93th BASE
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ライバルがベールを脱ぎます。
大会二日目。私たち亀高には試合が無い。そのため、午前中は他のチームの試合を観戦することになっている。
「今日は埼玉花栄の試合が組まれている。うちが優勝するためには、間違いなく倒さなければならないであろう相手だ。せっかくの機会だし、彼らがどのような意識で野球に取り組んでいるのかも含め、その戦いぶりをしっかりと観察しておくんだ」
「はい」
埼玉花栄高校は、今大会の優勝候補の筆頭である。夏の大会はここ五年で三回の優勝を誇っており、この前の春の選抜も制覇している。まさに名門中の名門校。頂点を狙うどのチームにとっても、最大のライバルとなる。
球場入りした私たちは、スタンドのバックネット裏に移動。三塁側寄りの席に陣取る。
「うお、結構人いる」
優勝候補の試合ということもあり、球場にはかなり多くの高校が視察に訪れている。その中には楽師館高校も混ざっていた。ベンチ入りしている万里香ちゃんの姿もある。
相手は岩手の奥州大付属高校。舞泉ちゃんのいるチームだ。
「あ、真裕ちゃんだ。おーい」
アップから引き揚げてくる際、舞泉ちゃんが私を見つけ、手を振ってきた。試合前なのに緊張感が無いなあ。なんてことを思いながら私が苦笑いで手を振り返すと、舞泉ちゃんは嬉しそうに笑ってベンチへと入っていく。
奥州大付属のスタメンに彼女の名前は無い。果たして出番はあるのだろうか。
「ねえ晴香、この試合どうなると思う?」
「そうねえ……。やっぱり埼玉花栄が一枚上手なんじゃないかしら。奥州は打線の方は良いけど、投手力が心もとないって印象ね」
後ろに座っていた玲雄さんと晴香さんが何やら話をし始める。どうやらこの試合の展開について考えているみたいだ。
「奥州が序盤で点差を付けたら分からないけれど、接戦になったら間違いなく花栄の方が優勢になるわね」
「まあそうだよねえ。花栄は春から別段メンバーが変わってるわけでもなさそうだし、攻守両面で安定してるよね」
二人とも埼玉花栄に分があると予想。実際、試合はその通りに進む。
初回は両校無得点に終わったものの、二回裏、花栄が二本のタイムリーで三点を先制する。負けじと奥州大付属も反撃に出るが、点を取っては取られを繰り返し、差が縮まらないまま、五回裏の花栄の攻撃へと入っていく。
「ボール。フォア」
この回の先頭がヒットで出塁すると、次打者が送りバントで二塁に進める。その後二者連続のフォアボールが出て、花栄はワンナウト満塁の大チャンスを作った。
「よっしゃー! ここからコールドまで持っていこうぜ!」
意気上がるチームメイトの声に乗せられ、花栄の四番、白石さんが打席に向かう。ここまでは三打点の活躍を見せている。
ここで点を入れられれば、奥州大付属はかなり厳しい状況に立たされる。しかし今投げているピッチャーでは、白石さんは抑えるのは難しいだろう。
「タイム」
すると奥州大付属がタイムを取り、投手交代を告げる。
《奥州大学付属高校、ピッチャー源さんに代わりまして、小山さん》
「え⁉」
私は耳を疑う。何とここで指名されたのは舞泉ちゃんだった。ブルペンの方から小走りでマウンドに上がり、前のピッチャーからボールを受け取る。
遠目から見ても、背丈は他のチームメイトよりも群を抜いて高いことが分かる。ただいくら何でも、一年生がこの場面で登板するのは荷が重すぎる。試合を諦めてしまったのではないかと思えるくらいだ。
しかし、そんな考えは一瞬にして吹き飛ばされる。
足元を均し、舞泉ちゃんが投球練習を開始する。ゆったりとしたフォームから、長い右腕をしなやかに振る。
「おお!」
舞泉ちゃんが投げたボールが、真っ直ぐにキャッチャーミットへと吸い込まれる。その瞬間、場内から驚嘆の声が上がった。
速い。とにかく速い。本当に女子が投げているのかと疑ってしまう程、段違いにスピードが出ている。
「おいおい、奥州大付属にこんな投手いたのかよ。超秘密兵器じゃん」
「あの子、一年生です」
後ろから聞こえてきた誰かの声に反応し、私は振り返って答える。
「え? マジ?」
「は、はい。私開会式の前にあの子と話したんです。今年奥州大付属に入学したって言ってました」
「嘘だろ。やば過ぎでしょ」
先輩たちも驚きを隠せない。そうこうしている内に試合が再開。打席で白石さんがバットを構える。
「とりあえず騒ぐのは後。今はこの対決に集中するわよ」
「は、はい」
晴香さんに促され、私たちはグラウンドに目を向け直す。その初球、球種はもちろんストレートだ。白石さんのバットが空を切る。高めの甘いコースだったが、完全に振り遅れている。
舞泉ちゃんは二球目もストレートを投じる。これも空振りとなった。
白石さんは簡単に追い込まれる。しかし三球目、これまでと同じような投球を、今度はバックネットへのファールにする。
「流石花栄の四番ね。三球できちんとタイミングを合わせてきてる」
「次も同じ球なら打ち返すんじゃない?」
「ええ。同じ球なら……ね」
晴香さんたちも固唾を呑んで見守る中、舞泉ちゃんが四球目を投じる。コースは真ん中低め。球速はやや落ちているように見える。白石さんは手を出していく。
「バッターアウト!」
けれどもバットには当たらなかった。ホームベースの手前でボールが急降下したのだ。
「今の落ちた?」
「ええ、フォークね」
フォークボール。ストレートに似た真っ直ぐな軌道で進みつつ、打者の近くで鋭く落ちていく変化球だ。空振りを取りやすいため、決め球として使用する投手は多い。舞泉ちゃんもその一人だった。しかも切れ味が良く、スピードもある。初見では打者は間違いなく見極められないだろう。
「ストライク、バッターアウト。チェンジ」
舞泉ちゃんはこの後のバッターからも三振を奪う。球場全体から拍手喝采を浴び、舞泉ちゃんはベンチに戻っていく。
彗星の如く現れた“怪物”、というのはこのことか。これまで埼玉花栄に向いていた注目は、瞬く間に舞泉ちゃんの方に切り替わる。
鮮烈すぎるデビューを果たした小山舞泉ちゃん。だが彼女が魅せる衝撃は、これだけでは終わらなかった。
See you next base……
WORDFILE.36:フォークボール
打者の手元で縦に落ちる軌道が特徴の変化球。単に「フォーク」と呼ばれることもある。一般的には人差し指と中指でボールを深く挟んで投げる。この握り方が食器のフォークに似ていることから名付けられた。
落下する直前までストレートとほぼ同じ軌道で進むので、打者にとっては非常に判別し辛い。加えて変化も大きいため、空振りを奪える球種の一つとして、決め球に使う投手も多い。ただし暴投や捕逸も起こりやすく、尚且つ握力が不十分ですっぽ抜けると、高い確率で痛打されるという危険性もある。




