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ベース⚾ガール!  作者: ドラらん
第七章 夏大、始まる。
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94th BASE

お読みいただきありがとうございます。


ひとまず夏大の開幕章は今回にて終了です。

次回から新章に入ります。

 舞泉ちゃんがベンチ内に姿を消した後も、観客席のどよめきは収まらない。球場全体が異様な雰囲気に包まれる。


「こりゃ凄いのが出てきたな。といっても、出すのが遅すぎるよ。このまま花栄に逃げられたら意味ないじゃん」


 玲雄さんが腕組みをしながら言う。確かにその通りである。現在奥州大付属は三点ビハインド。攻撃は残り二回しかない。決して返せない点差ではないが、相手は春の優勝校。容易にはいかないはずだ。


 しかしピンチの後にチャンスあり。六回表、奥州大付属はツーアウトを取られながらも、三人のランナーを出して満塁にする。長打が出れば一気に同点だ。ここで打順は、九番に入っていた舞泉ちゃんに回る。


《九番ピッチャー、小山さん》


 奥州大付属は代打を出さず、そのまま舞泉ちゃんを打席に送った。右投げの舞泉ちゃんだが、左のバッターボックスに立つ。


「うーん……、奥州もツキが無いなあ。ここで一年生に回ってくるなんて。あのピッチング見たら代えられないだろうし」


 打順の巡りを嘆く玲雄さん。ただ隣の晴香さんは、神妙な面持ちをしている。


「どうかしらね」

「え?」

「いくらあの子が良い投手だとしても、この負けている場面で代打を送らないなんてあり得ない。奥州が勝負を捨てたわけではないとしたら……」

「バッティングにも期待できるってこと?」

「ええ。そんな気がする」


 晴香さんの予感は的中する。舞泉ちゃんは初球を叩き、右中間へと飛ばす。


「ラ、ライト!」


 打球はツーバウンドでフェンスに到達。深めに守っていたライトが急いで処理するも、三人のランナーがホームへ駆け込む。これで六対六の同点となった。


「うわ、ほんとに打った……」

「まさかここまでとはね」


 スタンドが再び騒然とする。そんなことはいざ知らず、舞泉ちゃんは二塁ベース上でにこやかな笑顔を浮かべ、ガッツポーズをしている。


「舞泉ちゃん……」


 驚いた、なんてレベルでは無い。私はまるで、雷にでも打たれたような衝撃を受けていた。同い年にこんなにも凄い選手がいる。夢かとも思えてしまう現実を目の前にし、私は深い溜息をつく。そうしてそれ以降、何も言えなくなってしまった。


 試合は七回裏に奥州大付属が一点を挙げてサヨナラ勝ち。最後の得点にこそ関わらなかったが、間違いなく舞泉ちゃんの活躍が手繰り寄せた勝利だった。


「さて、帰りましょうか」


 試合を見届け、私たちは球場を後にする。


 一回戦で春の大会優勝校が姿を消すという番狂わせが起きた。その中心にいたのが、私と同じ一年生の小山舞泉ちゃん。私にとってもチームにとっても、強大なライバルが出現したのだった。




 夜、旅館の縁側で一人静かに涼みながら、私は今日の出来事を思い出していた。


「舞泉ちゃん、凄かったなあ」


 頭に浮かぶのは当然、舞泉ちゃんのこと。打って良し、投げて良しの二刀流。“怪物”と呼ぶのに相応しい才能を持っている。しかもあれでまだ一年生。これから更に進化していくと考えると、本当に恐ろしい。


「ん?」


 ふと、私のスマホに一件のメッセージが届く。差出人は椎葉君だ。


「お、もう一人の“怪物”さんからだ」


 私はスマホを開く。内容は、男子野球部の今日の試合結果を知らせるものだった。


《準決負けちまった。最後一点差まで追い詰めんだけど、あと一本が出なかったよ》

「ああ……、男子負けちゃったんだ」


 男子野球部はあと二つ勝てば甲子園という、非常に惜しいところまで来ていた。だが何回戦であっても、一度でも負ければその時点で敗退。甲子園への道は絶たれる。


《残念だったね。けどここまで進めたのは凄いことだと思う。お疲れ様》

《ありがとう。でもやっぱり、甲子園に行けないと意味ないよ。皆そのためにやってきたんだからな》


 椎葉君の返信を見て、私は口をひしと真一文字に結ぶ。


 甲子園に行かないと意味が無い。そこまで言わなくてもいいのにという気もするが、私だって同じ立場になれば、彼と一緒の発言をするだろう。

 適度なところまで行けたから良し、では済まされない。椎葉君の言う通り、それでは意味が無いのだ。何故なら私たちは、たった一つの目標のためだけに、日々の厳しい練習を熟しているのだから。


《めっちゃ悔しい。俺、ほとんどベンチで見ているだけだった。先輩が打たれた瞬間も、負けた瞬間も。来年は必ずエースになって、このチームを甲子園に連れていってやる。今日からまた出直しだ》


 溢れる想いを書き殴るかのように、椎葉君は止め処なくメッセージを送ってくる。彼が今、どんな気持ちでいるのかは分からない。けれどもきっと、相当な悔しさと、次への強い覚悟を抱いているのだと思う。


《女子の方はまだ勝ち残ってるんだよな?》

《うん。明日二回戦》

《そっか。頑張れ。練習しながら勝てるように祈ってるわ》

《ありがとう。出番があるかは分かんないけど、チームが勝てるように頑張るよ。あ、でも練習中はちゃんと集中しててね。怪我したら大変だし》


 椎葉君に激励の言葉を貰い、私の胸は熱くなる。こんな状況でも応援してくれるのがとても嬉しい。それを無下にしないためにも、明日も絶対に勝とう。

 いや、明日だけじゃない。どんな相手が来ても、舞泉ちゃんみたいな“怪物”が立ち塞がろうと、全部勝つんだ。そして優勝するんだ。


 私は椎葉君からの「分かった」という返信を確認し、スマホを閉じて自分の部屋に戻る。


 空には綺麗な満月が浮かんでいる。椎葉君や舞泉ちゃんも、私と同じ月の下にいるのだと思うと、一層胸の熱さが増した。




「オーライ」


 高く上がった平凡なフライを、レフトの玲雄さんががっちりと掴む。これが最後のアウトだ。


「ゲームセット」


 大会三日目。私たち亀ヶ崎高校は、二回戦を七対一で勝利する。私は最終回に登板し、一イニングをノーヒットに抑えた。


「真裕、ナイスピッチ。良いボール来てた」

「ありがとうございます」


 これでチームは三回戦進出。過去最高に並ぶベスト八となった。



See you next base……


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