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ベース⚾ガール!  作者: ドラらん
第六章 夏大に向けて
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68th BASE

お読みいただきありがとうございます。


最近靴下が破れてきて新しいのを三足購入したのですが、サイズが合わずに履けませんでした……。

初歩的なミス過ぎてその場で泣きました(苦笑)

(全く、世話の焼ける後輩だな。……ま、私も似たようなもんだったか。今度は私が伝える役になるとはね)


 洋子の背後で、空は昔の自分を懐古する。試合中に不貞腐れた態度を見せてはいけない。それは空自身が、過去に先輩から指摘されたことでもあった。


(どんなに苦しくても、前を向いていれば必ずどこかで光は差し込んでくる。だから洋子(お前)も諦めるな)


 この後亀ヶ崎は一点を追加。リードを七点とし、試合は五回表に入る。


「ライト行ったよ!」


 先頭バッターが初球を弾き返す。ライナー性の打球が、ライトの洋子の元へと飛ぶ。


「オーライ」


 当たりは良かったものの、洋子は一直線に落下点へと向かい、最後は小走りで捕球する。本来はこの回で交代の予定だったが、隆浯は空とのやりとりで彼女が立ち直ったと信じ、そのまま守備に就かせた。


「ナイライト。ワンナウト」

「ワンナウト!」


 マウンドの空が左の人差指を立て、声を掛ける。洋子はすかさず溌剌と応じた。その光景をベンチから見ていた隆浯は、静かに目を細める。隣に立つ和も、安心したように溜息を溢す。


「洋子の奴、動きが良くなったな。空の活が効いたね」

「あいつの実力からすれば、まだまだこんなもんじゃないですけどね。今のだってもっと余裕を持って捕れたはずです。それにしても、空がああして後輩を奮起させる立場になるとは。驚きですよ」

「同感だよ。少し前までは上手くいかないことがあれば、簡単にマウンドで苛々し出すタイプだったのに」

「そうですね。これがきっと、空にとっての二年半の成長の一部なんですよ」


 空は野球部に入った当初から活躍できていたわけではない。光るものこそ持っていたが、一年生の時点では葛葉の方が実力は上だった。試合で投げてもフォアボールや味方のエラーから崩れることが多く、失点を重ねてマウンドを降りると、ベンチの隅でしょっちゅういじけていた。だがある時、当時の先輩投手にそのことを叱責され、その日を境に段々と態度は改善されていった。こうした背景がありながら、空は現在、亀ヶ崎のエースとして投げている。


(あの頃はまじで子どもだったよなあ……。先輩が叱ってくれなかったら、間違いなく今の私は無かったよ。本当に感謝しないと。ただこれで先輩の教えを引き継げただろうし、少しは恩返しできてるのかな)


 かつて空は先輩に救われ、今度は先輩として後輩を助けた。変わりゆくチームにおいて、一つの貴重な経験が時を経て後世に紡がれた一幕である。


 結局、空はこの回も教知大の攻撃を無失点で退ける。五回の裏に移り、亀ヶ崎はワンナウトランナー一、三塁とチャンスを迎える。ここで洋子に三打席目が回ってきた。


(空さんに目を醒ましてもらったとはいえ、結果を出さなきゃいけないのは変わらない。でもバッティングの状態もすぐには良くならない。どうする……?)


 右打席に入った洋子は、相手の守備位置を確認する。セカンドとショートは前進していない。二塁での併殺を狙う構えだ。そこに洋子は活路を見出す。


(狙ってみるか……)


 初球がボールとなり、続く二球目。アウトコースにストレートが来る。洋子はそれをややプッシュ気味にバントした。

 ボールは計ったようにピッチャー、ファースト、セカンドのちょうど中間地点に転がる。洋子が懸命に走る中、急いで前に出てきたセカンドがボールを拾い上げ、一塁へ投げようとする。


「あ……」


 しかし一塁ベース上には誰もいなかった。ファーストとピッチャーもボールを追うことに夢中で、ベースカバーに入ることができなかったのだ。


「ナイバント洋子!」


 三塁ランナーの杏玖が手を叩きながらホームインする。もちろん洋子も一塁を悠然と駆け抜け、絶妙なバントヒットとなった。


「よし……」


 洋子の顔にうっすらと笑みが浮かぶ。ただ嬉しいという感情よりも安堵感が勝り、普段ではあり得ないほどに自然な口の綻び方をしていた。

 決して綺麗なヒットではない。それでも自分が今できることを冷静に考察し、派手さは無くともチームに貢献する。これこそ洋子の真骨頂である。途方もなく彷徨っていた長い長いトンネルの、出口が見えた瞬間だった。


「アウト、チェンジ」


 後続が凡退し、一点止まりで五回裏は終了。一塁ベースから戻ってきた洋子に、空がハイタッチを催促する。


「ナイス。それ公式戦でもやってよ」

「機会があれば。それより今日はあと二イニングなんで、このまま完封してくださいね」

「頑張るわ」


 目の前に出された空の掌に、洋子は自分の掌を重ね合わせる。短く乾いた音が、快く空に響いた。


 試合は終盤へ向かう。六回表の教知大の攻撃は、一番の奈須野から始まる。

 初球。空は外角へのスライダーでストライクを取る。二球目も同じようなコースに投じ、簡単に奈須野を追い込む。三球目は低めに外れたものの、依然として投手有利な状況は変わらない。


(この人には大分低めを意識させてる。ここらでインハイを使って、詰まらせにいきましょう)


 四球目。優築の要求に沿い、空はストレートで胸元を攻める。奈須野は腕を畳んで弾き返す。バットの根元から、鈍い音が鳴った。


「えいっ!」


 奈須野はバットを強引に振り抜く。打球はハーフライナーとなり、ショートの左に飛ぶ。風はワンバウンドしたところをグラブに収めようとしたが、僅かに追いつけなかった。

 レフト前ヒット。奈須野は一塁をオーバーランして止まり、苦笑いで手をぶらぶらさせる仕草を見せる。さっきの打撃で相当な痺れが走っていた。


「くそっ……」


 一方、外野から返ってきたボールを受け取り、空は顔を顰める。狙い通り詰まらせることには成功したものの、不運にもヒットとなってしまった。


(でも今のはどうしようもないか。後ろをしっかり打ち取ろう)


 空は気持ちを整理し、次の打者に対峙する。しかしこのヒットが、教知大打線を活気づかせる引き金となる。


「センター」


 続く代打、本居(もとい)が一二塁間を破って繋ぎ、三番の諏訪もセンター前に落とす。これで三者連続のヒット。ノーアウト満塁となり、打席には四番の蜂谷を迎える。試合の風向きが、にわかに変わろうとしていた。



See you next base……


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