序章:パーティ追放
「治癒術師エリカ。おまえを追放する」
「「「「は? 何言ってんの?」」」」
さわやかに、しかし酷薄に解雇を宣言した勇者エリアルに、他の全パーティメンバーは一斉に突き刺すような視線と言葉を投げつけた。
「い、いや、だから、戦力にならない者を置いておく余裕はこのパーティにはない」
思いもかけない場の雰囲気にたじろぎながらも、エリアルは一瞬で内心の体勢を立て直した。冷静、と信じる口調で説明する。
「これから魔王軍との戦いはさらに熾烈になっていくだろう。我々の戦いが世界の命運を決定する。負けるわけにはいかないんだ。そのためにも戦力を上げ、無駄は削ぎ落していかなければならない。役に立たない者を置いておく余裕などない!」
びしっ! 勇者に指を突き付けられた先では、術師の杖を抱えたローブ姿の少女が「はわわわわ……」などと言いながらおろおろしていた。
「その無駄がこのエリカだというのか?」
大剣をかついだ戦士ガルディオが問い返す。いかつい体躯から放たれるオーラが怒りを隠そうともしない。
「そうだ、ディオよ。今日の戦いを思い返してみろ。おれたちが必死に戦っている最中エリカは何をしていた? 確かに回復役は果たしている。だがそれだけならニーナやミライにも出来ることだ。戦力にもならず、戦場を右往左往しているだけの者は要らない」
「はわわわわ……」
「戦場で役に立つだけが能じゃないと思うんだけど?」
魔法使いのニーナの雰囲気もとげとげしい。というより、今にも爆裂魔法のひとつもぶっ放しかねない勢いだ。
「みんながどれほどエリカに助けられているか、知らないわけじゃないと思うんだけどね?」
「それは認める。だが今日のドラゴン程度であの苦戦だぞ」
エリアルも譲らない。ものすごく不機嫌な表情だ。よほど今日の不手際が腹に据えかねたらしい。
「これから出て来る上級の魔物、さらに上級の魔王軍の幹部。そいつらを相手に勝てるのか? エリカをかばいながら全力で戦えるのか!?」
「はわわわ……」
「だったら戦力を増強すればよいではないですか。なにもエリカを追い出す必要はないでしょう?」
弓術士のミライ。普段は寡黙なクールビューティがめずらしく怒りもあらわにエリアルに喰ってかかる。
「今までだって何人も連れてきたのに、ことごとくクビにしてしまって……。だいたいあなたは勝手すぎます。私たちがどれほど苦労していると思っているのですか!?」
「きみらを思えばこそ言っているんだ。即戦力、それも地力のある者でないと我々自身が危険にさらされるんだぞ。中途半端な見習いや後方要員は要らないんだよ!」
「はわわ……」
「ずいぶんご機嫌ななめだなあ、勇者さまよお」
横合いから盗賊のザックが茶々を入れる。人を食ったような口調だが目は笑っていない。
人の姿に狼の顔をした人狼族のこの青年は、職業は盗賊、スキルは主に探索。斥候の役割を受け持っている。
「勇者さまが欲しいのは戦士じゃなくて美女じゃねえの? きゃー勇者さますごーい!!って抱き着いてくれる美女がさあ」
「聞き捨てならないな、ザック」
エリアルの声が怒気をはらんで低くなる。
「おれはパーティのためを思って言ってるんだぞ! ふざけたことを言うな!」
「へいへい。まあエリカに色気が足りないのは確かだからなあ。やっぱりあれか? ゆるふわ金髪ちゃんが好みか? ミルトの街のあれはなかなかよかったからなあ」
「パーティに引き入れた村娘といちゃついていたお前に言われたくはないな」
「なんだと……?」
「はわ……」
ザックが黙って腰から短剣を引き抜いた。エリアルも剣の柄に手をかける。
「や、やめてください! 仲間同士でなにやってるんですか!?」
二人の間に割って入ったのは、今まではわはわ言っていたエリカ当人だった。
身にまとった魔術師のローブはそれなりの格式だが、少しだぶついていて威厳がない。小さな身体つきに地味な茶色の髪と相まって、無理に背伸びをしている子供のような印象だ。これでも優秀な治癒術師のはずなのだが。
そのエリカをかばって立ちはだかる四人。
「きさまら……勇者に逆らうのか?」
すごんで見せるエリアルだったが、
「いい加減にしろ。お前のわがままにはほとほと愛想が尽きた」
「もう我慢の限界だわ。身のほどを思い知らせてあげる」
「勇者だと思えばこそ、今まで必死に支えて来ましたが」
「むしろお前こそいらねえ。そこまで言うなら好きにすれば?」
四人とも一歩も退く気配がない。
強硬な反発にエリアルは内心戸惑っていた。
そこまで反発するようなことか? 自分はパーティのためを思って言っているのに……。
その間に挟まれて、ふたたびおろおろするエリカ。
……どうしてこうなった?