92th BASE
お読みいただきありがとうございます。
夏大一回戦が終わりました。
まだまだ激闘は続きますが、今回はちょっとだけ骨休めをしましょう。
試合の後のお風呂って良いですよねー。
球場の騒がしさから一転、蝉の鳴き声も止み、外ではひっそりとした小鳥の囀りが聞こえてくる。宿に帰ってきた私たちは、早速今日の反省会に入っていた。
「まずは一回戦突破おめでとう。少しもたついた場面もあったが、格下相手とはいえコールドで勝てたのはとても大きい。今後にも良い意味で繋がるはずだ」
私たち亀高は、和久学園をコールドで下した。日程がタイトな夏の大会では、精神的にも体力的にも消耗を抑えられるコールド勝ちは非常に価値がある。チームのムードも明るく、試合に出ていた人を始め、皆充実した表情をしている。
解散後、夕食まで時間があるということで、私は一人で三〇分程ランニングに出た。そうして軽く体を動かし、戻ってきてからは大浴場にて汗を流す。
「はー、癒されるんじゃー……」
刺激のあるお湯の熱さが、疲れた身体に染み渡る。一瞬にして全身の張りが剥がれ落ち、何だかこのまま、湯船の中に溶けていってしまいそうだ。
「ふふっ、何お婆さんみたいなこと言ってんの。ダサいぞ」
「えー、良いじゃないですかこれくらい。熱いお風呂ではこういうのが醍醐味なんです」
正面にいた杏玖さんに茶化され、私は頬を膨らませて反論する。
この旅館には部屋毎にお風呂が設置されているが、ロビーから一つ降りた階には小規模な大浴場もある。現在は私と杏玖さんに加え、風さん、光毅さん、ゆりちゃん、珠音さんの六人が入浴中だ。
「それにしてもあれよあれよという内に大会が始まっちゃったね」
「あー、それ凄い分かります」
「まあ実際、六月中旬に背番号渡されてから、一気にここまで話が飛んでるからね」
「え? 何の話ですか?」
「画面の向こう側の話」
「はい?」
杏玖さんの言っていることは全く理解できないが、何となく深く突っ込むのはタブーに思えた。ということで違う話題を振ってみる。
「そういえば、男子野球部も明日試合だそうですよ。地方大会の準決勝だったかな」
「へえ。準決って、あと二つ勝ったら甲子園じゃん。すげえ!」
「はい。今年は記念大会なので、出場枠が増えてるみたいですよ。だからチャンスなんだって言ってました」
「真裕詳しいね。けどそんなの誰から聞いたの?」
「あー。えっと……」
「椎葉君、だよね!」
杏玖さんからの質問に答えようとしたところ、隣にいたゆりちゃんが割って入ってくる。
「へー。真裕、椎葉君と仲良いんだ」
「そうなんですよ! この子、毎日連絡取ってるくらいですもん」
「ちょっと待って。何でさっきからゆりちゃんが答えるの。それに毎日は取ってないから。偶に向こうから来るだけ」
「本当かなあ?」
「本当だってば」
「あはは。良いじゃん椎葉君。前見た時は結構イケメンだったし。しかもあの球投げられるなら夏もベンチ入りしてるでしょ」
「入ってますね。十一番の背番号貰ったって言ってました」
「真裕っちとお揃い! ペアルックだ」
「別にそういうのじゃないって」
私はゆりちゃんの言葉を即座に否定する。椎葉君とは時々連絡を取り合う仲であることは事実。互いの部活での近況や、学校であったことを報告している。夏の大会のことについても教え合った。
けれども本当にそれ以上の関係では無い。学校内で話すことはほとんど無いし、会っても挨拶くらい。そもそも椎葉君はスマホでは積極的にコミュニケーションを取ってくるが、学校で見る時のテンションは基本低め。おそらく誰に対しても口数は少ない。
「えー。でも宮藤君が言ってたよ。椎葉君が真裕っちにぞっこんだって」
「あのねえ、そういうのは外野が勝手に騒ぐもんじゃないの。椎葉君に失礼だよ」
私は眉間に皺を寄せながらゆりちゃんに言う。心なしか、お湯の温度が上がっている気がした。
「まあ早とちりは良くないけど、案外脈ありかもしれないよ。遊びに誘われたりとかしないの?」
「しないですよ。自分が先発する時に、夏大見に来ないって言われたぐらいです。それも練習あったんで断りました」
「いやいや、それは可能性高いでしょ。これは夏大終わった後が楽しみですなあ」
ゆりちゃんと杏玖さんがにやけ顔で私を見る。攻められているばかりは嫌なので、私は反撃に出ることにした。
「二人ともその顔止めい。そんなこと言うなら、先輩はどうなんです? 何か良い話無いんですか?」
「私? 残念ながら無いんだよねこれが。二年生の中であるのなんて優築ぐらいだよ」
「優築さんって彼氏いるんですか?」
「うん。去年の冬くらいから同じクラスの人と付き合ってるよ」
「おー。優築さんが一番そういうの興味無さそうなのに」
「私たちも聞いた時はびっくりしたわ。本人もあんまり話さないしね」
「なら三年生の人はどうなんですか? 風さんとか可愛いしモテると思うんですけど」
「え、それは私の口からは言えないよ……」
ゆりちゃんが踏み込んだ問いかけをする。杏玖さんは苦笑を浮かべ、奥にいた風さんたちの方を向く。
「何? どうしたの?」
「風さんって、恋人いるんですか?」
「へ?」
風さんがこちらに反応するや否や、ゆりちゃんが質問を飛ばす。この子ほんと凄いな。
いきなりのことに驚いたのか、風さんは目を真ん丸とさせ、口をもごつかせる。
「い、いないよ……」
「ええ? 何かその答え方、すっごく怪しくないですか?」
「そ、そんなことないって」
「何々? 何の話してんの?」
そこへ、さっきまで体を洗っていた光毅さんがやってくる。右手には、野球選手の名前がプリントされたタオルを持っている。
「あ、光毅さん。風さんって付き合ってる人いないんですか?」
「え? 彼氏いるよ。昔からの幼馴染」
「ちょ、ちょっと光毅!」
あっけらかんと答える光毅さん。風さんは勢い良く立ち上がり、珍しく大きな声を上げる。
「あ、言っちゃ駄目だった?」
「だ、駄目っていうか、だって私、何か深く聞かれても上手く答えられないし……」
「ああ、それなら私が代わりに引き受けるから大丈夫でしょ」
「それは絶対嫌!」
赤くなっていた風さんの頬が更に紅潮する。流石にこれ以上聞くのは止した方が良さそう。ゆりちゃんもそれを何となく察したみたいだった。けれど幼馴染って、どれくらい長さの関係なのだろう。
「光毅さんはどうなんですか?」
「私? どう思う?」
「アラキさんのことばっか追いかけてて、そういうのに縁が無さそうです」
逆質問されたので、私は率直に思ったことを述べてみる。
「おいおい、どんだけ私アラキさんのイメージ強いんだよ。強ち間違ってないけど」
「ってことはいないんですね」
「いやいや、いるんだよこれが。他校の一個下の子。野球観に行ったのをきっかけに知り合ったんだ」
光毅さんは愉快気に、恋人との馴初めを話し始める。ただここからは少々長くなるため割愛。中々に興味深い内容ではあった。
「さて、そろそろ出ようか。長時間の入浴は体に良くないしね」
まさかの恋愛話で盛り上がり、私は少しばかり逆上せてしまった。ただこういう話をすると、自分たちが女子高生であることを実感できる。偶には良いのかな。
こうして大会一日目は終わっていった。私たちは無事に初戦を突破し、二回戦へと駒を進めた。
しかし喜びも束の間。私たちは翌日、一人の“怪物”の登場に、度肝を抜かれるのであった。
See you next base……
PLAYERFILE.37:西江ゆり
学年:高校一年生
誕生日:8/6
投/打:右/右
守備位置:外野手
身長/体重:153/50
好きな食べ物:ビスコッティ、スコーン




