす。


「はあっ……。 ちょっとすっきり」

「やれやれ」


 普段はリミッターがかかっている魔力を制限なしに使い切り、少し満足げなエリカ。

 対するアシュタロトはあくまで冷静だった。


「かわいそうに……。山にだって生命はあるんだぞ」


 手を合わせて、呪文を唱える。


「【創世ジェネシス】」


 今しがた消し飛ばされた山が見る見る元に戻っていく。山のみならず、そこに生える木々や枝葉の数や形、さらにはそこにたかっていた虫の数まで。エリカの魔力によって破壊されたすべてを、彼は寸分違わず再生し終えた。


 エリカが魔法を繰り出す直前、アシュタロトは周辺の山の記録を録った。一瞬で周囲のすべてを読み取り、記憶し、それを元にすべてを再創造したのだ。黒々とした連山が再び月明りに照らし出される。ただ破壊するよりもはるかに高度な、再生の技。


「こんなすごい力の魔族が四人もいるのに……。もう弱っちい人間の勇者なんか育てるのやめて、四天王で紅白戦でもやりません? その方がよっぽどエキサイティングじゃないですか?」

「おいおい、簡単に言うな」


 相変わらず穏やかに苦笑しているアシュタロト。


「だがこの勇者育成ゲーム、魔王さまは案外お気に入りのようだよ」

「ほえ? そうなんですか?」

「ああ。かれこれ二百年くらい続けているからね」

「それは初めて聞きました。いったい何が面白いんでしょうねえ」

「か弱かった人間が見違えるほど成長して挑んでくるのが楽しみだとか。たとえ敵わないとわかっていても諦めずに挑んでくる強い心にもひどく興味を示しておいでだ。お前が言う通り、人間は弱い。だが成長する。それが仲間と協力するとさらに思いもかけない底力を発揮することがあってね。そんな敵に出会うとことのほかご満悦だ。これが友情・努力・勝利の方程式だ! とおっしゃってね」

「魔王さまぁ。なんでそんなに人間界にかぶれてしまったんですかあ……? あたしたち魔族の盟主であらせられる御方の威厳が……」

「そうそう。前回のエリカのパーティも、いたくお気に入りでいらしたぞ。何度打ち倒しても諦めず、協力して立ち向かってくる姿には感動を覚えたとね」

「ほ、ほんとですか!?」


 エリカががばっと跳ね起きる。


「ああ。魔王さまに【雷帝の魔剣】を執らせた上に外装甲まで突破したのは、わたしも初めて見たよ」

「いやあ、あのパーティも育てるのに苦労しましたからねえ」


 酔った顔のまま、にやけるエリカ。


「お前の気遣いと根回しの苦労はちゃんと魔王さまにお伝えしているよ。今度のパーティも見事『魔王を討ち果たした』なら、何かご褒美があるかもしれないな」

「えへ。えへへへ」


『勇者が魔王を討ち果たす』といっても、人間の勇者に魔王が本当に討てるはずもない。魔王の部下のさらに部下、エリカひとりにすら敵わないだろう。

 だから勇者にできるのは『魔王の封印』までだ。そこで勇者パーティのクエストは完結となる。


「その日を楽しみに、また頑張ってくれ」

「はあ。明日からまた役立たずの治癒術師に逆戻りですかあ」


 エリカがまたぺたんとへたり込む。


「あと何年かかるかなあ……」

「その割には、楽しそうに見えるよ?」

「そっ、そんなこと!?」


 へたっていたエリカは即座に跳ね起きる。

 思った以上の不意打ちだったようだ。


「たっ、楽しいわけが……! あるわけが……」

「ふふっ。そういうことにしておこう」

「アシュタロトさまっ!!」


 アシュタロトに面白そうな目で見つめられ、あたふたするエリカ。


「そっ……そうだ、ご褒美! ご褒美ちゃんともらいますからねっ!」

「ああ。ちゃんと口添えしてあげるよ。なにがいい?」

「そうですねえ……」


 酒杯を脇に置いたエリカの想像はふくらんでいく。


「今度は村娘がいいですね。勇者が最初の村で、魔獣に襲われているところを助けた村娘。感謝した村娘は勇者についていくことにするんですけど、実は治癒系の能力を持っていて……あ、もう少しグレード上げて、聖女の力にしとこうかな。そうすれば行動の幅も広がるし……」


 ご褒美の話じゃなかったのかい? などと無粋なことは言わず、アシュタロトは苦笑いしたまま杯に口をつけたのだった。




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