96th BASE
お読みいただきありがとうございます。
今回から三回戦に入ります。
亀ヶ崎にとっては因縁の相手です。
どう立ち向かっていくのでしょうか?
開会式の日とは打って変わり、今日は灼熱の太陽が元気に働いている。湿度も高く、一歩外に出ただけで、首元に多量の汗が湧いてくる。そんな気候の中、亀ヶ崎高校は夏の大会三回戦に臨む。
「ただいまより、花月高校対亀ヶ崎高校の試合を開始します」
「よろしくお願いします」
両チームが整列し、挨拶を終える。相手は大阪の花月高校。昨年の大会で亀ヶ崎が負けたチームである。
「昨日も言われたように、どこが相手だろうと私たちは私たちの野球をすれば良い。まずは先制点を取りにいくわよ!」
「おー!」
亀ヶ崎は先攻。まずは一番を打つ光毅が打席に向かう。
(去年はただ見てるだけだった。先輩たちのリベンジは私が果たす!)
花月高校の先発は辻本。右のオーバースローで、一年前の試合でも登板していた。その時は見事に亀ヶ崎打線を無得点に抑え、チームの逆転勝利に貢献した。
球審のプレイボールの合図を聞き、辻本が一球目を投げる。高めの直球。見送ればボールだが、光毅は打ちにいく。
「ストライク」
ボールはバットの上を通過。空振りとなる。
「こら光毅、気負い過ぎ! ピッチャー助けるだけだよ。いつも通りいつも通り」
「い、いけね……」
チームメイトから注意を受け、光毅はバツが悪そうに下唇を噛む。気合が入っているのは良いことだが、それが空回りしてはいけない。光毅は大きく息を吐き、加速する心臓の鼓動を一度沈める。
(積極的に打つのがいけないわけじゃない。けどクソボールを振るのは駄目。どう頑張ったって打てやしないんだから。自分がヒットにできる球だけを打つんだ)
気を取り直して二球目。辻本はインローを攻める。しかし判定はボール。光毅もしっかりと見極めた。
(辻本はストレートよりも変化球を多投するタイプ。次はきっと変化球で来る)
三球目、辻本はアウトコースにスライダーを投げてきた。光毅は外へと逃げていく軌道に合わせてバットを出し、芯で捉える。
「おお!」
ライナー性の鋭い打球に、亀ヶ崎ナインも歓声を上げる。先頭バッター出塁なるか。
「アウト」
だが飛んだ先はセカンド真正面だった。守っていた内場が胸の前で捕球する。
「くそっ」
残念ながらヒットにはならず、光毅は悔しそうな顔でベンチへと引き上げる。この後の風と晴香もアウトになり、三者凡退で初回の攻撃は終了した。
代わって一回裏。先発を務める空は、花月のトップバッター、森田をサードフライに打ち取る。
「ナイピッチ。先頭切ったの大きいよ!」
その光景を同じ三年生、武田葛葉がベンチから見つめる。彼女は人差指を立ててワンナウトを示しながら、マウンドの空を鼓舞する。
(空、今日も良い感じで投げられてるみたい。序盤は安心して見ていられるかな)
リリーフ投手である葛葉は、特に指示が無い限り初回からブルペンに入ることはしない。彼女が始動するのは基本的に三回以降。五回に登板できるように準備する。もちろん試合展開によって流動的になるので、これはあくまでも目安だ。
「アウト。チェンジ」
空も初回を三人で切り抜ける。ベンチに帰ってくる彼女を、葛葉が出迎える。
「ナイスピッチ。調子良さそうじゃん」
「普通だよ。それに大事なのはこれから。そっちも準備の方頼むよ」
「了解」
試合は三回まで両者無得点で進む。四回表の亀ヶ崎の攻撃に入るところで、葛葉はグラブとボールを持ってベンチを出た。
「菜々花、肩作るの付き合ってもらえる?」
「分かりました」
控え捕手の菜々花を引き連れてブルペンへ。試合の行方を確認しながら、出番に備える。
(空は良いピッチングを続けてる。ただこっちも点が取れていない。覚悟はしていたことだけど、去年と同様、厳しい試合になるだろうね)
葛葉の頭の中に、一年前のハイライトが一コマ一コマ映し出される。どれも閉じ込めておきたい記憶だが、どうしても蘇ってきてしまう。葛葉はそれを振り払うように小刻みに首を振り、投球練習を開始する。
(過去のことは思い出すな。この試合のことだけを考えろ)
「一球目、真っ直ぐを行くよ!」
「はい」
葛葉は菜々花のミット目掛けて腕を振る。アウトコースにストレートが決まった。
スコアレスのまま迎えた五回表、ようやく試合に動きが見える。
「オッケー、ナイバッチ!」
この回の先頭、六番の杏玖がレフト前ヒットで出塁すると、続く紗愛蘭が送りバントを決め、ワンナウト二塁のチャンスを作る。
《八番キャッチャー、桐生さん》
ここでバッターボックスには優築が入る。一打席目は初球を弾き返し、ライトへのヒットを放った。教知大との試合から打撃好調で、この大会入ってもそれをキープしている。
(前の打席は積極策が実った。ここもそれに乗じたいけれど、焦りは禁物。追い込まれるまでは、自分のスイングをすることを心掛ける)
花月の投手は辻本のまま。一球目、内角にシュートが来る。高めに浮き、優築はやや仰け反りながら見送る。判定はボールだ。
(やっぱりここも変化球中心に組み立ててくるのか。私もこの投手をリードするなら、同じような配球になるのだろうけど)
二球目はカーブが外角一杯のコースに決まる。流石に優築は手が出せない。
(二球で内外と散らしてきた。本来ならここでスピードボールを挟みたいと思えてくる。ただキャッチャー目線で言えば、際どいコースの後に安易にストレートでストライクを投げさせることはしたくない。ここはもう一球変化球を待ってみようか)
三球目、辻本が投げてきたのはスライダーだった。投げ損じか、内角から真ん中を通っていき、優築には打ちやすいゾーンに来る。
(よし。行け!)
優築は打ちに出る。ただボールの上っ面を叩き、二遊間へのゴロとなる。
「オーライ」
予め二塁ベース寄りに守っていたショートの須知が掴んで一塁へ送球。その間に杏玖は三塁へと向かう。
(思ったよりもスライダーの落差が大きかった。読みが甘かったか)
優築が倒れ、ツーアウト三塁と局面が変わる。次はラストバッターの空だ。
「よろしくお願いします」
打席に入った空は、軽く足場を均しながらバットを構える。ピッチングがあるため九番に入っているが、バッティングの方も悪くはない。今大会でも一戦目、二戦目の両方でヒットを打っている。
ただし相手の辻本は、二回戦までに当たった投手に比べてレベルはワンランク高い。亀ヶ崎打線が打ちあぐねている現状がそれを物語っていた。
空への初球、辻本はアウトコースのスライダーでストライクを取る。ストレートに的を絞っていた空はタイミングが合わず、空振りを喫する。
(変化球はまだまだ切れてるなあ。こういうボールを狙って打てれば良いんだけど、それができないから皆も苦労してるんだよね)
二球目はストレート。しかしストライクゾーンからは大きく外れていた。空はあっさりと見極める。
三球目、今度は膝元にカーブが来る。空はボールと判断して手を出さなかったが、球審はストライクをコールする。
(今の入ってるのか。まあでもあそこに投げられたらどうしようもないな。さて、次は何で来る?)
カウントはワンボールツーストライク。花月バッテリーはできればここで勝負を決めたいところだ。
キャッチャーの川端が出すサインに、辻本が頷く。セットポジションに就いた彼女は足を上げ、空に対しての四球目を投じる。
(真ん中低め、入ってる)
空がスイングを開始する。だがそれに合わせるように、直進してきたボールは沈み始める。
(うわ、フォークじゃん。当てなきゃ……)
空は必死にスイングの軌道を修正する。如何にかこうにか、バットにボールを当てた。
「走れ空!」
高く弾んだ打球がサードの前へ転がる。仲間の大声に押されながら、空は懸命に一塁に向かって駆け出す。
「辻本、ウチが捕る」
サードの酒井が辻本を制し、前に出てボールを掴む。その流れのまま、酒井は素早く握り替えて送球する。
「アウトだ!」
「セーフだ!」
微妙なタイミング。グラウンドにいる全員が、食い入るように一塁塁審に注目する。
「セーフ!」
塁審は大きく両手を広げた。タイムリー内野安打だ。
「はあ……はあ……。よしっ!」
空は力強く左拳を握り、チームメイトのいる三塁側ベンチに突き出す。先に得点を挙げたのは、亀ヶ崎だった。
See you next base……
STARTING LINEUP
亀ヶ崎高校
1.戸鞠 光毅 右/右 セカンド
2.城下 風 右/右 ショート
3.糸地 晴香 右/右 センター
4.宮河 玲雄 右/左 レフト
5.紅峰 珠音 右/右 ファースト
6.外羽 杏玖 右/右 サード
7.踽々莉 紗愛蘭 右/左 ライト
8.桐生 優築 右/右 キャッチャー
9.天寺 空 左/左 ピッチャー
花月高校
1.森田 右/右 センター
2.内場 右/右 セカンド
3.辻本 右/左 ピッチャー
4.小藪 右/右 ファースト
5.吉田 右/右 レフト
6.須知 右/右 ショート
7.川端 右/右 キャッチャー
8.酒井 右/右 サード
9.池野 右/左 ライト




