74th BASE
お読みいただきありがとうございます。
いよいよ真裕たち亀高野球部も夏の大会へ!
……ただ今回は、少しだけブレイクタイムです。
「じゃあ今日はこれで終わるぞ。朝早くて皆疲れてるだろうし、寄り道しないで真っ直ぐ帰れよ」
午後五時過ぎ。私たちは教知大から亀高に戻ってきた。試合に持っていった部の用具一式を倉庫に仕舞ってから、解散となる。
「今日の紗愛蘭ちゃん、大活躍だったね。三安打二打点。これで一気に夏大のメンバー入りが近づいたんじゃない?」
「どうかな? 監督もあの試合だけでは判断しないだろうから分かんないよ」
帰り道、私が試合の話を持ち出すと、紗愛蘭ちゃんは照れ臭そうに笑う。もちろん私が決められることではないので絶対とは言えないが、今日で紗愛蘭ちゃんが夏の大会のメンバーに選ばれるのはほぼ確定したと思う。それぐらいの活躍だった。
「ヒットなら私だけじゃなくて京子も打ってたじゃん」
紗愛蘭ちゃんが京子ちゃんの方を見る。
「最後のボテボテの内野安打だけね。それにしても、今日はほんと疲れたわ」
京子ちゃんは眠そうに欠伸をする。京子ちゃんは一安打のみだったが、二回には先制点に繋がる進塁打を打っているし、守備でも安定した動きを見せていた。足も速くて二遊間を熟せる京子ちゃんは、ベンチウォーマーとして貴重な戦力になると思う。
「良いなあ、皆活躍して。私なんかボールに当てることすらできなかったよ」
そう羨ましそうに嘆くのは祥ちゃんだ。祥ちゃんも二試合目に代打で出場。思い切ってバットを振っているように見えたが、結果は残念ながら三振だった。
「けど初めての試合であれだけのスイングは中々できないよ。祥ちゃんの場合はこれからこれから」
「ありがと。真裕は優しいね。その言葉をもらえるだけでまた頑張ろうって思えるよ」
「うん、ファイトだよ。じゃあ今日は皆頑張ったということで、アイスクリームでも食べにいこ。マンちゃんのところまだ空いてるかな?」
「私もアイスクリーム食べたい! でもサーティーンまで行くのはちょっと厳しいな。この時間だとかなり遅くなっちゃいそう……」
「ああ、そっか……」
紗愛蘭ちゃんに難色を示され、私は困った顔つきで腕組みをする。サーティーンアイスクリームがあるのは私の家の近く。電車に乗らないといけないので、紗愛蘭ちゃんや祥ちゃんにとっては結構負担が掛かる。
「あ」
どうしようかと私が悩んでいると、祥ちゃんが何かを思い出したかのように手を叩く。
「私の帰り道にソフトクリーム食べられるところあるよ。そこ行く? ここからならそんなに時間は掛かんないから」
「ほんと? 行く行く。祥ちゃんナイス」
「おっけ。じゃあ行こうか」
祥ちゃんが自転車を曳いて先導する。私たちはその後ろに付き、ソフトクリームが食べられるという場所へと案内してもらう。
やってきたのは小さなスーパーマーケットの中にあるおやつ屋さん。ソフトクリームの他にも、みたらし団子やたい焼きなども販売している。
「はい、ストロベリーの人、できたよ」
「私だ」
注文したストロベリーソフトクリームが完成したようなので、私はお渡し口に向かう。店主を務めているのは、私のお母さんと同じくらいの年齢と思われる一人の女性だった。
「君たち高校生? 皆若くて可愛いねえ」
店主の人はソフトクリームを渡すついでに、二言三言声を掛けてくる。
「そ、そんなことないです」
「ふふふ、そういう反応、初々しくて良いわ。部活の帰りかい?」
「はい」
「そっかそっか。運動した後は甘いものが一番だもんね。良かったらまた来てちょうだい。若い子を見るとこっちも元気が出るから」
「えへへ。分かりました」
私は口元を綻ばせながら答える。何だかとても話しやすい人だ。マンちゃんもそうだが、こういうお店で働いている人は朗らかなタイプが多いのだろうか。
「真裕終わった? 行くよー」
「はーい」
スーパーを出た私たちは、隣接していた公園のベンチに腰を下ろす。夕方のほんのりとした蒸し暑さが残る中、半袖姿をした小学生くらいの子どもたちが、ボールを追いかけまわしたり遊具に登ったりして遊んでいる。
「……最近さ、もう入学して二ヵ月経ったのかって思うことがあるんだよね」
「あー。それ凄い分かるわあ」
私のふとした呟きに、祥ちゃんが共感する。
「気付けば六月だし、夏大までそんなに時間無いんだよね」
「その前に期末テストが待ってるけどね」
「紗愛蘭ちゃん、それは今言わないで……。けどそういうことやってる内に、あっという間に夏大がやってくるんだろうな。これまで以上に一日を大切にしないと」
「そだね。特に真裕は夏大で活躍しないといけないもんね」
「それは紗愛蘭ちゃんも一緒でしょ。きっとメンバーに選ばれるって」
「どうかなあ。試合には出たいけどね」
思ったことを何の気なしに口にしながら、私は手に持ったソフトクリームを舐める。ストロベリー味というにはあまりにも砂糖の甘さが強過ぎるが、今はそれくらいの方がちょうどよく、疲れた私の身体を柔らかに解してくれる気がした。
正直なところ、私の中にはまだ夏の大会が迫ってきているという実感がほとんど無い。現在の日常が永遠に続くかのようにすら感じている節がある。けれども実際には今日の試合がチームにとって一つの区切りであり、夏大のメンバーが発表されれば、間違いなく雰囲気は一変する。私もそれに付いていかなくてはならない。そう考えると、少しだけ心の奥で熱い想いが滾った。
「よし! とりあえず今日はゆっくり休む。それで明日からまた気持ちを入れ直す。そうしよ」
「どうしたの急に? ごく普通のことに意気込んじゃって」
唐突に立ち上がって気合を入れる私に対し、京子ちゃんが懐疑の目を向ける。因みに京子ちゃんが食べているのは抹茶味のソフトクリーム。「来人様の色だから」という理由らしいが、そこまで合わせる必要はあるのかは疑問である。
「何となく。京子ちゃんも一緒に頑張ろ」
「はいはい」
京子ちゃんは心なしか面倒くさそうに頷く。ただ、私はそれを見て安心感が湧いた。
時計の針は着々と、そして確実に進んでいる。それに伴って、私たちを取り巻く日常にも、絶えず見えない変化が齎されていく。その変化は積もり積もって大きくなり、今まさに、私たちの前に現れようとしていた。
See you next base……
★部の用具について
亀ヶ崎ではバット、ボール、ヘルメットは基本的に、購入から保管まで一律で部の備品として管理している。キャッチャー防具も同様であるが、細かな手入れが必要なため、定期的にキャッチャー陣の誰かが家に持ち帰っている。ただし優築だけは中学時代に買った自前の物を使用している。
遠征に行く際は隆浯たちの車に乗せて運んでいく。ただしバットは物によって形質が異なり、当然その全てを持っていくことはできないので、部員たちが各々で使いたいと思った物を厳選する。選ぶのは上級生が中心。そのため下級生の使いたかったバットが無いことも。仕方ないことだが、ちょっと悲しい裏事情である。




