82th BASE
お読みいただきありがとうございます。
お気づきの方もいるかもしれませんが、一回戦の相手、和久学園は私の大好きなあるものを題材としています。
亀ヶ崎の選手だけでなく、彼女たちの活躍にもご注目ください!
《三番ピッチャー、永田さん》
「よろしくお願いします」
球審に深々と頭を下げ、愛里は空と対峙する。左頬にある泣き黒子がチャームポイントで、周りに比べて顔立ちはやや幼げだが、一度構えに入るとそんな印象も様変わりする。引き締まった目つきで投手を見つめ、懐を深くして投球を待つ。
初球、バッテリーは一、二番と同じ入り方でストライクを取りにいく。愛里はそれを狙っていたかのようにライト方向へ弾き返す。
「ファール!」
捉えた当たりだったが、右に切れてファールとなる。優築は足元に転がったバットを拾い上げ、一塁ベース手前から戻ってくる愛里に手渡す。
「あ、ありがとう」
「いえいえ」
愛里は気さくに礼を言う。優築は慎ましく応答するも、マスク越しで愛里の挙動を注意深く追っていた。
(この人も初球から振ってきた。それに前の二人とは違って、タイミングもある程度計れてる。少し用心しておいた方が良さそうね)
二球目。優築はインコース低めに直球を投げさせる。
「おっとっと……」
愛里は足元を崩され、前屈みになりながらボールを避ける。勢い余って左のバッターボックスに足を踏み入れる。
(今の狙って投げさせたの? だとしたらこのキャッチャー、結構意地の悪いタイプだ。バット拾ってくれたから優しい人だと思ったけど、それに惑わされちゃ駄目かも)
三球目は外のボールゾーンから入ってくるカーブ。タイミングを外された愛里は反応こそしかけたが、スイングせずに見送る。
「ストライクツー」
これで愛里は追い込まれた。ここまではバッテリーが上手く攻めている。
(このピッチャー、ストレートもキレがあるけど、カーブの緩急も効いてる。やっぱり強いチームのエースだけあって、打ち崩すのは難しそう。でも逆にここで私が打っておけば、皆もやりやすくなるはず)
四球目はストレートが高めに抜け、ツーボールツーストライクの並行カウントになる。次がポイントとなる一球だ。
(ほんとはチェンジアップを使いたいところだけれど、この後のことも考えて取っておきたい。それなら……)
優築がサインを出す。彼女は空が頷いたのを見ると、ミットを低めに構えた。
五球目。バッテリーが選択したのは、真ん中から沈んでいくカーブだ。
(低いか? いや、これくらいなら打てる)
ストライクかどうか微妙なところだったが、愛里はバットを出し、芯でミートする。
「おお!」
鋭いライナーがセンターを襲う。スタンドからも一瞬歓声が上がる。
「オーライ」
しかし頭を越えるにはもう一伸び足りず。晴香が定位置の後ろでボールを掴む。
「アウト。チェンジ」
「ああ……」
和久学園のベンチから溜息が零れる。結局、一回表は三者凡退で終わった。
「空、ナイスピッチング。さあ初回から点取って、突き放していくわよ!」
「おー!」
初回の攻撃を前に、亀ヶ崎も輪を作る。こちらも和久学園に負けじと、気合の籠った声を飛ばす。
《守ります、和久学園高校のピッチャーは、永田さん》
他のメンバーが守りに就くのに少し遅れて、愛里がマウンドに登る。亀ヶ崎ナインはベンチ前で素振りをしながら、彼女の投球練習を見守る。
「あれって三番打ってた人だよね。どんな投手なんだろ?」
そう呟いたのはこの試合でも四番を務める玲雄だ。その隣では、晴香がバットを振っている。
「一目見た限り、真っ直ぐはそこそこスピードがありそうね。ただやっぱり打席に立ってみないと何とも言えないわ」
先述したように、和久学園は今大会が初出場。一応愛里は連合チームで試合には出ているが、その時には投手をやっていない。亀ヶ崎の攻撃陣はほぼデータを持たないまま戦うことになる。
《一回の裏、亀ヶ崎高校の攻撃は、一番セカンド、戸鞠さん》
投球練習が終了し、一番の光毅が打席に立つ。すると一塁側のスタンドで、ベンチに入れなかった亀ヶ崎の部員たちが、メガホンを使って大声で応援歌を歌い始める。
「せーの!」
「かっとばせ、光毅!」
選曲は光毅の大好きなプロ野球選手、“アラキ”の応援歌。光毅自身が直々に希望したものである。
「良いねえ。初っ端からトップギアだよ」
光毅は意気軒昂とバットを構える。自分の打席で憧れの選手の応援歌が流れる。それだけで、モチベーションはかなり上がるものだ。
(へえ、あっちは一人一人応援歌を歌ってもらえるのか。人数が多いところはこういうことができるから良いなあ。私にも“モギ”の応援歌を歌ってほしいよ。あ、旧の方ね)
マウンド上の愛里は一旦ロジンバックを触り、逸る気持ちを落ち着ける。
(けどそんなこと言ってたらキリが無い。こうやって皆と野球できるだけでありがたいことなんだから、それに感謝しなくちゃ)
愛里は右手に息をかけ、指先の余分な粉を吹き飛ばす。そうしてキャッチャーの奥間夏耶からのサインを受け取る。
(まずはストレートか。まあ順当な入りだよね。よし、がんぱっぺ!)
愛里は大きく振りかぶる。現役最強の奪三振王を彷彿させるダイナミックなフォームから、記念すべき第一球を投げた。
(お、甘い球。いきなり打ったる!)
コースは外角やや高め。光毅は初球攻撃を仕掛ける。
「あてっ……」
だが球威に押された。打球はセカンド前方への弱いゴロとなる。
「し、しまった」
光毅が全速力で走り出す。和久学園のセカンドは田山美波だ。
「オ、オーライ」
「美波、落ち着いて」
美波は前に出てボールを捕ろうとする。ところがその寸前で、快速を飛ばす光毅の姿が目に入る。
「あ……」
それに気を取られたのか、美波はボールを弾いてしまう。急いで拾い直して送球するも一塁はセーフ。エラーが記録される。
「ご、ごめん愛里。ランナーが思ったよりも速くてびっくりしちゃった……」
「気にしないで。それより美波が凹んじゃったら寂しくなっちゃうから、声だけは切らさないでね」
「わ、分かった」
美波を笑顔で励まし、愛里はマウンドへと戻る。ただ初回からノーアウトのランナーを背負うことになってしまった。
(美波の動きがいつもより硬かった。相当緊張してるんだろうな。多分それは皆も同じだし、早くワンナウトを取って落ち着いてもらわなきゃ)
《二番ショート、城下さん》
続いて二番の風がバッターボックスに入る。一塁ランナーの光毅は、じりじりとリードを取っていく。
(ラッキー。いきなり塁に出れちゃった。走っても良いのかな?)
隆浯の指示はグリーンライト。行けると思ったら行っても良いということだ。
(分かってるねえ監督。そんじゃ、ひとっ走り付き合ってもらいますか!)
光毅は早速盗塁するチャンスを探る。しかしピッチャーの愛里の方も警戒を怠らない。手始めに一球、様子見の牽制を入れる。光毅は余裕を持って帰塁した。
(美波も言ってたけど、あの人の足は確かに速かった。一球目から走ってくるかも。できることなら刺したい)
(流石にノーマークってわけにはいかないか。けどそういう中で走ってこそ、チームも乗っていけるってもんでしょ。なんたって最初が肝心。大胆に行くよ!)
愛里と光毅、二人の思惑がマウンドと一塁の間で交錯する。
風への一球目。愛里はクイックモーションで投球する。光毅はそれに構わずスタートを切った。
See you next base……
PLAYERFILE.27:永田愛里
学年:高校三年生
誕生日:1/19
投/打:右/右
守備位置:投手
身長:153
好きな食べ物:しめ鯖、砂肝




