77th BASE
お読みいただきありがとうございます。
ここから夏の大会の話に入っていきます。
より一層激しい戦いが待っているので、ご期待ください。
「はい、着きましたよ。お疲れ様でした」
「ありがとうございました」
夏の大会前日。私たち亀ヶ崎野球部は、大会が行われる兵庫県丹波市にやってきた。学校からバスに揺られること約四時間。時折休憩を挟みながらもほとんど座りっ放しだったので、腰が凝り固まってしまっている。私は出ると、待っていましたとばかりに、思い切り背伸びをした。
「んんー、疲れたあ」
「お? 何だ何だ真裕。この程度で腰に来てるのか。そんなんじゃこの先やっていけないぞ。ほれほれ」
「ひい!」
突然、葛葉さんに背後から脇腹の辺りを突っつかれる。私は腰周りをびくつかせ、思わず奇声を上げる。
「もう、やめてくださいよ。擽ったいじゃないですか」
「えへへ。真裕の腰が物欲しそうに誘ってくるのが悪いんだよ」
「物欲しそうになんかしてません!」
「ちょっと二人とも、遊んでないで荷物降ろして」
「はーい」
私たちはバスの荷物を降ろし、宿泊する旅館に入る準備を整える。
高校の女子野球は日本中合わせてもチーム数が少ないため、男子のような地方大会は無い。いきなり全国大会である。大会期間中は大半の高校が宿を取り、そこで寝泊まりするのだ。私たちも例外ではなく、こうして大会前日からチェックインしている。大会の開催期間は七月下旬から八月上旬。もし決勝まで進出すれば、一週間程度こちらに滞在することになる。
「気を付け、よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
荷物降ろしが終わると、私たちは旅館の玄関前に整列し、従業員の人たちに挨拶をする。
「今年もようこそいらっしゃいました。皆さんが試合で力を発揮できるよう努めていきますので、何卒よろしくお願いします」
女将さんの言葉に続き、出迎えてくれた他の数名の人たちが深々と頭を下げる。
和を基調とした素朴な外装の小さな旅館で、とてもアットホームな雰囲気がある。厳かな敷居などは設置されておらず、長閑な住宅街に溶け込んでいるという点も、それを際立たせているのだろう。
何だか田舎のお婆ちゃんの家に来たみたいだ。まあ実際に私のお婆ちゃんが住んでいるところは、亀ヶ崎周辺よりもずっと都会なのだけれども。
その後部屋割りを確認し、小一時間ほど休憩を入れてから、私たちは近くのグラウンドを使って体を動かす。私はブルペンで軽く投球練習を行い、試合に向けて最終調整をする。
「菜々花ちゃん、次はアウトローに寄ってもらっても良い?」
「はいよ」
体のバランスが崩れないことを念頭に置き、菜々花ちゃんのミット目掛けてストレートを投じる。構えた位置からは少々外れたが、感覚としては悪くない。
「良い感じだね。球も走ってるよ」
「ほんと? ありがと」
菜々花ちゃんからボールを受け取り、私は次の投球に移ろうとする。だがそこで、ネット越しからこちらを見つめている一人の女性が目に入った。
「ん?」
胸元の辺りまで真っ直ぐに伸びた、僅かに焦茶色を帯びたロングヘアー。くっきりとした二重が特徴的な力強い瞳。そしてそこらの男性にも劣らないような高い背丈。どれも非常に魅力的であるのに加え、それら全てが映えるとても大人びた立ち姿をしている。何と言うか、こんなお姉さんになりたい、そんな憧れを抱かせる見かけだ。
「えっと……。どうかしましたか?」
「ふふっ。良いボール投げるね」
外見の印象とは対照的に、少々幼げな声の女性。艶やかな桃色の唇の中から、綺麗な白い歯が微かに見え隠れする。
「あ、ありがとうございます」
「……でも、今のままなら打てちゃうかな」
「え?」
女性はさりげなく呟く。私はその真意を尋ねようとしたが、ちょうど遠くから彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。
「舞泉、何してるのー? 早く戻るよ」
「はーい。今行きまーす」
女性はどこか気の抜けた返事をすると、もう一度私の方に振り返る。
「バイバイ。また会えるの楽しみにしてる」
「あ、ちょっと……」
女性は走り去ってしまった。走り方を見る限り、明らかにスポーツをやっている人のそれだった。安定感のあるフォームで、運動神経も良さそうだ。
「どうしたの? あの子知り合い?」
「いや、違うと思う……」
菜々花ちゃんがホームの方から質問してくる。心当たりの無い私は、首を振って答える。
「え? じゃあなんて言われたの?」
「良いボール投げるねって。だけど、今のままなら打てちゃうって言われた」
「うわっ、何その上から目線。何様のつもりだよ。失礼な人」
菜々花ちゃんは眉を顰め、不快感を露わにする。
「どこかの部員かな?」
「どうだろう。一応そんな感じはするけどね。まあ考えても仕方ないし、続きやろうよ」
「りょー。真裕が気にしてないなら別にいっか」
私は気に留めていない振りをし、ピッチングを再開する。だが内心はそんなことなかった。
女性は去り際に、「会えるのを楽しみにしている」と言っていた。私たちのことが分かっているならば、あれはおそらく「グラウンドで会おう」という意味だ。つまりは彼女も大会に参加する可能性が高い。一体どこの高校の人なのだろうか。もし時間があれば、明日にでも探してみよう。
「今度は真っ直ぐ、右バッターのインコース低め行くね」
そしてこの時、私は思いもしなかった。この出会いが、私にとって大きな出会いになることを……。
See you next base……
PLAYERFILE.26:北本菜々花
学年:高校一年生
誕生日:6/7
投/打:右/右
守備位置:捕手
身長/体重:154/51
好きな食べ物:串カツ、焼き鳥




