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ベース⚾ガール!  作者: ドラらん
第六章 夏大に向けて
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60th BASE

お読みいただきありがとうございます。


今回は「集中力」が一つのキーワードになるのですが、最近自分自身の集中力が落ちてきている気がします。

少し前までは一日中パソコンで作業していても大丈夫だったのですが、今は2~3時間で限界を迎えてしまいます。


鍛え直しが必要です……。



「俺が投げてくから、打つつもりでテイクバックを取ってみて。間違ってもスイングはしちゃ駄目だよ」

「分かりました」


 藤原さんがゆったりと足を上げ、ボールを投じる。しっかりとアウトコース低めに決まったものの、シートバッティングの時と比べてややスピードは遅くなっている。


「ナイスボールです」

「ははは。今コースはあんま関係ないよ。柳瀬は試合だと思って集中しててね」


 藤原さんは返球を受け取るとすぐにセットポジションに入った。さっきくらいの球なら、正直普通に打てそうである。私は気持ちを楽にして次の球を待つ。しかし……。


 あれ?


 藤原さんは中々投球動作を起こさない。グラブを臍の前に置き、ずっと止まったままだ。

 私と藤原さんの間に沈黙が流れる。投げない……。まだ投げない……。私はふと目線の位置をずらす。


 その時だった。藤原さんがクイックモーションでこちらに投げてくる。私はバットを引くことすらできず、体が固まった状態で見送った。

 コースはど真ん中。だがもしスイングしていても、完全に詰まらされていただろう。セットポジションの静止時間の長さに焦らされ、タイミングを狂わされてしまった。


 三球目、ここも藤原さんはすぐには投げてこない。今度は焦らされないようにしなければ。流石に二度同じ手に引っかかるわけにはいかない。

 けれども藤原さんは二球目よりも更にボールを長く持つ。投げない……。投げない……。まだ投げない……。一瞬、バットの重みで私の腕が緩む。


 すると藤原さんは、それを待っていたかのように動き出す。私はまたしても打つ体勢を作れないまま、ボールがミットに収まるのを見届ける。コースは文句無しのストライク。これを試合の一打席だと考えれば、私は三振に倒れたことになる。


「よし、こんなもんかな」


 藤原さんがマウンドを降りる。


「一回目が十二秒で、二回目が十七秒だったね」

「え? 何がですか?」

「俺がセットに入ってから、柳瀬の集中が切れるまでの時間だよ。一回目は視線が外れて、二回目はバットが揺れたよね」

「あ……」

「どうやら自覚があるみたいだね」


 したり顔で笑う藤原さん。全て見抜かれていた。私の注意が逸れる僅かな隙に合わせて、藤原さんは投球してきていたのだ。


「これが相手の反応を見て投げるってことだよ。相手の仕草を見極めて、集中が薄れた瞬間を狙って投げ込むんだ。ピッチャーはランナーがいる時、どれだけセットの状態で止まっていても構わない。二〇秒くらい経つと審判がタイムを取ることも多いけどね。ただ二〇秒間って結構長く感じるもので、バットを持って集中し通すのが意外と難しいんだよ。柳瀬も二回目はある程度意識してたと思うけど、実際もたなかっただろ」

「そうですね。ああして止まっていると、バットがとても重たく感じてくるんです」

「そういうもんだよ。ずっと野球を続けてきた柳瀬でも当てはまるんだから、他の選手だって同じ。突然こんなことやられたら簡単には対応できないよ。それに本当の試合だと緊張の度合いが違うから、集中力も途切れやすくなってる。嫌でも隙は生まれるはずさ」


 私は共感して頷く。確かにあの独特の空間の中で集中を長く保つのは、想像しただけでも容易ではないことが分かる。


「ただし毎回これをする必要は無いんだ。ずっとやってると疲れちゃうし、先発投手は味方の守りのリズムを良くすることも大事だからね。普段はぽんぽん投げて投球間隔を短くして、重要な場面の時だけ実行すれば良い」

「はい。ありがとうございます。でも相手の集中が途切れる瞬間なんて、どうやったら分かるんですか?」

「それは経験かな。何度も何度も実践を繰り返して、少しずつ感覚を掴んでいくんだ。まあ読み違えたりバッターの方が格上だったりして、失敗することも少なくないけど、それも経験だよ。あとは自分が投げてない時でも試合や練習中のバッターを観察して、相手の表情や体の動きの微妙な変化に気づけるように訓練しておくのも効果的だね。これができればピッチングの幅も広がるし、必ずどこかで役に立つよ」

「はあ……、なるほど」


 私は思わず感嘆の声を漏らす。


 この話を一つ聞いただけなのに、ただただ藤原さんに圧倒されている自分がいた。藤原さんは、私が思っているよりもずっと深い次元で野球をしている。単純に球が速いとか、コントロールが良いとか、その程度で収まることじゃない。高度な技術を備えた上で、様々な引き出しを用いながら如何にして抑えるかを考えている。


「柳瀬ならきっとできるようになるよ。隆さんから聞いた話だと、マウンド捌きも大分落ち着いているっぽいし。試合でも割と余裕を持って投げられてるんじゃない?」

「どうでしょう……。まだまだ結果を残すことで精一杯です」

「いやいや、一年生でその言葉が出せるなら十分だよ。これからは今俺が言ったことを頭の片隅に置いてプレーしてみて。ただ意識しすぎて、自分の持っているリズムを崩さないように気を付けてね」

「はい! ありがとうございます!」


 私は快活な返事をし、投球練習を再開する。


 これまででも、バッターがどんなことを考えているのかを読み取ろうとしたことはあった。ただそれはあくまで想像の範疇を超えず、自分本位な思考に過ぎない。一方、目に映る細かな仕草や動作は、はっきりとした手掛かりとなる。藤原さんたちがやっているような舞台に上がるためには、こうした技術を身に着けることも必要なのだ。


 今はまだ足元にも及ばない実力だけれど、いつかこの人たちに追いつきたい。もっともっと上のレベルでプレーできるようになりたい。私の中に元々あった想いが、藤原さんと接したことで更に強くなったのだった。



See you next base……




WORDFILE.26:投球間隔


 投手は無走者の時、捕手の返球を受けてから速やかに次の投球に入らなければならない。これに違反した場合は球審がボールを宣告する。具体的な秒数としてはアマチュア野球で12秒以内、プロ野球では15秒以内とされている。メジャーリーグでは20秒以内というルールの導入が検討されているが、実施には至っていない。

 一方、走者がいる時の制限はない(一部例外あり)。そのためランナーを走らせないようにしたり、バッターの気を紛らわしたりするために投手は意図的に投球間隔を変える。しかし20秒程度経過すると、球審は一旦タイムを掛けることが多い。


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