6th BASE
お読みいただきありがとうございます。
最近夜更かしすることが増え、それに伴って起きる時間も遅くなっています。
そろそろ戻していかないと……。
「集合!」
「ハイ!」
グラウンド整備を完了させ、私たちは監督の元に集まる。監督はまず初めに、私たちへの労いの言葉を発する。
「はい、ご苦労さん」
やや高めながらも野太く、壮気に溢れた声。一見したところ顔立ちも若々しい。私たちとそれほど歳は離れていなさそうだ。
「春の選抜大会が終わって、昨日から新学期も始まった。言うまでもなく最大の目標であり、三年にとっての最後の大会が刻一刻と迫っている。選抜ではベスト八に進めたが、俺たちの目指すところは全国制覇だ。これからは一年生も入ってくるし、上級生として相応しい態度で臨んでほしい。俺は試合で勝てると思った人間を使うからな。レギュラー争いも激しくなるだろうし、こちらもそうなることを望んでる。自分が上手くなるため、チームが強くなるためにどうするべきか、一層意識を高くして取り組んでくれ」
「はい!」
監督は何気なく話しているように見えるが、その内容は非常に重たい。チーム内の空気も一気に引き締まる。
「俺からは以上だ。誰か他に、何か言うことはあるか?」
「監督、一年生の子が三人参加しているんですが」
光毅さんが手を挙げて発言する。
「ああ、そうみたいだな。一年生はこれが終わったら俺のところに来てくれ」
「はい」
「他に何かないか?」
部員同士がお互いに目配せする。特に何も無いようだ。
「よし、じゃあ今日は解散」
「ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
グラウンドへの挨拶と、全体での締めの挨拶を全員でする。それが終わると私たち三人は、監督のところへと赴いた。
「こんにちは」
「こんにちは。監督の木場だ」
腕組みをしながら自己紹介する監督。水色のスポーツウェアを着ているが、胸の辺りが若干突っ張っている。それだけ大胸筋が発達しているということだ。上背もあり、おそらく私のお兄ちゃんと同じくらいだろう。
「よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくな。名前を教えてもらえるか?」
「柳瀬真裕です」
「陽田京子です」
「か、笠ヶ原祥です」
「柳瀬と陽田、それに笠ヶ原か。なんだか、どっかで聞いたことあるトリオだな」
監督は何かを思い出したように笑みを浮かべる。
「どういうことですか?」
「いやいや、こっちの話さ。とりあえず今日はどうだった? 入部する気になったか?」
「は……」
威勢良く返事をしようとした私だったが、急いで口を噤む。私はもう入部を決めているものの、他の二人はそういうわけではない。
「どうした?」
「あ、その……えっと……」
私はまごつきながら、京子ちゃんの顔を横目で見る。ここで私が出しゃばれば彼女たちも巻き込んでしまう。
「その様子じゃ、まだ悩んでるって感じだな。まあ全然構わないさ。部員の数も全体的に少ないし、一年生には一人でも多く入って欲しい気持ちはあるが、こちらから強制はできないからな。それにウチは野球部だ。それ相応の厳しい練習が待っていることは覚悟しておいてくれ。それも込みで力を貸してくれるって言うなら、いつでも歓迎しよう」
「……はい、分かりました」
「今日はお疲れさん。まだ時間もあるし、よく考えて答えを出してくれ」
監督は温かみのある声でそう言うと、徐に校舎の方へと歩き出す。
「ありがとうございました」
私たちはお辞儀をして監督を見送る。顔を上げると、京子ちゃんが話しかけてきた。
「どうして入りますって言わなかったの? もしかして、私たちに気を遣った?」
「ああ……、うん。だってまだ二人とも、入部するかどうか決めてないだろうし」
「私は入部するよ」
京子ちゃんの後ろから祥ちゃんが言う。
「祥、もう決めたの?」
「うん。今日はキャッチボールやっただけだったけど、結構楽しかったし。それに私左でボール投げるから、野球ではさうすぽー?って言って有利らしいじゃん」
祥ちゃんは面白い遊びを思いついた少年のように顔を綻ばせる。この事実には私もびっくりである。
「祥ちゃん、左投げだったの?」
「そうだよ。バレーもサーブ撃つ時は左でやってた。光毅さんにはピッチャーできるんじゃないって言われたんだ。真裕と同じポジションになっちゃうかもね」
「すごいね! ピッチャーなら何人いても困らないし、左ピッチャーなら尚更だよ」
「えへへ、やったね。何だかすっごくわくわくしてきたよ」
祥ちゃんは目を輝かせる。私は祥ちゃんと両手を繋ぎ、その場で何度も飛び跳ねる。
「一緒に頑張ろうね、祥ちゃん」
「うん」
「はあ……」
そんな私たちを見て、京子ちゃんは大きな溜息をつく。咄嗟に私は我に返り、祥ちゃんの手を放す。
「あ……。ごめん京子ちゃん、勝手に盛り上がっちゃって」
「別に良いよ。今の溜息は、自分に対してついただけ」
「へ?」
私と祥ちゃんは揃って首を捻る。
「……ウチも、野球部入るわ」
「ほ、ほんとに? 無理してない?」
「うん。どうせ真裕とこの高校に入った時点で、こうなることは目に見えてた。それにまた小学校の頃みたいに、真裕と野球ができるって考えたら、ウチもわくわくしてきちゃったんだ」
京子ちゃんは頬を緩ませながら言う。その笑顔は、迷いを絶ったようで絶ち切れていない、うっすらと陰りのあるものに思えた。
「むむっ、その様子だと君たち全員、入部を決めてくれたみたいだね」
そこにひょっこりと光毅さんが現れた。祥ちゃんは、入部することを高らかと宣言する。
「はい。私たち三人、野球部に入ります!」
「よーし。これでひとまず新入部員を三人確保だ。これからよろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
私たちは三人合わせて礼をする。すると一人の先輩が、光毅さんに声を掛けてくる。
「光毅、誰と話してるの……って、い、一年生の子か」
「そうだよ。皆入部してくれるって」
「そ、そうなんだ。よ、よろしく……」
光毅さんの背後に隠れ、控えめに会釈をする先輩。首筋に掛かるくらいのショートカットが、微かに揺れる。
「もう風ったら、おどおどしてないでしゃきっとしなよ。先輩でしょ」
「わっ!」
光毅さんが先輩の背中を叩く。気持ちの良い音と共に、先輩は前へと押し出された。
「し、城下風です。ポジションは、ショートやってます……」
緊張しているから、歯切れの悪い喋りになっている。声も細くて若干聞こえ辛い。
「“風さん”で良いですか?」
京子ちゃんが聞き返すと、風さんは小刻みに首を縦に動かす。
「京子はショートだから、風のライバルになるね。レギュラー取られないように気を付けないと」
「え? そ、そうなの?」
「はい。一応中学のソフトでも守ってました。陽田京子です」
「ね。だからうかうかしてられないよ」
光毅さんが悪戯っぽく風さんの肩を揉む。
「京子ちゃんか。うう……」
風さんは口を真一文字に結び、京子ちゃんを見つめる。まるで縄張りに入ってこられないように威嚇する狼みたいだ。しかしどこかで遠慮している雰囲気が垣間見えるので、狼というよりはちょっぴり我の強い猫と言った方がしっくりくる。
「えっと……」
京子ちゃんも怯えた様子はなく、どう返せばいいか戸惑っている感じだ。
「あーごめんごめん。変に煽っちゃったね。はい風、私たちは着替えに行きましょうね」
光毅さんは苦笑いしながら風さんと一緒に方向転換し、私たちに背を向ける。
「そうだ。後で連絡先教えてよ」
光毅さんは歩き出す前にこちらを振り返り、私たちに言う。
「はい。こちらこそお願いします」
「校内でばれると面倒臭いし、外でやろう。私たちは先に校門の近くで待ってるから、終わったら声かけて」
「分かりました」
光毅さんは後ろ手を振りながら、風さんを連れて歩いていく。私たちは借りた用具を整頓し、一足遅れて部室へと向かった。
See you next base……
PLAYERFILE.6:桐生優築
学年:高校二年生
誕生日:12/13
投/打:右/右
守備位置:捕手
身長/体重:159/52
好きな食べ物:タン、かまぼこ