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勇者の場合

 エリアルは理解できなかった。


 自分はパーティのためによかれと思って言っているのに。

 少しでもパーティを強くすることで、どれだけの人々を助けることが出来ると思っているのか。


 勇者である自分の苦労も知らず、わがままばかりを言い立てるメンバーの言い分が理解できなかった。


 なぜみんなわからない?

 おれたちは魔王を倒さなければならないのに。

 世界を救わなければならないのに。


 エリアルは必死だった。日々必死に考えていた。今日の戦いはどうだったか。まずい所はなかったか。もっと上手くやる方法はなかったか。そしてパーティメンバーがもっと強くなる方法はないか。


 神の加護と聖剣の力。それを備えているのが勇者だ。

 だからと言って楽に戦えているわけではない。

 エリアルはいつも必死だった。


 死に物狂いで戦って。

 知恵を絞って考え抜いて。

 出来ることは全部試して。

 そしてまた必死で戦った。


 彼はいつも真剣だった。世界を救うために。魔王を倒すために。


 なのにパーティのクエストは遅々として進まない。確かにメンバーは強くなっている。自分の力も上がっている。

 だが自分たちはまだ魔王の直属の四天王どころか、その配下といわれる十二魔将にすらまみえてない。本当にこれで戦えるのか? 本当に魔王を倒せるのか?


 そんなエリアルの心配もどこ吹く風、メンバーは好き勝手なことばかり言う。そして面倒ごとは自分にばかり押し付ける。


 訪れた村や街での、顔役へのあいさつ。もちろんこのパーティは『勇者エリアルのパーティ』だ。自分が行かないわけにはいかない。

 そこで宴席に付き合わされ、さまざまな依頼を引き受ける。これも世界を救う一環、そして路銀を稼ぐという重要な目的もある。いわばエリアルがパーティ全員を食わせてやっていると言っても過言ではなかった。それなのに、あのわがままなメンバーときたら。


 宴席は本当に苦痛だった。おべっかを使われるならまだマシな方だ。地元の顔役の自慢話を延々と聞かされたり、中には「本当に勇者なのか?」と敵愾心満々で向かって来る奴もいる。


 それをうまく捌くのが付き添いのエリカの役割だったが、時に躱しきれなくて、不本意な立ち合いをやらされたりする。

 もちろん、普通の人間が勇者にかなうはずもない。一撃で返り討ち。

「お見それしました。さすがは勇者さま」と相手は這いつくばって頭をさげるが、ちっとも嬉しくなかった。虚しいだけだ。


「どうですか!? 勇者さまのこの腕前!!」


 すかさずエリカが煽り立てるのがさらにむかつく。おれは見世物じゃない、とエリアルは言ってやりたかった。なぜエリカの不手際を自分が始末しなければならないのか?


「勇者エリアルなら、みなさまを魔物から救って差し上げられます。ですが悲しいかな、勇者のパーティも人間です。食べないと生きていけません。魔物を退治したあかつきには、わたしたちにも食糧を分けていただけませんか?」

「おう、もちろんだとも!」

「食糧など、ありったけ持って行ってくれ。今まで魔物に荒らされていたことを思えば何でもない」

「これからの旅の路銀だって必要だろう? 充分な報酬は払うよ。なんなら我が家の家宝もつけようか?」

「勇者さまの身の回りの世話も必要だろう。なんならうちの娘もつけよう!」


「ありがとうございます」


 エリアルは表向き丁寧に頭を下げる。こうしておけば丸く収まる。提案自体にさして興味はなかった。あとでエリカが適当にまとめるだろう。最後の提案だけは心が動かないでもなかったが。


 だがもらって当然の報酬だ。自分たちはこれから命がけの戦いに赴くのだ。むしろこんなことをして日銭を稼がなければならないのがエリアルには不満でならなかった。おれはこの国の命運を背負って戦っているのではないのか? その勇者の待遇がこれか、と。


 それでもエリアルは戦いには真剣だった。どんな相手でも手を抜いたことはない。


 それだけに、余計に仲間の粗が目についた。

 それを指摘すると、彼らは逆に怒るのだ。自分たちだって一所懸命やっているのだと。


 冗談じゃない。

 誰だって一所懸命だ。エリアルだって決して楽をしているわけではない。必死で考え、研究し、訓練を繰り返してここまで来たのだ。それと同じことをしろとは言わない。だがもう少しやりようがあるだろう。そんなこともわからないのか、この連中は。


「まあまあ。みなさんそれぞれの分野のエキスパートですから、考えてあっての行動だと思いますよ。現に今日だって上手く行ったじゃないですか」


 空気も読まずに、にこにことエリカが間に入って来る。考えて見れば、こいつが一番役に立っていない。

 治癒術師だからまったく戦力にならない。戦闘時には後方にいるだけだ。治癒や付与の魔法が使えるからその方面では確かに助けになっているが、むしろ守ってやらなくてはならない場面も多い。同じ後衛でもまだミライの方が自分で戦えるだけマシだ。エリアルだって目の前の敵で手一杯なのに、さらに後ろの心配もしなければならないなんて。


 前に進むほど、エリアルの焦りはひどくなっていった。このパーティをもっともっと強くしなくては魔王に勝てない。少しでも使えそうな者はパーティに取り込んでみた。だがほとんどは失敗だった。自分の役に立ってくれそうな人材はいなかった。


 だから今日も辛勝だった。やっと勝った。それなのに、


「やりましたよエリアルさん! 今日も勇者の聖剣、冴えてました!!」


 何の屈託も気遣いもないエリカの笑顔が癪にさわってならなかった。


 もうたくさんだ。エリアルは心底思った。

 なんだその暢気な笑顔は? 今日の戦いに、お前はどれほど貢献したというのだ? おれが身を削って戦っている間、お前は何をしていた?


「治癒術師エリカ。おまえを追放する」

「はわっ?」


 我慢がならなかった。こんな奴、もう必要ない。

 おれは世界を救わなければならないのだ。そのパーティに、こんな三流の、使えない奴は必要ない。さっさと切り捨てて、もっと使える戦士か魔法使い、戦力の増強を……。


「「「「は? 何言ってんの?」」」」


 思いもかけない強い声がエリアルの思考を遮った。しかも、自分を除く全員からの。


 今までも仲間たちは自分の意見にさんざん文句を言ってきた。だが不平を言いながらも従わないことはなかった。


 だが今初めて、彼らははっきりと勇者に逆らった。エリアルに背いた。

 いいだろう。もう勝手にしろ。エリアルは一瞬そう思ったものの、気を落ち着け、いちおう説得――と自分では思っていた――を試みた。辛抱強く、冷静に、理知的に。


 そう思っていたのは彼一人だったようだ。


 他の者たちにはただの言い訳としか聞こえなかった。何一つ彼らの心には響かず、むしろエリアルへの不信感ばかりが募っていった。そして。


「いい加減にしろ。お前のわがままにはほとほと愛想が尽きた」

「もう我慢の限界だわ。身のほどを思い知らせてあげる」

「勇者だと思えばこそ、今まで必死に支えて来ましたが」

「むしろお前こそいらねえ。そこまで言うなら好きにすれば?」


 仲間たちの見下すような視線に、エリアルは怒りで全身が震えた。こんな侮辱は初めてだ。

 勇者である自分がこんなに下手に出ているというのに。しかも全員揃って、この言いぐさはなんだ? とうてい許せることではない。

 怒りが、エリアルの声をむしろ低くした。


「……するとお前たちは、この治癒術師の肩を持つというんだな? 勇者であるおれより、エリカを選ぶと言うんだな?」


 冷たい視線と無言の返事だけが彼に返ってきた。


「そうか、わかった。お前たちなど、あてにしていた自分が愚かだった。好きにするがいい」

「ま、待ってくださいエリアルさん!」


 踵を返す勇者にただ一人、声をかけたのはエリカだった。泣きそうな顔をしている。


「どこへ行くんですか?」

「決まっている。このパーティじゃ魔王には勝てない。もっと使える奴を探さないと」

「そんな……今まで一緒にやってきた仲じゃないですか!?」

「放っておけ、エリカ」

「ディオさん?」

「おれたちじゃ頼りにならないらしいからな。好きにすればいいだろう」

「そうそう。仲間だとも思ってくれていないみたいだしね。呆れを通り越して、ばかばかしくなってきたわ」

「そんな……ニーナさん」

「お前のエリアルを思いやる気持ちは尊重してやりたいが……当の本人がああではな」

「ミライさん……」

「そうそう。エリカ、もう遠慮することねえよ。そんなやつ、ほっとけ」

「ザックさん……」

「ふん」


 かつての仲間たちを一瞥し、エリアルは部屋を出て行ってしまった。


「ど……どうしよう? 待って! エリアルさん!」


 ひとしきりおろおろしたあと、エリカも慌てて部屋を飛び出す。


「エリカ……エリアルを追いかけるつもりか?」

「あーあ。ほんとにお人好しだねえ、あの娘は」

「それがエリカのいい所だけどね」

「いやあしかし!? すっきりしたなあ!!」


 ザックがさも嬉しそうに伸びをする。


「あの勇者さまの泡食った顔! まさかこんなことになるなんて思ってもみなかったんだろうな!! けっけっけ、ざまあみろ!」


 苦笑しつつも、誰もザックを咎めることはなかった。


「さて、少しのんびりするか」

「エリアルはどうする?」

「今さらそれを訊くか、ディオ? ほっときゃいいだろ、もう」

「そうそう。少しは痛い目を見た方がいいのよ。なに、勇者だもの、そう簡単に死にはしないわよ」





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