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戦士の場合

「まったく、損な役回りだよ、おれらの職業はな」

「うんうん、大変ですよねえ。いつもご苦労さまです、ディオさん」


 そう相づちを打ちながら、おれのジョッキにエールを注いでくれるエリカ。


 パーティでのおれの役割は戦士。つまり前衛だ。

 前に出て敵の攻撃を真っ正面から受ける。敵を引きつけている間に後衛が打撃を与え、最後は勇者がとどめを刺す。それがおれたちの必勝の陣形だ。


 と言えば聞こえはいいが……。


「楽じゃねえんだよな、前衛も」


 敵の攻撃を受ける。とにかく受ける。

 それがどんな攻撃であろうとだ。


 できなければ死ぬ。そればかりか後ろの仲間たちまで危険にさらしてしまう。

 できるかできないかではない。やるしかない。それが前衛。


 そうやって身体を張って敵を食い止めている間に、おいしいところは勇者がさらっていってしまう。功績も名誉も、みんな勇者のもの。まあそれはいい。戦士とはそういう役回りだからな。


「ディオ。今日の三撃目、踏み込みが甘かったぞ」


 来た来た。


 戦いの後の勇者どのの反省会。

 仮にも勇者のパーティに名を連ねる以上、おれとて多少は腕に覚えがあるつもりだ。だがそれでも百発百中とはいかない。時には狙いが外れることもある。


 その失敗を、エリアルは的確に指摘してくる。戦いの最中によく見ている。さすがは勇者というところだが、わざわざ言われなくてもそんなことは自分自身が一番よく承知している。


「攻撃を受け切れていなかったな」

「わかっている」

「あそこは横に流すべきだった。そうすれば標的が広がって……」

「わかってるって!」


 まったくねちねちと……本当に細かい。

 言われなくても自分が一番よくわかってるって言ってるだろ。


 そういうのを他人に指摘されると余計に腹が立つものだ。もやもやした気分を晴らそうと、ついエールに手が伸びる。

 それを調達してきてくれるのもエリカ。まったくよく気が付く娘だよ。


 エリカの年齢はわからない。小さな身体にぶかぶかのローブを羽織っている姿は、魔術師見習いの子供みたいなんだが、治癒術の腕は確かだ。

 だが残念ながら攻撃系の魔法は使えない。治療・回復系と他者への多少の強化魔法。完全に後方支援特化型だ。エリアルはそれを足手まといと感じたらしいが……。


 しかし、だ。

 ニーナの言う通り、前に出て戦うだけが戦いじゃない。後方支援、それに戦いの合間のさまざまな準備。それだって立派な戦いの一環だ。むしろそこがしっかりしていないと、兵站が途切れてひどい目に遭う。


 おれはいつも剣を二本持っている。一本は腰に、もう一本は背中に。でも背中の剣は使ったことがない。


 以前ゴーレムと戦ったことがあった。土くれのゴーレムじゃない。金属でできたメタル・ゴーレムだ。

 ただでさえ剣が通じないところに、その拳がアダマンタイトときたもんだ。おれは簡単に剣をへし折られ、一瞬で窮地に陥った。とっさにエリカが脇から放ってくれたメイスで何とか拳をかわしたが、それがなければ危なかった。


 以来、おれは常に武器を複数所持するようになった。行く先々で剣と見れば飛びついて物色する。何しろおれはただの戦士。勇者と違って神の加護や伝説の聖剣があるわけじゃない。生き延びる確率を上げるため、おれは必死だった。


 ちなみに剣はもう二本、エリカの収納魔法で運んでもらっている。


 だが背中に背負った大剣が、いかにもこれみよがしに見えるらしい。


「何かっこつけてんだ?」


 とエリアルにいつも馬鹿にされるのだが、かまいはしない。これはおれの大事な命綱なのだ。

 かまいはしないのだが……いらつく。

 確かに大仰だと自分でも思う。だが誰のためにこんな格好をしていると思ってやがる?


「いえいえ、かっこいいですよディオさん」


 笑顔でそんな風に褒めてくれるのはエリカくらいだ。

この強面に、戦いで受けた向こう傷も相まって、おれの人相はすこぶる悪い。極悪人と紙一重、というかどう見ても悪人面だ。おれの側に寄って来る女なんかいない。まあ期待もしていないけどな。

 それでもなぜか、子供たちにはひどく受けがいい。


 おれたちは勇者さま一行だからだいたいどこに行っても注目を浴びるのだが、ちやほやされるのは勇者さまだ。おれたちは後ろでそれを眺めている。


「ゆうしゃさまー」

「ゆうしゃさまー」


 目をきらきらさせて集まってきた小僧どもに取り囲まれて、エリアルは迷惑そうだ。まあ街を訪れるたびにこれでは、うんざりするのもわかるけどな。


 その子供たちの輪にさりげなくエリカが紛れ込む。

 ……あんまり違和感ないな。あれでも大人のはずなんだが。


「みんなー、勇者さまもすごいけど、この戦士のおじちゃんもすごいのよお」

「?」

「このおじちゃんはね、剣で勇者さまを守っているの。剣技だけなら勇者さまの上をいくのよ」

「「「へー」」」


 小僧どもに、さりげなくおれをアピールして見せる。


「おじちゃん、すごいの?」

「すごいわよお。なんてったって、勇者さまの剣の師匠なのよ」

「「「わー」」」


 勇者目当てだった小僧どもが、今度はわらわらとおれに群がってくる。


「ししょー」

「ししょー」

「さあみんなも師匠に剣を教わって、未来の勇者を目指すぞー!!」

「「「おー!!」」」


 というわけで、小僧どもに稽古をつけてやったりする。


「えいっ」

「おー。なかなか。でもまだまだっ」


 小僧どもは元気だ。もちろん剣技なんかまだまだだが、それでも何人も相手にしているとくたくたになってしまう。


「やれやれ。子供の相手は大変だな」

「でも楽しそうじゃないですか」


 傍から見ていると遊んでいるようにしか見えないかもしれないが、これでもちゃんと基本は教え込んでいるつもりだ。我流で変なクセがつくと後々伸び悩むことがあるからな。


 そしてごくたまに、「おっ!?」と思うような子が混じっているのだ。そんな小僧を見つけるとおれ自身もわくわくしてしまう。ちゃんとした師匠について研鑚を積めば、あるいは勇者になれるかも知れないな。


「ふふっ。そうなったらすごいですね。ディオさんは未来の勇者に稽古をつけた剣士さんですよお。よっ、伝説の師匠!」

「あほか」


 とは言え、悪い気はしないものだ。エリカは本当に人を乗せるのがうまい。

 戦いの後は必ず褒めてくれるし、いろいろ気遣ってもくれる。武具の整備まで手伝ってくれる。


 武器の手入れは面倒なものだが、これを怠るわけにはいかない。いざとなった時サビだらけの剣では命に関わる。

 それをエリカは嫌な顔ひとつせずに手伝ってくれた。剣ばかりか、皮鎧も手入れ用の油を買ってきて磨いてくれる。いやあ、とても助かる。


 ……エリアルの野郎、ちゃんと武器の手入れ、してるんだろうな?

 エリカが気を配っているから大丈夫だと思うが。

 そんなところも、勇者がエリカをうっとうしがる理由なのかもしれない。


 ◇


 ある村で魔物退治を請け負ったときのことだ。

 おれたちはその村の少年を一人同行させていた。


 クロルというその少年の将来の夢はもちろん勇者。勇者の戦いを間近で見られると聞いて目を輝かせてついてきた。おれから見ても筋は悪くなく、というか素質は充分だった。

 ならば実戦経験を積ませよう、と連れてきたのだが。


 結果は散々だった。


 相手は巨大なミノタウロス。巨大ではあるが、勇者パーティのレベルからすれば大した相手じゃない。

 だが田舎町でスライムやせいぜいゴブリンくらいしか退治したことがない少年には巨大すぎる相手だった。足がすくんで動けず、何度もおれたちに助けられながら、やっとのことでミノタウロスを退治した。


 苦り切った表情で未熟だった点をあげつらう勇者の前で、しょんぼりとうなだれているクロルは気の毒だった。初心者にいきなりこの試練はきつかろう。


「はいはい、みんな、おつかれさま~。大変だったね~。疲れには甘いものが一番だよお」


 そんな場の空気をまったく読もうともせず、エリカがみんなに手持ちの菓子を配ってまわっている。


「エリカ。今は反省会の最中なんだが」

「知ってるよお。まあでもバトルも終わったし、みんなも疲れてるでしょ? 座ってゆっくり話そうよ」

「そういえばお前も全然戦いに参加していなかったな」

「だって誰も怪我しないし。せめて回復役としてみなさまにお菓子を、なんて」


 とげとげしいエリアルの言葉もまったく意に介せず、えへへと笑うエリカ。鈍いんだか図太いんだか判断がつかない。


「あ、お茶も要る? 治癒術師の特製茶だよお」


 にこにこと茶の用意を始めるエリカに呆れて、エリアルは座を外してしまった。張り詰めていた空気が緩んで、みんなが一斉にため息をつく。


「はい、クロルくんもどうぞ」

「……いや、おれは受け取れないっす。なんの働きもしてないし、みなさんの足を引っ張ってばかりで……」

「なんにもしてないのはあたしも同じだよお。初めての実戦で緊張したよねえ。疲れたでしょ?」


 菓子を押し付けられながらなおもうつむいているクロルの顔を、エリカがひざをついてのぞき込む。


「最初は誰だって初心者なんだよ。でもあきらめずに何度も繰り返せば、きっと上手くできるようになるよ。失敗したらどうすればいいか考えて、次に上手くできればいいんだよ。ここの人たちだってそうやって強くなったんだよ。

 だから自信を持って。大丈夫、ディオさんだってニーナさんだって、きみよりたくさん失敗してる」

「なんでそこでアタシを引き合いに出すかな?」

「ま、一番失敗してるのはエリカだけどな」

「ザックさん、ひどいです」

「おっとすまねえ。あまり動いてないから失敗も少なかった」

「ザックさん、もっとひどいです」


 ひとしきりエリカをダシに笑ったあと、おれはクロルの肩を叩いて言った。


「エリカの言う通りだ。なんでもそうそう簡単に上達はしないさ。でもお前の剣の素質はなかなかだと思うぞ。ちゃんと鍛えれば勇者にだってなれるかもしれない」

「だってさ! すごいねクロルくん! 未来の勇者! あ、鍛え方はこのおじさんに教わってね」

「だからおれはまだおじさんて歳じゃねえって言ってるだろ」

「え~だって分かりやすいじゃないですか。分かりやすいのが大事ってディオさんいつも言ってるし」

「そういう意味じゃねえよ」


 わいわい言い合っているおれたちに囲まれて、クロルはついにぽろぽろと涙を落とした。

 そこへエリカがにこにことお茶を差し出す。汗と涙でくしゃくしゃの顔でクロルは菓子をほおばってはまた泣いた。うんうん、わかるぞ少年よ。それは身に沁みるよな。


 結局彼はうちのパーティに参加することはなかった。エリアルが認めなかったのだ。

 おれとしては手もとで育てるつもりだったんだが、当分盾役を分担してくれる増員は期待できないようだ。やれやれ。


 その代わりクロルには王都の騎士団の知り合いを紹介しておいた。ちゃんと修行すればきっといい剣士になるだろう。そう期待してのことだったんだが。


 ……数年後、『勇者クロルのパーティ』の噂を聞いた時にはひどくびっくりしたものだが、それは後日の話。



 そして今日もおれは盾役として、ドラゴンの爪や牙や尻尾や息吹を引き受け、斬り裂き、傷だらけになりながらパーティのために頑張った。

 とどめはもちろん勇者エリアル。前にも言ったがそれは別に構わない。勇者には勇者にしかない加護があるし、それはおれにはないものだ。


 だがその戦いを終えて、エリカに傷を治してもらっている最中にあの言い草だ。


 カチン、ときた。

 今目の前の光景が見えないのか、と。

 ドラゴンと渡り合っている間にもおれはエリカから回復魔法を二回と身体強化、技巧強化の補助魔法をもらっている。それがなければ、下手をすれば命を落としていたかもしれないのだ。


 それ以上に、エリカにはこれまでどれだけ助けられてきたか。


 おれの愚痴を、うんうんと笑顔で頷きながら聞いてくれるエリカ。

 武具や生活必需品を調達して、運んでくれて、毎日の食事も用意してくれるエリカ。

 勇者の脇役でしかないおれたちを引き立ててくれるエリカ。

 時にそれで日銭を稼いだことも少なくない。パーティとしての褒賞はあっても、おれたち個人に特に収入があるわけじゃない。エリカのおかけでおれたちは多少の蓄えを持てるようになっていたのだ。


 それやこれやをまるっと無視して。

 エリカを追放する? 戦闘の役に立たないから?


「は? 何言ってんの?」


 ばかか、お前は。

 気がつけばおれは立ち上がって、勇者に食ってかかっていた。ほかのメンバーも同様だったが、おれだけなら即座に抜刀していたかも知れない。

 それくらい腹が立っていた。


「わがままもいい加減にしろ。あれが足りないと言いながらこれでは駄目だと言う。必死で調達したおれたちの苦労を考えたことがあるのか? そのうえ必要なものまで切り捨てるだと? ふざけるな」

「おれは魔王と戦うことを視野に入れて言っているんだ。今のままで魔王に勝てるのか?」


 知るか。魔王なんてまだ戦ったこともない。

 だが一緒にやってきた仲間を酷薄に切り捨てることなんて、おれにはできない。

 ましてやエリカがこれまでどれだけパーティに貢献してきたかを考えればなおさらだ。


「どうしてもエリカを追放する、というのか?」


 おれはエリアルを睨み据えた。

 エリアルは答えない。


「そうか。なら、おれもクビにしてくれ」

「ええええええ!?」


 驚いた声を出したのはエリカだった。


「ちょ、ちょっとディオさん何言って……」

「前から言ってたよな? 勇者さまはおれの技量に不満なんだろ? だったらもっと使える戦士を雇えばいい。金ならあるんだろ?」

「無茶をいうなよ」

「そっちこそ無茶を言うな。世界を救うため、仲間のためと頑張ってきたが、勇者さまは認めてくれていないようだし、おれの技量じゃここまでが精々だろうさ。勇者さまの足を引っ張らないうちに抜けさせてもらうよ」


「はわわわわ……」


 視界の隅っこでエリカがおろおろしているのが見える。すまないな。

 お前に迷惑をかけるつもりはないんだが。

 むしろお前を救ってやれない不甲斐なさを許してくれ。


 そして勇者エリアルに向き直る。

 ぐっと勇者を睨みつける。


 もう我慢の限界だ。

 おれが出て行くか。さもなくばこいつが出て行くかだ。





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