8th BASE
お読みいただきありがとうございます。
最近家族とカラオケに行こうという話をしていますが、中々予定を合わせられません。
レパートリーも増えてきたので久しぶりに行きたいなと思ってはいるのですが……。
あ、家族の前で歌えるような歌あんまりないや(笑)。
入学式の日から一週間が経とうとしている。身体測定やクレペリン検査などが一段落し、昨日からは授業も始まった。それに今日は、部活動の本登録の日だ。
「ちわっす」
「ちわっす」
放課後、私は京子ちゃんたちと一緒に指定された教室に行く。先輩たち含め、教室は話し声で賑わっている。
入学式の日以降、私は毎日自分の野球用具を持参し、放課後の野球部の練習に顔を出していた。そのため先輩の名前はもうほとんど覚えてしまった。
「一年生は入り口側に座るみたいだね」
祥ちゃんが黒板を確認する。私たちは指示された通りの場所に並んで座る。
暫く待っていると木場監督が教室の中に入ってきた。教室が一瞬にして静まり、張り詰めた空気が流れる。間を置かず、私たちは一斉に席を立つ。
「ちわっす!」
「ちわっす!」
「はい、こんにちは。これで全員か?」
「二、三年生は全員です。一年生も体験入部に参加していた人は、これで全部です」
教壇に立った監督が全体に尋ねると、主将の晴香さんが返答をする。
「分かった。じゃあさっさと始めて手短に済ませるか」
右肩付近を掻きながら言う監督。扁桃腺の付近で微動する大胸筋が覗く。監督は私たちを座らせ、一年生の方を向いて話し始める。
「えー、俺が女子野球部の顧問、木場隆浯だ。まあ、全員初めてじゃないけどな」
監督が柔和な表情を浮かべ、私の緊張は若干和らぐ。
「今日から君たちはうちの正式な部員になるわけだが、見ての通りこの部活は人数が少ない。夏の大会でのベンチ入りは十八人。だがこの部にいる二、三年生は合計で十六人だ。したがって少なくとも二人は、夏の大会でベンチ入りをしてもらうことになる。一年生だからといって遠慮せず、どんどんアピールしてもらいたい」
私は唇を一直線に結う。七月の後半から行われる夏の大会に、一年生の誰かが参加する。いきなり大会に出られるチャンスがあるのだ。一年生は新チームになるまで基礎練習で終わってしまうことが多い中では、こんなにおいしい環境は無い。
「とは言っても、そんなに甘い世界じゃないことも理解してほしい。初めの内は普通の練習に参加してもらいながら、身体作りもやってもらうし、厳しいトレーニングも積んでもらう。俺は上下関係というものは好きじゃないが、野球部にいる以上は少なからず出てくるだろう。時には理不尽に感じたり、不満に思ったりするかもしれない。だが君たちがそんな逆境も跳ね返してくれることを、俺は願っている。そうなれば自ずとチームも強くなるからな。これから三年間、精一杯、そして真摯に野球に取り組んでくれ」
「はい!」
「俺からは以上だ。晴香、キャプテンとして一言挨拶しろ」
「分かりました」
晴香さんが木場監督と入れ替わって前に立つ。多少は慣れてきたものの、それでもこの人の醸し出す雰囲気には、背中の辺りが勝手に収縮してしまう。
「一年生の皆、女子野球部に入ってくれてありがとう。私たち上級生は、皆さんの入部を心から歓迎します」
晴香さんがこちらを向いて軽く礼をする。それに反応し、私たちも礼を返した。
「私たちは、夏の大会で日本一になることを目指して日々活動しています。しかし監督も言っていたように、私たちは他の高校に比べて人数が少ないです。だから全国制覇のためには、一年生にも協力してもらわないといけません。練習からどんどん前に出て、良いプレーを見せてください。私たちもそれに刺激されると思います」
非常にどっしりとした口ぶりの晴香さん。主将としての頼もしさが垣間見える。
「皆さんと野球ができること、とても楽しみです。困ったことがあれば積極的に私たちに相談してください。これから共に戦う仲間として、辛く厳しい時も力を合わせて乗り越え、一緒に日本一を目指しましょう!」
晴香さんは真っ直ぐな眼差しを向けてくる。その視線の先ではっきりと、頂点を捉えているように感じられた。
「おし、ありがとう晴香」
再び二人が入れ替わる。
「言い忘れていたが、今週末には毎年恒例の男子野球部一年生との練習試合がある。一年生もそこで試合に出てもらうかもしれないから、そのつもりでいてくれ」
「はい」
「これでミーティングは終わりだ。急いで着替えてグラウンドに集まれ。準備が整い次第、フリーバッティングを開始するぞ」
「はい」
こうして、初めてのミーティングは終わった。私たちは正式に女子野球部の一員となり、これから全国制覇に向かって励むこととなる。
部室で着替えている最中、私は男子野球部との試合の件について考えていた。
「土曜にはもう試合があるのか。ふふふ、楽しみだなあ」
そう呟きながら、アンダーアーマーに袖を通す。この肌に吸い付くようなタイプは中学時代から使っている。着始めた頃は胸を締め付ける感覚が不快だったが、それにもすっかり慣れ、今ではとても動きやすい。
「ウチらは一年生だし、出られる可能性は低いでしょ」
「でも監督は出る準備をしておけみたいなこと言ってたよ」
「そりゃあ真裕は可能性あるかもね。ピッチャーだし」
隣で京子ちゃんが言う。因みに京子ちゃんも、私と同じタイプのアンダーシャツを使っている。祥ちゃんはバレー部にいた時のシャツを続けて使っているそうだが、アンダーアーマーは嫌いらしく、袖はゆったりとしている。
「京子ちゃんだってチャンスあるよ。一年生ってことは私たちと同じ学年なんだし、勝てると良いな」
「何言ってんの。向こうは甲子園にも届きそうな位置にあるチームなんだよ。入学前から有力な選手に声掛けてるだろうから、一年生といっても実力者が揃ってる。ウチらみたいに入りたい人が入ってるチームとは違うの」
浮かれる私とは対照的に、京子ちゃんは冷静に現実を述べる。
「ほお、京子はよく知ってるね。偉いぞ。相手チームを分析することは大事なことだ」
「み、光毅さん」
そこへ着替えの完了した光毅さんが背後から現れ、京子ちゃんの頭を軽く撫でる。
「それに今年は、大型ルーキーが入ってきたしね」
「大型ルーキー?」
「うん。何でも既に一四〇キロを投げられるらしい。名前は椎葉君って言ってたかな」
「一四〇キロ⁉ それは凄い……」
私は思わず声を上げる。高校生で一四〇キロというと、甲子園に出場するチームのエースと同じレベルだ。付け加えておくと女子野球の日本最速は一二九キロ。そして世界最速は一三七キロだ。したがって大型ルーキーの椎葉君は、どの女性選手よりも速いボールを投げるということになる。
「私たち相手には投げないだろうけどね。大切な未来のエースを、向こうはこんなところで投げさせたくないと思ってるよ」
「舐められてますね」
「仕方無いかな。男子と女子じゃ、力の差があり過ぎるから」
光毅さんは両手を広げ、口角を下げる。私の胸が蛇口を捻ったように締まる。
「やっぱり、勝てないんですかね?」
「まさか。こっちに負けるつもりなんて更々無いよ」
光毅さんは平然と言ってのける。
「私たちは日本一になるために野球をやってる。男子と言えど、一年生には負けていられないよ。もっとも二、三年生が出てきたって負ける気は無いけど。相手が強いから勝てないなんて、面白くもなんともないし」
後輩の前だからと見栄を張っているようには見えなかった。おそらくこの人は、本気で勝とうとしている。光毅さんも晴香さん同様、ずっと先にある目標をしかと捉えていているようだった。私の胸の締まりが、すぐに解ける。
「光毅、グラウンド行くよ。一年生の二人も着替えたなら早く来て」
「ういーっす」
「あ、すみません」
気が付くと私たちの他には、もう誰も部室にはいなかった。私と京子ちゃんは慌ててベルトを締め、光毅さんを追いかける。
「真裕、最後の人は鍵閉めないと」
「そうだった」
私は扉の近くに掛けてあった鍵を取る。施錠を終え、私は今一度鼓動の高鳴りを感じつつ、グラウンドへと駆けていった。
See you next base……
PLAYERFILE.8:木場隆浯
学年:教師
誕生日:7/28
投/打:右/右
守備位置:監督
身長/体重:179/83
好きな食べ物:カレー