76th BASE
お読みいただきありがとうございます。
昨日はプロ野球のドラフト会議でしたね。
今年も多くの選手が指名されました。
早くも活躍する姿が待ち遠しいです。
グラウンドから引き揚げ、私は部室で制服に着替える。その後帰り支度を整え、いつもの三人と駐輪場に向かって歩いていた。
「紗愛蘭ちゃん、改めておめでとう」
「う、うん、ありがとう。真裕もおめでとう。あと京子も」
「どうも。でもウチまでメンバーに入るなんて思ってなかったわ」
私たちは互いに背番号を手にしたことを讃え合う。ただ紗愛蘭ちゃんは、部室で着替えている最中からずっと浮かない顔をしている。
「だけど、本当に私で良いのかな。洋子さんの方が上手いはずなのに……」
紗愛蘭ちゃんが不安そうに呟く。お世辞で言っているわけではない。これはきっと本心だ。背番号を発表された時の反応からも何となく推察できるが、紗愛蘭ちゃんの中には九の背番号は洋子さんが手にするものだという考えがあったのだろう。
「ちょっと、何馬鹿なこと言ってんの」
「え?」
その時、唐突に誰かの声が聞こえてきた。私たちが一斉にその方向に振り向くと、そこには制服姿の洋子さんが立っていた。
「よ、洋子さん……」
練習中は髪を下ろしている洋子さんだが、今はうなじの辺りで束ねている。こうして見るとユニフォーム姿と比べてかなり印象が違ってくるが、きりっとした顔つきは変わっていない。
「レギュラー奪ったくせに私の方が上手いだなんて、皮肉で言ってる?」
「いや、そんなことは……」
「ふふっ、冗談。悔しかったから少し揶揄ってみただけ」
珍しく悪戯っぽい笑みを浮かべる洋子さん。一方、紗愛蘭ちゃんは気まずそうに俯き加減になり、自らを卑下するように言葉を連ねる。
「す、すみません。……ですけど私、まだ入部してから一ヵ月ちょっとしか経ってなくて、偶々出た試合でヒット打っただけなんですよ。それなのに先輩たちを差し置いてレギュラーなんて、申し訳なくて……」
「そんなの関係無い!」
洋子さんが紗愛蘭ちゃんの言葉を遮る。暗闇ではっきりと確認できないが、微かに洋子さんが何かを握り潰す音が聞こえた気がした。
「偶然だろうが何だろうが、あんたは試合で結果を残した。その結果を見て、監督は私たちよりもあんたの方に勝てる可能性を感じた。だからその背番号は、あんたが付けるべきなの。それが正しいの」
若干ではあるものの、洋子さんの声は震えている。喉元を詰まらせる悔しさを、懸命に押し殺しながら喋っているようだ。それから洋子さんは紗愛蘭ちゃんにゆっくりと近づき、彼女の両肩を力強く抱える。
「良い踽々莉? ライトのレギュラーは貴方。スタメンで出るのも貴方。これはもう決まったことなの。それに皆納得してるし、私も文句は無い。もしもあんたが私たちに申し訳ないと思っているなら、試合で活躍しなさい。そしてこのチームを、日本一に導きなさい」
激励、という表現が合っているのかは分からない。僅かに怒りが隠れているようにも感じられる。それでも、洋子さんの言葉は紗愛蘭ちゃんの胸に深々と響き渡り、確かな自信を与えたはずだ。
「洋子さん……」
紗愛蘭ちゃんは顔を上げ、洋子さんと目を合わせる。少しの間誰も一言も発しない時間が続いた後、紗愛蘭ちゃんは目元を引き締め、雄壮とした声で言った。
「……分かりました。私、精一杯頑張ります。洋子さんたちと一緒に優勝します!」
「うん、頼んだよ」
洋子さんは凛々しく口角を緩める。いつも通りではいられないはずなのに、私たちの目に映っているのは、いつもの洋子さんだった。
「けどまだ私も諦めたわけじゃないから。チャンスがあれば、あんたからレギュラーを奪い返すつもり。そこは覚悟しておいて」
「臨むところです。でもやっぱり私も試合に出たいので、簡単には譲りません」
「さっきまでおどおどしてたくせに、生意気なこと言うじゃない。けどその意気よ。また明日からお互い頑張りましょ」
洋子さんは最後の一言を述べると、一人で校舎裏の方へ歩き去っていった。その背中を見つめながら、紗愛蘭ちゃんは私に向かって話し始める。
「ねえ真裕」
「何?」
「私、洋子さんたちにすっごく失礼なことしてた」
「どういうこと?」
「怖かったんだ。先輩を押し退けて自分が選ばれることが。誰か怒る人が出てきて、チームをめちゃくちゃにしちゃうかもしれないからさ……」
「え? そんなことあるわけないじゃん。洋子さんだって納得してるって言ってたし。私の個人的な意見だけど、紗愛蘭ちゃんが選ばれたことに文句を言える人はいないよ」
「そう言ってもらえると安心する。洋子さんにもフォローさせちゃって、馬鹿げたこと考えてた自分がほんとに情けないよ。あの時とは……、もう違うんだもんね」
紗愛蘭ちゃんはどこか物憂げな口ぶりをしている。私はその様子が気がかりだったが、ここでそれを尋ねるのは筋じゃないように思えた。とりあえず蟠りは解消されたみたいなので、それで良しとしよう。
「もう何も気にしない! 選ばれた以上は全力でやる! 私だって勝ちたいもん。真裕、京子、祥、夏の大会、優勝しようね。私絶対に活躍するから」
「もちろんだよ! 私も紗愛蘭ちゃんに負けないくらい活躍してやる!」
「ま、やるからにはウチだって全力を尽くすつもり」
「良いね良いね。私も燃えてきた。しっかりと応援できるよう、準備しておかなくちゃ」
紗愛蘭ちゃんの気合の籠った宣言に呼応し、私の胸の高鳴りが増す。京子ちゃんと祥ちゃんも、同じように触発されたみたいだ。
私たち亀ヶ崎高校女子野球部は、今日でひとまずの区切り目に辿り着いた。そしていよいよ、チームは待ち焦がれたステージへと踏み出すことになる。目指すは夏の大会優勝。即ち日本一になることだ。その目標に向かって、私たちは再び歩み出すのだった。
See you next base……
★主要メンバーの背番号
1.天寺空(3年、投手)
2.桐生優築(2年、捕手)
3.紅峰珠音(2年、一塁手)
4.戸鞠光毅(3年、二塁手)
5.外羽杏玖(2年、三塁手)
6.城下風(3年、遊撃手)
7.宮河玲雄(3年、左翼手)
8.糸地晴香(3年、中堅手、主将)
9.踽々莉紗愛蘭(1年、右翼手)
10.武田葛葉(3年、投手)
11.柳瀬真裕(1年、投手)
13.増川洋子(2年、外野手)
17.北本菜々花(1年、捕手)
18.陽田京子(1年、内野手)




