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ベース⚾ガール!  作者: ドラらん
第七章 夏大、始まる。
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79th BASE

お読みいただきありがとうございます。


私が現役の頃は合宿が無かったので、夏大で泊まり込みを経験できる真裕たちが羨ましいです(笑)。

 ミーティングが終了し、ここからは自由時間。何人か外に自主練しに行く人もいたが、私は明日も早いということもあり、自分の部屋で日課のストレッチを行って就寝準備に取り掛かることにした。


「はー、さっぱりした」

「あ、お帰り」


 そうこうしている間に時刻は十時半になる。先ほど自主練から戻った紗愛蘭ちゃんは、部屋のお風呂で汗を流し、今上がってきた。

 私たちには四人前後で一部屋が用意されており、それに合わせて学年毎で均等に分かれている。因みに私と同部屋なのは京子ちゃん、紗愛蘭ちゃん、祥ちゃん。例の如くいつものメンバーである。現在は就寝直前ということもあり、各々が自分のしたいことをしている状態だ。


「真裕、消灯時間って何時だっけ?」

「確か十一時」

「うわっ、あと三〇分しかないじゃん。とりま『バンプリ』のスタミナ使い切らないと」


 京子ちゃんはスマホにイヤホンを差し、音楽ゲームを始めた。大会前でも欠かさずにやるとは、流石京子ちゃんだ。


「ふわあ。眠くなってきた……」


 布団の中で漫画を読んでいるのは祥ちゃん。ただ睡魔が襲ってきているようで、さっきから何度も欠伸をしている。

 私はというと特にやることも無く、適当にスマホを弄りながら消灯時間が来るのを待っていた。グラブやスパイクの手入れを済ませ、少し前まで椎葉君とメッセのやりとりをしていたが、それも途絶えてしまった。男子野球部は地方大会の真っ最中。明後日には準決勝が行われるみたいだ。


「ここのお布団誰か使ってる?」

「ううん。そこは空き」

「よし。なら使わせてもらお」


 パジャマに着替えた紗愛蘭ちゃんが、私の隣の布団に陣取る。本日の紗愛蘭ちゃんのパジャマは、淡い赤色ボーダーのワンピース。一応旅館が用意してくれている浴衣もあるのだが、部全体では家からパジャマを持参してきた人が多い。私と紗愛蘭ちゃんもそうしている。


「明日からだね」


 布団の上に胡坐あぐらいた紗愛蘭ちゃんが私に言葉を溢す。まだ乾ききっていない濡れ髪からは、柔らかな柑橘系の香りが漂ってくる。


「緊張してる?」

「うーん……、そんなに。真裕は?」

「私も同じ。さっきちょっとドキドキしかけてたけど消えちゃった。やっぱり試合になってみないと湧いてこないのかも」

「へえ。けどこれまでの練習試合だと、真裕は前日から如何にも楽しみですっていう雰囲気出してたじゃん。そういうのも無いの?」

「無いなあ……。公式戦だからかな。ましてや夏大だし」


 私は苦笑いを浮かべる。


 確かに私は基本、試合の前日は楽しみな気持ちが先行するタイプだ。だが今回はあまりそうした気分になれない。どちらかというと、負けたら全てが終わることに対する僅かな怖さが付きまとっている。私が先発投手を務めるわけではないので緊張するとまではいかないものの、心のどこかで強張っている部分がある。おそらくそうした点が、いつもとは違う心持ちになっている要因だろう。


「……大丈夫だよ」

「え?」


 そんな私の表情を見て何かを察したのか、紗愛蘭ちゃんはそっと私の左手に自分の右手を重ねる。


「不安になることもあると思う。試合になったら、身体が言うことを聞かなくなることもあると思う。でもね、そういう時は私、この真裕の手の感触を思い出そうって考えてるの。そうすれば何となく落ち着けるから」


 紗愛蘭ちゃんはそう言うと、重ねていた右手をひるがえし、私の左手を柔らかに握る。


「これを教えてくれたのは真裕だよ。私が野球部に入って初めて打席に立った時、手を握ってくれたでしょ。あれでかなり冷静になれたんだ」

「ああ、そういえばそんなこともあったね」


 楽師館との試合で打席に立った時、紗愛蘭ちゃんは見るからに動揺していた。私に何かできることはないか。そう考えて思い付いたのが手を握ることだった。私は今、紗愛蘭ちゃんにそれと同じことをしてもらっているのだ。彼女の掌から帯びた熱が、腕を介して私の身体に伝わり、ふとした安堵感をもたらしてくれる。


 そうだ。私たちは一人で戦うわけじゃない。お互いに助けられることもあれば、助けることだってできる。不安な時は手を握ってもらえば良いし、反対に不安そうな表情を見つけた時はその人の手を握ってあげれば良い。そうやって皆で戦っていくんだ。


 私は、紗愛蘭ちゃんの手を強めに握り返す。


「よし。じゃあ私もピンチになったら、紗愛蘭ちゃんの手の感触を思い出すことにする」

「え? わ、私そういうつもりで言ったんじゃないよ。単に自分がしてもらって良かったことをしただけだから……」


 紗愛蘭ちゃんは咄嗟に左手を振って否定する仕草を見せる。


「分かってるよ。私もこうすれば、落ち着けそうって思ったの。紗愛蘭ちゃんの手ってとってもふにふにしてて、握り心地が良いんだもん」

「何それ……」


 恥ずかしそうに顔を赤く染める紗愛蘭ちゃん。けれどもその中にうっすらと、嬉しそうな感情が見え隠れしていた。私は反射的に口元を綻ばせる。


「ふふっ。その顔も一緒に思い出すようにしようかな」

「そ、それは止めて」

「えへへ。冗談だって」

「なら良かった……」


 紗愛蘭ちゃんはほっと溜息をつく。ただ申し訳ないが、前言撤回。しっかりと思い出させてもらおう。


「さてと。もうすぐ十一時になるし、寝る準備しよっか」

「そうだね。私歯磨きしないと」


 紗愛蘭ちゃんが私の手を放し、脱衣所の中へと入っていく。私は再びスマホを手に取って明日のアラームをセットする。設定時刻は午前六時。目覚めの音楽は、私の一番好きなアーティストが歌ってくれる。


「うん。これでバッチリ」


 スマホに充電器のプラグを差す。それから私は仰向けになり、枕の上に頭を置いた。


「ふわあ……」


 唐突に出た大きな欠伸。さっきまではそんなに眠くなかったはずなのに……。布団に寝っ転がると自然とこうなるものなのか。そんなことを思っていると、紗愛蘭ちゃんが脱衣所から戻ってきた。


「お、真裕がめっちゃ眠たそうな目してる」

「うん……。この体勢になったら眠くなってきちゃった」

「それ分かるわー。私もそうしよ」


 紗愛蘭ちゃんも布団に横たわる。私はそれに合わせて、ゆっくりと瞼を閉じる。


「おやすみ。明日は絶対勝とうね」

「もちろんだよ。おやすみ……」


 紗愛蘭ちゃんからのおやすみに、私はうつらうつらしながらおやすみを返す。京子ちゃんや祥ちゃんからも聞こえてきたが、私にはもうそれに応答する気力は無く、そのまま深い眠りに誘われていった。


 旅館の外では、無数の小さな星が輝いている。星たち一つ一つの光は決して強くなかったが、他の星と一致団結し、懸命に夜空を照らしていた。



See you next base……


WORDFILE.34:バンド・プリンス!


 人気急上昇中のスマホで遊べるリズムゲーム。通称“バンプリ”。

 プレイヤーは五つの駆け出しイケメンバンドが所属する事務所のプロデューサーとなり、彼らをメジャーデビューさせるべく奮闘する。ライブを通してメンバーたちは成長していき、プレイヤーとの信頼関係も深まっていく。信頼度が一定に達するとイベントスチルが入手でき、様々なストーリーを見ることができる。

 ライブには単独ライブと協力ライブの二種類があり、協力ライブの方がバンドの経験値は溜まりやすい。ただしノルマクリアに失敗すると貰える経験値は格段に下がる。

 現在は配信約三か月で300万ダウンロードを突破。アニメ化やCD発売など、今後の展開が期待される。プリンセス版の製作が進んでいるという噂もある。


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