90th BASE
お読みいただきありがとうございます。
年末の予定が段々と決まってきました。
今からお金を貯めないといけません。
菜々海は愛里の助言を意識しながらバットを出す。快音を放ち、綺麗なピッチャー返しが飛んだ。
「何っ!?」
空は咄嗟にグラブを出すも間に合わず、ボールはセンターに抜けていく。
「やばい! ななみんナイバッチ!」
三塁ランナーの美波が大喜びでホームイン。他の走者もそれぞれ進塁し、菜々海もしっかりと一塁を駆け抜ける。
「う、打てた……」
菜々海は信じられないといった顔で自分の掌を見つめている。お手本のような見事なクリーンヒットだった。そしてこれが和久学園の初得点を叩き出すと共に、遂に愛里の打順にまで繋げる一打となったのだ。
《三番ピッチャー、永田さん》
「愛里ー! 打ってくれー!」
仲間の叫びを背に、愛里は素振りをして精神を研ぎ澄ませる。
(菜々海、よく打ったね。言葉では分かっていても、そう簡単にできることじゃないのに。それに皆もよくここまで繋いでくれた。皆の想い、絶対に無駄にしない!)
「よろしくお願いします!」
愛里が打席に入る。得点は十三対一と依然として大差。だが塁は全て埋まっている。ここで長打が出て三人のランナーが還れば、コールドを阻止できる。
(本当にしぶといな。でも愛里には前の打席の借りを返したかったし、そういう意味ではちょうど良かったかも。ここで締める!)
漲る闘争心を全面に押し出し、空は愛里と対峙する。今日はまだそこまで疲れを感じていない。愛里と真っ向勝負できるくらいの余力は十分に残っていた。
初球は膝元へのストレート。愛里は打って出たが、打球はバックネットに直撃する。
(うわ、これまでよりも明らかに速くなってる。ギアを一段上げたってことか。タフなピッチャーだね)
二球目。空はこれまた直球で胸元を抉っていく。愛里は若干仰け反りながら見送る。
「ボール」
インコースが二球続き、カウントはワンボールワンストライク。空と愛里、二人の間を流れる緊張感も一層高まっていく。
(美波も菜々海もストレートを打ってる。向こうにそのイメージが残ってるなら、きっと三球連続でストレートは投げにくいはず。このバッテリーが変化球でカウントを取りにくる時は、外のカーブかスライダーを多く使う傾向がある。それを狙おう)
三球目。愛里の読み通り、アウトコースへのカーブが来る。しかし高めに浮き、愛里はバットを出しかけて止める。優築がハーフスイングを主張するも、一塁塁審はノースイングの判定を下す。これでボールが一つ先行し、愛里はより打つべき球を絞りやすくなった。
(狙いはさっきと変えない。次はスライダーの方が来るかも……)
(今の球に手を出しかけたということは、予め狙っていた可能性が高い。それならその逆を突きましょう。もし狙いを変えていても、しっかり投げ切れればそう簡単には打たれないはずです)
(了解)
四球目。亀ヶ崎バッテリーは再びインコースを攻める。愛里は裏を掻かれた格好になる。
(まじか……)
対角線に入ってくる絶妙なクロスファイヤー。愛里は若干腰を引かせながら、ボールがミットに入るのを見届ける。
「ボール」
しかし球審の手は上がらなかった。バックネット裏から見ていた観客の何人かがざわつき出す。愛里は崩れそうになる表情を奥歯を噛んで堪えつつ、一度打席を外した。
(良かったあ……。正直ストライクでも文句言えなかったよ。普通ここでインコース来ないでしょ。だけどこれでスリーボール。相手も厳しくなってきてる)
各々が一球一球考えを巡らす、息の詰まる攻防。ただそんな勝負ができることに、愛里はこの上無い喜びを感じていた。
(私のために、皆がここまでお膳立てをしてくれた。私はなんて幸せ者なんだろう。思えば部を創った頃は、練習場所にすら困ってたんだよね。グラウンドを使えなくて近くの公園で練習してたっけ)
愛里はふと昔のことを思い起こす。
当初はバッティング練習はおろか、ノックもまともにできない環境だった。加えて学校からの資金援助はほとんど無く、皆で小遣いを出し合って道具を購入することもあった。それほど苦しい中でも、愛里たちは野球部として活動し続けてきた。今回の大会出場は、その努力が実った結果なのである。
(色々あったけど、皆よく付いてきてくれたよ。途中でいなくなった人は誰もいないんだよね。今年入ってくれた一年生も含め、皆には本当に感謝しなくちゃ。だからこそここで打って、少しでもその気持ちを形にして示したいんだ!)
全てはこの瞬間のために……。愛里はバットのグリップを強く握り緊め、騒ぐ胸の内を鎮めるように大きく息を吐く。
(このカウントで変化球を待つ必要は無い。直球一本に絞る)
愛里がバッターボックスで構え直す。空は優築からのサインに頷き、足を上げる。
(明らかに真っ直ぐ狙ってるよね。けどそれが良い。私の力で捻じ伏せてやる!)
五球目。真ん中高めのストレート。愛里は、迷わずバットを振り抜いた。少女たちの想いを乗せた白球が、青空に舞う。
「いっけー!」
「飛べー!」
仲間の声も手伝って、打球はセンターバックスクリーンに向かってどんどん伸びていく。センターの晴香が全速力で背走。越えれば一塁ランナーも十分に還ってこられる。愛里は一塁ベースを蹴ろうかというところで、大きな声で叫んだ。
「お願い、抜けて!」
晴香は後ろ抜きのまま、グラブを出して打球に飛びつく。一瞬の静寂が、グラウンドを包みこんだ――。
着地してから二、三歩歩いて体勢を整え、晴香が審判に向けてグラブを掲げる。その中にはしっかりと、白球が収まっていた。
「ア、アウト」
「ああ……」
もう一伸び足りなかった。打球が捕られたのを確認し、愛里は悔しそうに天を仰ぐ。その目には、仄かに熱いものが光っている。
「終わっちゃったかあ……」
喉奥を詰まらせる寸前の声でそう呟き、愛里はホームの方へと振り向く。そうして歓喜の亀ヶ崎ナインの周りで落胆する仲間たちを元気付ける。
「ほら皆、前向いて。終わりの挨拶するよ。てきぱき動こう」
愛里に促され、和久学園ナインが整列する。どんなに辛くても、愛里は最後までキャプテンとしての役割を立派に全うしていた。
「十三対一で亀ヶ崎高校の勝利。ゲーム」
「ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
試合終了。亀ヶ崎は和久学園を攻守で圧倒し、コールドで二回戦進出を決めたのだった。
See you next base……
PLAYERFILE.35:早矢仕歩子
学年:高校一年生
誕生日:5/15
投/打:右/右
守備位置:左翼手
身長:154
好きな食べ物:フライドポテト




