73th BASE
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レギュラー争いも佳境を迎えます。
最後の試練を、紗愛蘭は乗り越えることができるのか⁉
ワンボールツーストライクからの、紗愛蘭への四球目。教知大バッテリーの選択は内角だった。二球目ほど厳しいコースではないが、紗愛蘭のヤマは外れたことになる。しかし紗愛蘭はあることに気づく。
(しまった。でもこれって……)
回転がこれまでの球と違うのだ。案の定、ボールはバッターボックスの手前で曲がり始める。離れていく軌道に対し、紗愛蘭は目一杯腕を伸ばす。
(届け!)
バットは辛うじてボールに当たった。紗愛蘭は限界まで手首を返さずに我慢し、掬い上げて逆方向に打ち返す。
「サード! ショート!」
小フライが三遊間の後ろに舞う。ショートが背走して飛びつくも、打球は数メートル先に落ちた。
「回れ回れ!」
ツーアウトでスタートを切っていた二塁ランナーは一気にホームイン。亀ヶ崎に五点目が入り、三点差となる。
「はあ……はあ……。う、打てた……」
詰まった息を吐き出し、紗愛蘭は喜びと驚きが入り交じった表情で一塁ベースに到達する。だがベンチから仲間の歓声が聞こえると、すぐに白い歯をうっすらと見せた。
(結果オーライだけど、外角に張っておいて正解だった。ボールを長く見る意識があったからあそこまで引きつけられたんだ。もしも内角を待ってたらきっと三振してた)
紗愛蘭も感じているように、偶々巧いバッティングができただけなのかもしれない。それでも紗愛蘭は変則左腕からヒットを打ち、対応力の高さを示した。これも彼女の技量があってこその業である。
そしてこの結果に対し、何とも悔しそうにベンチで静かに拳を握り、奥歯を噛みしめる者がいる。そう、洋子だ。
(あの球をヒットにするなんて……。流石としか言いようがないわ。これはほんとに、レギュラー取られちゃうかもね)
洋子は脱帽するしかなかった。自らはあれだけ踠いて一本のヒットを絞り出したのに、紗愛蘭はあっけなく三本打った。お互いの調子だけでは語りきれない、大きな才能の差が、二人の間には確かに存在していた。
(でも、まだ決まったわけじゃない。これで諦めたら、さっきまでの私に後戻りしてしまう。それだけはやっちゃいけない。本当の勝負はここからなんだから……)
「踽々莉、ナイスバッティング! さあまだまだ点取って、突き放すよ!」
喉奥を詰まらせる悔しさを無理矢理外へと追いやり、洋子は声を張り上げる。彼女に下を向いている暇はない。才能の差を痛感させられたのなら、それを覆せるようにこれから努力するしかないのだ。洋子はそう自分に言い聞かせ、必死に顔を上げるのだった。
「五対二で亀ヶ崎高校の勝利」
「ありがとうございました!」
七回裏は葛葉が締め、ゲームセット。かくして夏の大会に向けた最終選考は終わった。練習試合ではあるものの、真裕は亀ヶ崎に入って初勝利を上げた。三安打を放った紗愛蘭共々、メンバー入りを順調に手繰り寄せた。
背番号の発表は約一週間後。果たして、どのような顔ぶれになるのだろうか――。
See you next base……
WORDFILE.33:猛打賞
日本プロ野球において、一試合中に一人の選手が三安打以上を放つこと。実際の試合で達成するとスポンサー企業等から賞が贈呈される。1949年、小説家であり日本野球連盟にも勤めていた清岡卓行が発案した。賞が贈られるのは日本野球界特有のものであり、メジャーリーグでは制定されていない。




