対決の行方
「おまえ、馬鹿か!? 『逃げる』とか言うな! せめて『撤退』とでも言え!」
「えへへ。ごめんなさい」
相変わらずエリカはちっとも懲りた様子もなく笑う。
「だいたいこの状況からどうやって離脱するんだよ?」
「わたしが魔王の隙を作ります。エリアルさんは必殺の一撃を叩きこんで下さい」
「な……!?」
言っている意味がわからない。剣も魔法も、およそ攻撃という手段を何にも持たないエリカが、魔王に? 挑む?
「行きますよ」
「待て! お前なにを!?」
「さあ、剣をかまえて! エリアルさんならきっとできます!」
その言葉、何回聞いたことだろう。
そのたびに励まされ、奮い立って危機を切り抜けたことが何度あったことだろう。
(ああ、それだけ自分は、エリカに助けられてきたんだな)
雄叫びをあげながら、エリアルは魔王に斬りかかった。
「最後の悪あがきか? せいぜい我を楽しませよ」
余裕の表情の魔王に向けて、
「【回復・超】!」
「なっ!?」
エリカが回復魔法を使った。しかも魔王に向けて。
(ばかな!? 敵を回復してどうするんだ?)
だがもう止まれない。エリアルは剣を振りかぶった。
その剣を受け止めようと手を上げた魔王の体勢が、突然ぐらりと傾いた。
その一瞬、エリアルの剣が魔王をまともに斬りつけた。
「うおっ!?」
エリアル自身が驚いて飛び退いた。何が起こったのかわからなかった。だが自分の剣はしっかりと魔王を斬りつけ、胸から腰にかけて衣服が大きく斬り裂かれている。
よく見ると、魔王の膝が傷ついていた。
(そうか、エリカの魔法……)
傷を治す回復魔法も度を過ぎれば身体を壊してしまう。過大な魔力を受け切れずに細胞が壊れてしまうのだ。
エリカは回復魔法しか使えない。その魔法をピンポイントで、極大の威力で発動したのだ。
治すのが専門の治癒術師が使える、唯一の破壊の技。
「エリアルさん! もう一回です!」
「おう!」
次こそ必殺技を叩きこんでやる。
「【回復・超】!」
「【ホーリーダイバー】!」
エリカの魔法を受けてひびが入った魔王の肩口に、エリアルは聖剣の技を叩きこんだ。
てごたえがあった。
聖剣はざっくりと、魔王の背骨のあたりまで両断してのけたのだ。
「今です。逃げますよ!」
「だから言い方を考えろって!」
そう言いつつエリアルも素早く動いた。エリカの腰を抱き上げると、
「【転移】!」
即座にその場から撤退したのである。
◇
「エリアルさん。ナイスな判断でした」
「褒めても何も出ないぞ」
にこにことエリアルを見上げるエリカから目をそらし、ぶっきらぼうに答えるエリアル。気恥ずかしくて、エリカをまともに見られなかった。
あれほどの深手でもおそらく魔王には致命傷になっていないだろう。あれが脱出の唯一の好機だった。そのくらいはエリアルにもわかっていた。
結局エリカに――役立たずと自分が決めつけたエリカに、エリアルは助けられっぱなしだった。エリカがいなかったら今日だけで何回死んでいたことか。
立つ瀬がないとはこのことだ。自分だけではあんなことはできなかった。まる一日、エリカはひたすらエリアルを回復し続けてくれた。何度も何度も何度も……。
(……そんなことが可能なのか?)
どんな人間にも魔力の限界はある。回復魔法も魔法の一種には違いなく、術師の魔力が尽きれば使うことはできなくなる。魔力の量は人によって差はあるが、いくら魔力の消費が少ない回復魔法といえど、一日中使い続けるなんてできることなのか……?
「どうですか、エリアルさん? ひとりぼっちで戦った感想は?」
エリカにのぞき込まれて、エリアルの思考は中断した。
あらためてエリカを見る。からかっているわけではないようだ。
「大変だったでしょ? その大変なところをいつもみんなで分担していたんですよ」
その表情は……慈しみだろうか。
「魔王と戦うとなれば、ザックさんが金に糸目をつけずに情報をかき集めて来てくれたはずです。いざ戦いになれば真っ先に突撃して、魔王の攻撃をわざと受けて、いろいろ引き出してくれていたはずです。
ニーナさんとミライさんがいれば後方から掩護してくれてたはずです。ニーナさんの極大呪文なら魔王にダメージを与えていたかもしれません。
ディオさんがいれば壁役になってみんなの回復の時間を稼いでくれたはずです。その間に勇者が必殺技を発動する『ため』がとれたはずです。
ねっ? みんな役に立っていたでしょう? 勇者一人で戦っていたんじゃないんですよ」
エリアルは何も言い返せなかった。エリカの言うことは全て、戦っている最中に実感していたことばかりだからだ。
だが不思議と反発する気持ちは起こらなかった。それはエリカの言葉が労りと優しさに満ちていたからだろうか。母親が子供を諭すように、師匠が教え子を導くように、心身ともに傷ついたエリアルをふんわりと包み込んでくれる。エリアルは初めて、他人の言葉を素直に受け入れる心境になっていた。
「あ、もちろんエリアルさんが悪いなんて言うつもりはないですよ。勇者の責任を感じていたんですよね? 世界を救わなきゃって重圧をいつも感じていたんですよね? だから自分にも他人にも厳しく当たってしまったんですよね?」
「エリカ……」
「エリアルさん。勇者の責務は勇者ひとりの責任じゃないです。勇者のパーティみんなで分け合えばいいんです。そう思ったら少しは心が軽くないですか?」
「……恨んでないのか?」
「? 何がです?」
「おれはお前を追い出したのに……役立たずだなんだと、ずいぶんひどい事も言ったのに……平気なのか?」
「平気じゃないです。あたしだって傷つきましたよう」
エリカが口を尖らせるが、それも一時のこと。
「でもエリアルさんも負けちゃいましたよねえ。どうですか? ねえ、どんな気分ですか? あいてっ!」
「調子に乗るな」
エリアルに頭を小突かれてうずくまるエリカ。
「もう、なんであたしの扱いはこんなんばっかりなんですかあ?」
「うるさい。帰るぞ」
「帰るって……どこへ?」
「決まってるだろ」
ふてくされたようにそっぽを向くエリアルについて行くエリカ。
「ねえエリアルさん。どこへ帰るんですかあ? ねえってばあ」
「うるさいな。黙って付いてこい」