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ベース⚾ガール!  作者: ドラらん
第六章 夏大に向けて
71/181

70th BASE

お読みいただきありがとうございます。


今回はエースと四番の真っ向勝負!

プライドのぶつかり合いをお楽しみください。


「勝負してくれる気になったの?」


 戻ってきた優築に蜂谷が問う。


「さあ。それは自分で確認してください」

「えー。素直じゃないなあ」


 優築はほとんど表情を変えず、自分の定位置に腰を下ろす。カウントはツーボールワンストライク。次が仕切り直しの四球目となる。優築は足音を忍ばせて内に寄った。


(三振させるならやっぱりここを使わないと。おそらく打ってくるでしょうが、臆せず突っ込んできてください)

(了解)


 サインが決まり、空が足を上げる。さっきまでの外角攻めから一転し、インコースへのストレートを投じる。


(お、来た!)


 ボール気味だったが、優築の予想通り蜂谷はバットを出す。グラウンドに快音が響くと共に、見ていた何人かの人間が歓声を上げる。


「おお!」


 打球は高々と舞い上がり、レフト方向へと伸びていく。飛距離は十分だ。しかし僅かに切れ、ボールはファールゾーンへと消えていった。


「かあ、もうちょっとだったのに!」


 打球の行方を見つめたまま、蜂谷は悔しさを露わにする。打つタイミングがほんの少しだけ早くなってしまい、その分フェアにはならず。ただ優築からすれば、その点は計算済みだった。


(もうちょっとボールが内に入っていたら危なかった。でもそれを間違えないで投げきってくるのが空さん。信じて良かった)


 これでツーストライクまでこぎ着けた。あと一つストライクを取れば三振を奪える。


(ここは変に裏を掻く必要は無い。アウトコースのチェンジアップなら高い確率で空振りさせられる。だけど……)


 優築は蜂谷を一瞥する。追い込まれているにも関わらず、非常に楽しそうな雰囲気が伝わってくる。優築は思わず、呆れたような吐息を漏らす。


(私も、野球を初めた頃はそういう気持ちでやっていたのにね)


 優築がサインを出す。微妙に間が入ってから、空は首を縦に動かした。


(何だかムキになってる感じがするけど、要はそれでも三振に仕留めてみろってことなんだろうな。何となく優築(あいつ)の意図が見えたよ)


 空が投球モーションを起こす。力強く踏み込んだ右足で黒土を抉りながら、彼女は蜂谷に対しての五球目を投げる。

 二人が勝負球に選んだのは、先ほど大ファールを打たれたばかりの内角のストレートだった。無論、蜂谷がこれを見逃すわけがない。


(……今度は捉える。いてまえ!)


 タイミングはばっちり。蜂谷の頭の中に、白球がレフトの遥か上を越えていく情景が描き出される。ところが前の球とは少し違うところがあった。優築の構えていたミットの位置が、ボール一個分高かったのだ。


「あ……」


 バットを振り抜いた蜂谷の体はレフトスタンドへ。しかし白球は、優築のミットの中に入っていた。


「ストライク。バッターアウト!」

「くっそお……」


 唇を噛みしめ、蜂谷は優築の方を振り向く。一瞬互いの目があったが、優築は何事も無かったかのように空にボールを返し、守備陣に向かって次の指示を出す。一方の蜂谷も、何も言わずに引き揚げていく。だがその顔には、何とも言い難い満足感が漂っていた。


(捉えたと思ったんだけどなあ。向こうのが上だったか)


 力と力の真っ向勝負。勝ったのは、空と優築のバッテリーの方だった。


「めんご。力勝負挑まれて負けちゃったよ」

「いやいや凄かったよ。まさに気迫と気迫のぶつかり合いだった」

「うん。久しぶりに興奮しちゃった」

「そう? まあ私も面白かったからいいか」


 蜂谷はベンチに戻るとすぐ、仲間と笑い合う。これが彼女たち教知大学の野球である。個人の結果に一喜一憂し、勝っても負けても笑顔で楽しむ。決して強いわけではない。これから劇的に強くなれるわけでもない。それで構わない。彼女たちにとっては、楽しく野球がやれることが幸せなのだ。


「よし、切り替えて沙希(さき)を応援しよ」


 蜂谷はグラウンドに目を向け、次打者の北田に声援を送る。


(……けど本音を言うと、あの子たちみたいに強くなるための野球をやれるのは羨ましいよ。私はもうそこには戻れないからね。頭使ったり周りに気を配ったりするのは、高校で疲れちゃった。だからこそ、あんたたちはできる内に目一杯やっておきなよ)


 楽しい野球と強くなるための野球の両立は難しい。どちらかを大切にしようとすると、どうしてももう片方との距離が離れてしまうことが多い。その中でどちらを優先するか。それはおそらく野球をやっている者にとって、半永久的な課題であるだろう。


「ピッチャー捕れる!」

「おけ」


 ワンナウト満塁と場面が変わり、北田が三球目を弾き返す。悪くない当たりだったものの、打球はワンバウンドで空のグラブに収まる。空が優築に投げて本塁アウト。更に優築がファーストに送球し、ダブルプレーを成立させた。


「よっしゃ!」


 最大のピンチを乗り切り、空は大きくガッツポーズをする。これで完璧に試合の流れは決した。


「ちくしょー! 打てなかったあ……」


 北田は頭を抱えて残念がる。だが彼女も何となく楽しそうでもあった。その様子を、優築は無言で見つめる。


「何かあった?」

「ううん、何でもない」


 ファーストから走ってきた珠音が声を掛けると、優築は小さく首を振り、三塁側のベンチへと帰っていく。


(楽しい野球か……。それも一つの選択ね。実際今日は良い勉強にもなった。けれど私は、まだまだ強くなるための野球をやっていたい。やっぱり勝たなきゃ面白くないもの)


 楽しい野球と勝つための野球。どちらも歴とした野球であり、どちらにも面白さがある。その面白さを如何にして見出していくか。それもまた、野球の醍醐味なのかもしれない。




「ストライク、バッターアウト。ゲームセット」


 七回の表、教知大の最後の打者が三振に倒れる。八対〇で亀ヶ崎の勝利。空は当初宣言した通り、完封を果たしたのであった。



See you next base……


WORDFILE.31:完封


 試合で相手を無得点に封じること。英語ではshut-outシャットアウトと訳される。

 様々なスポーツで使われるが、野球では主に投手の記録として扱われ、先発投手が試合終了まで投げ、得点を与えずに勝つと記録される。ただし例外として、一回の守備時に無死・無失点の状態で先発投手が降板し、リリーフした投手がそのまま試合終了まで無失点で抑えた場合も、そのリリーフ投手は記録の対象となる。


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