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盗賊の場合

「は? 何言ってんの?」


 オレの中で、何かが切れた。

 もともとフリーダムなオレの数少ない制約のひとつが切れたんだよ。さて、どうなることかなあ? にやりと笑った口もとからは凶暴そうな犬歯が見えているはずだ。


 オレの職業は盗賊。と言っても本当に盗賊稼業なわけじゃない。まあスキルの分類みたいなものだ。

 パーティ内での役割は斥候だ。偵察と情報の収集が主任務。地味な仕事だ。見た目は人狼族なんていう目立つ格好なのにな。

 そんなわけで、なかなか評価されない。けっこう役に立ってる自信はあるんだけどよ。損な役回りだわな。


 その損な役回りは、戦いの場でももれなくついて回って来る。


 魔物出現!


 真っ先にオレが突っかかる。敵の強さ、持ち技の種類、動きのクセ、そういった特徴を引き出して見せるのがオレの役割だ。斥候というより、人身御供だな。何もわからない敵に短剣一本で挑みかかるんだぜ? やばいのなんの。

 下手を打てば即終了。それでも飛び込んでいけるのは、仲間のためと思えばこそだ。


 オレの動きを見て仲間たちが敵の動きと弱点を探る。それぞれの得意技で敵を削り、最後は勇者がとどめを刺す。それがオレたちの必勝パターン。だがなあ。


 どう考えてもオレ、やばくね?

 事前の情報収集と人狼族の身体能力を以てしても、かわしきれない予想外の事態はある。まず真っ先にダメージを受けるのは、いつもオレ。それぞれのスキルと役割上、それは仕方ないんだが、この先オレは生き残れるのかね?


「大丈夫ですよお。ザックさんならできますって」

「そうやっておだてられて、調子に乗って死んでいった奴をオレはたくさん見てきたんだがな」


 そんなわけでエリカの世話になる機会もオレが一番多い。

 エリカはにこにことオレを治療しながら、元気づけようと話しかけてくれるんだが、それ、世にいうフラグってやつじゃね? オレぁまだ死にたくないんだけど。


「大丈夫ですってばあ。即死じゃない限りは治せますから」


 おいおい、なんてやばい事を言いやがる。


 ともかくだ。オレだっておいそれと死にたくはない。

 なので事前の偵察にも手は抜かない。もともとオレの得意分野だしな。


 目、耳、鼻、五感の全てをフルに使って情報を集める。これから向かう土地の地形、特性。倒すべき魔物の特徴、得意技、弱点。少しでも味方が有利になるようにとあらゆる情報を集める。


 情報とは雑多なもので、時に思いもかけない情報が役に立つこともあれば、まったくのククズ情報で終わることもある。そればすべてが終わって見なければわからない。

 だからオレはあらゆる情報を集める。あらゆる方法を使って。

 そう、あらゆる方法だ。大っぴらに人には言えないような方法も。いやあ、ぶっちゃけちまおう。袖の下、賄賂だよ。


「で、ザック。きみは一体何にそんなに金を使っているんだ?」

「情報には金がかかるんだよ。いつも言ってるだろ?」


 綺麗ごとだけじゃ回っていかない世界がある。その世界にエリアルが足を踏み入れる必要はない。エリアルは勇者。おまえは光の当たる場所にいるべきだ。後ろ暗い仕事はオレたちが引き受ければいい。


 だからよう、オレたちのすることにいちいちケチつけんなよ!

 すべてがお前のためだって言ってるだろ?

 それで上手く回ってるだろ!?

 パーティってそういうもんじゃないのかよ?


 まるでオレが私腹を肥やしているかのような目で見られたんじゃかなわない。こんなにパーティのためを思って、時には危ない橋まで渡っているオレの苦労をなんだと思ってやがるんだ?


「大丈夫ですよ。みんなちゃんとわかってますから」


 そう言ってくれるのは、やっぱりエリカだけだった。ほかの連中もあるいはそう思ってくれているのかもしれないが、表立っては何も言わなかった。今にして思えば、パーティ運営の秘訣だったかも知れないな。みんなの前でオレの肩を持てば、リーダーである勇者に面と向かって歯向かうことになるからな。


 エリカは文字通り、袖の下を渡すように資金を調達してくれた。傷の治療と同じ、どれだけ助かったかわからない。


 そしてさんざん駆けずり回って、夜中に宿営地に戻る。

 みんなとっくに夢の中だ。多少癪ではあるが、疲れている仲間を起こすのも忍びない。気配に敏感な歴戦の戦士たちを起こさないよう、こっそりと潜り込む。くたびれ果てているとはいえ、盗賊のオレには造作もないことだ。


「……あ、ザックさん、おかえりなさい」


 それなのに、こいつときたら。

 どれほど遅かろうと、足音を忍ばせて戻ろうと、エリカは必ず起きていて出迎えてくれるのだ。


「遅くまでおつかれさまです。お腹すいてないですか? あ、夜中に食べるの、よくないですね。あったかいミルクにします?」


 寝ぼけ眼をこすりながら、エリカがたき火に鍋をかけている。

 半ば呆れてオレは言った。


「別に寝てて構わねえのに、なんで起きてんだよ?」

「だってザックさん、一所懸命働いてるんですよ? せめて『おかえりなさい』って言ってあげないと可哀想じゃないですか」

「オレは子供じゃねえ!」


 ぶっきらぼうに言いつつも、エリカの心遣いが嬉しい。ほんと、いい子だよ。いい娘か。歳は知らないんだけどな。

 ちなみに翌日、寝不足のエリカは戦闘中、出番がなくてぼーっとしているところをエリアルに叱り飛ばされたことが二、三度あるが、エリカは「えへへへ、すみません」と言うばかりでちっとも堪えた様子はない。


 こんないい娘が嫁だったら相手の男はさぞかし幸せだろうと思うんだがな。エリアルの扱いはあんまりじゃないか?

 かく言うオレは人狼族。顔は完全に狼なんだが……。

 ここだけの話、実は人間の女の子がいい。

 餌として食いたいわけじゃないぞ? 嫁としてほしいだけだ。ま、難しいのはわかってるけどな。


行く先々の街や村で、オレたち勇者一行は大抵大歓迎される。だが実際に接待されるのは勇者のみ。ぶっちゃけ他は勇者のおまけだ。ま、余禄にあずかれるだけでも大層なものだけどな。


「勇者さまー」

「勇者さまー」


 山ほど人が押し寄せるが、当然全員が勇者と歓談できるわけもなく、あぶれた人々が残りのメンバー、オレたちのところへ流れてくる。それを捌いているのもエリカだったりする。


 ある村でエリカは、地元の三人娘にオレを紹介していた。


「はいっ! こちらが盗賊のザックさんです!」

「盗賊?」

「きゃーこわいー」


 きゃいきゃい言っている娘たちにわざと牙をむいて笑う。


「おうよ。オレは盗賊。油断してると取って食っちまうぞ」

「きゃー!!」


 ……おまえら、絶対怖がってねえだろ。


「でもねでもね、ザックさんはスカウト、斥候って仕事なの」


 エリカの解説は実はなかなか上手い。


「戦いは実は始まる前に勝負がついてるの。それを決めるのがザックさん。とっても大事な役目なんだよ」

「へえ、そうなんだあ」

「戦い以外にもいろんな役割があるのですね」


 娘たちの目が尊敬の色に変わって、オレはちょっと嬉しい。普段は日陰者だからな。このくらいの役得はあったっていいだろ。


 その村でのさばっていた魔物はヴァンパイアだった。中々の上物。そのうえ夜しか出てこないからオレたちが不利だ。

 ところがどういうわけか、人狼族はヴァンパイアの能力に対して、耐性が高い。ヴァンパイアの天敵とも言える。

 すばしっこく逃げ回るヴァンパイアを先回りして追い詰める。奴は逃げきれないと悟って、オレに向かって反撃してきた。おっしゃあ! 望むところだぜい!!

 正面からやり合ってお互い派手に吹っ飛んだ。オレが一歩下がって油断したヴァンパイアにすかさずガルディオが追撃。傷ついたオレも呼吸を合わせて後ろから牽制し、最後は勇者がとどめ。ヴァンパイアは塵と消えた。


 こうして夜の激闘を終えてオレたちは村に帰還したわけだが。


「ザックさん! 大丈夫ですかザックさん!? こんな……こんな大けがをして!?」


 出迎えてくれた三人娘のうちのひとり、ソニアって娘が真っ青になってオレに駆け寄ってきた。あー確かに派手に流血してるな。こりゃ素人が見たら死にそうに見えるかもな。


「大丈夫だよ。正面から戦ったのは久しぶりだけど、ちゃんと致命傷は避けているから」

「それにしてもこんな……すぐに治します!」


 ソニアが手をかざすと、淡い光が浮かび上がった。


「治癒魔法が使えるのか?」

「ほんの少しですけど。本職は薬師なんです。ですからこれも」


 と、ポーションを渡してくれる。本当に大したダメージはないんだが、ありがたく頂戴することにした。


「すみません。すみません。わたしたちの村のためにこんなになってまで……」


 ソニアは泣きそうな顔になっている。オレは内心あせった。どうしよう、これ? どうすりゃいいんだ、こんな時は?


「ばかやろう、大丈夫だって言ってるだろ? それにこれがオレたちの……言わば使命よ。当然のことをしたまでだ」

「ザックさん……」

「あ、もちろん報酬は村長からたんまり貰うからな。身体張った分、うまいもんたらふく食わせてもらうぜい」

「もう、ザックさんてば」


 ソニアが泣き笑いの表情で少し笑う。


「だから心配するな。この位じゃ死にやしない。怪我、治してくれてありがとな」

「はい」


 オレがソニアの茶色の髪の頭をなでてやると、やっと笑顔になってくれた。


 ああ、助かった。魔物相手よか、よほど緊張する。

 けど悪くないな、こういうの。

 と、向こうを見ると、エリカがこっちを見ている。目が合うと、びしっと親指をつき立ててきた。

 なんだお前、そのドヤ顔は? 何が言いたい?


 まったくこいつは……。前にオレが酔っぱらって口走った愚痴を覚えてやがったのか。


 それからしばらくして村を発つ時、パーティメンバーがひとり増えていた。

 ソニアが付いて行くと言って聞かなかったのだ。


 薬師というだけあって薬草にも詳しく、ニーナはいい助手ができたって大喜びだった。

 エリカの食事や買い出しの手伝いをしたり、テイマーのスキルもあってオレの偵察の手伝いをしてくれたり、直接戦闘には参加しなかったけどとても役に立ってくれた。


 だけどそれ以前に、ソニアと一緒にいるだけで楽しかった。

 おれが他愛もないことでソニアをからかうと、むきになって怒ったり本気で困ってたりする。それが可愛らしくて、またいらぬちょっかいを出してしまう。

 初めての感覚に、おれは戸惑っていた。

 これが幸せって感覚なのかな。家庭の味を知らないオレにはわからなかったが……でも悪くない。


 だがそれも長くは続かなかった。

 エリアルがソニアを追い出してしまったのだ。

 「戦闘の役に立っていない」と決めつけられたソニアは何も言わず、すごすごと村へ帰っていった。

 オレはこの時ほど、自分の無能を呪ったことはなかった。ソニアは何も悪くないのに。彼女を守ってやれなかった自分が不甲斐なくて、本当にやる気をなくしてしまった。魔王退治とか世界を救う使命とか、どうでもよくなってしまって、オレはパーティを抜けようと思った。


 そのオレを引き止めたのはエリカだった。

 エリカはソニアから託された手紙、という切り札をもっていた。ソニアは最後まで恨み言を言うこともなく、オレたちの活躍とオレの無事を祈ってくれていた。そしてオレの帰りを待っていると。


 それを読んだオレは泣いた。泣いたよ、本当に。涙が涸れるかってくらい泣いた。


 ここで抜けたら、ソニアの期待まで裏切ることになる。そう思ってオレは踏みとどまった。たとえ力不足だって、行けるところまで行ってやる。信じてくれている人がいるのだから。


 以来、時々舞い込むソニアの手紙が、オレの唯一の心の拠り所になった。


 そんな思いをした後に……。


 勇者エリアルのこの言い草だ。


「むしろお前こそいらねえ。そこまで言うなら好きにすれば?」


 オレの心はむしろ冷めていた。もうこいつに期待することなんか何もない。お前の仲間を見る目はそんなものなのか? 

 神に選ばれた? なら神さまとよろしくやってくれ。もうオレには関係ない。オレたちには関係ない。オレたちなんかいてもいなくても、お前にはどうでもいいってことがよく分かった。


 このパーティで、オレはいろんな人に会ってきた。初めて仲間というものを知った。信頼というものを実感した。気の合う人、嫌な奴、いろいろな人物に会った。もしかしたら家族というものを知ることができるかも知れなかった。


 そのすべてをこいつに、勇者に踏みにじられた気がした。オレはもうこいつとはいられない。

 だが残念だとも思わなかった。


「もういいだろ? 今日限りで勇者のパーティは解散だ」




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