5th BASE
お読みいただきありがとうございます。
最近奴らが脅威を増してきましたね。
……そう、花粉症です!
目は痒いし、くしゃみは出るしで本当に辛いです(´;ω;`)
これがなければ春は良い季節なんだけどなあ……。
「よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします」
「……よ、よろしくお願いします」
グラウンドに向かって一礼をする私たちを見て、祥ちゃんも慌てて合わせる。グラウンドではバッティング練習が続いていた。
「まだ監督来てないみたいだし、とりあえずキャプテンに挨拶しようか」
「分かりました」
「晴香、新入生連れてきたよ」
光毅さんが呼びかけると、ゲージの後ろで素振りをしていた一人の先輩が反応し、こちらへ走ってくる。この人が主将みたいだ。
「こんにちは。キャプテンの糸地晴香です。よろしく」
鷹のように鋭利な目つきと、長く下ろした黒髪。加えて一回り大きな体から放たれるオーラが、如何にもチームリーダーとしての威厳を放っている。
「柳瀬ま、真裕です。よ、よろしくお願いします」
気後れした私は、名乗る途中で噛んでしまう。
「陽田京子です……」
「きゃ、笠ヶ原祥です!」
京子ちゃんも祥ちゃんも私と似た感情を抱いたようだ。祥ちゃんに至っては、身体が委縮しているのが目に見えて分かる。
「あはは。そんなに緊張しなくていいのに。晴香は見た目は怖いけど、話してみるとそんなことないんだから」
「あら、私今そんなに怖かったかしら?」
晴香さんは表情を変えず、淡々とした口調で尋ねる。その横で光毅さんは、物怖じしている私たちを和ませようとおどけてみせる。
「ほらね。本人は全然そんなつもりないんだよ。というかそうやって怖がられると、顔には出さないけど落ち込んじゃうみたいだから、あまり怖がらないであげて」
「わ、分かりました」
少しだけ心臓の強張りが解ける。
「ということで晴香、京子と真裕は経験者らしいからこのまま守備に入ってもらって、初心者の祥は私とキャッチボールって感じにしようと思うんだけど、どうかな?」
「良いんじゃないかしら。経験者ならどんな動きをするのか見てみたいわ」
晴香さんが私を見る。一瞬にして胸が締め上げられそうになった。やっぱり暫くは、晴香さんと対峙したら恐縮してしまうと思う。
「笠ヶ原さんのことは光毅に任せるわ。柳瀬さんと陽田さんの二人は、アップが終わったら適当に入ってきて」
「は、はい」
私たちの返事を聞き、晴香さんは練習へと戻っていく。私と京子ちゃんは準備運動と肩慣らしのキャッチボールを手早く済ませると、それぞれ守備位置に就く。
「京子ちゃんはショート行く?」
「そうだね。真裕はどうするの?」
「外野かな。ピッチャーしない時はライトやってたし」
私は外野のポジションを確認する。ライトとセンターは二人いたが、レフトは一人しか守っていないみたいだ。
「人数合わせるためにレフト行くよ」
私は飛んでくる打球に気を付けつつ、レフトへと全力疾走。久しく出逢っていなかった快感に、私は喜びを噛みしめる。
「ちわっす!」
「ちわっ」
「柳瀬真裕です。よろしくお願いします」
「桐生優築。二年生よ」
優築さんは抑揚の無い話し方で自己紹介する。表情こそあまり動かないが、透明感のある声質をしており、晴香さんほど怖さは纏っていない。ベリーショートと呼べるくらいの髪が帽子で隠れ、顔だけ見れば男子と間違えてしまいそうだ。野球をやるならこれくらい短い方が良い気もするが、私にそこまでする勇気は無い。
「レフト!」
鈍い打球音が鳴り、白球がこちらへと飛んでくる。詰まっているため伸びはなく、平凡なレフトフライだ。優築さんは前進して落下点に入り、難なくキャッチした。
「あれ?」
そこで私はあることに気付く。優築さんのグラブの形が普通とは違うのだ。帰ってきた優築さんに、私は質問してみる。
「優築さんってキャッチャーなんですか?」
「そうよ。これ見て分かったの?」
「はい」
優築さんが付けていたのはキャッチャーミットだった。親指と小指の部分が他のグラブよりも分厚く、形状もやや丸い。キャッチャーは一試合で百球以上のボールを受けるため、突き指を防ぎ、捕球しやすい造りになっている。
「こうやって他のポジション守る時も、キャッチャーミットを使ってるんですか?」
「大抵はね。一応外野で試合に出られるようにもしているけれど、ノックを受ける時以外はこれを使ってる。これが私のグローブだもの」
優築さんはミットを見つめ、何度か閉じたり開いたりを繰り返す。ポケットの辺りが真っ黒に焼けており、相当使い込まれていると推測できる。しかし色が剥げているところはなく、艶も出ている。丹念に手入れされている証拠だろう。グローブは身体の一部だと言うが、この人はそれを自覚し、実践している。
「あの私、中学ではピッチャーやってました。ここでも続けるつもりです。だからバッテリー組んだ時はよろしくお願いします!」
「そう。ウチはピッチャーが不足してるし、ちょうど良いわ。楽しみにしてる」
優築さんの口角が微かに上がる。
「はい、頑張ります」
この人は野球に真摯に向き合っている。少し話しただけだけれど、その確信が持てる。こうした人と野球が出来て、しかもバッテリーを組めるなんて素直に嬉しい。私の心は、高揚が増すばかりだ。
「レフト行ったよ!」
再びこちらに打球が飛んでくる。私は一直線に落下点に向かい、ボールを掴んだ。
「ナイキャッチ!」
「はい。ありがとうございます」
私はボールを内野へと返し、定位置に戻る。
「中々良い動きしてるじゃない。経験者っていうのは本当みたいね」
「ありがとうございます」
「ラスト!」
バッティングゲージから大きな声が上がる。次の一球を打つと、バッターは足元に転がったボールを集め始めた。
「これでバッティング練習は終わりね。片付けましょう」
「分かりました」
優築さんと協力し、私は二塁ベース付近にあった防球ネットを片付ける。その最中、校舎の方から一人の男の人が歩いてきた。
「あ、監督が来た」
「あの人がですか?」
「ええ」
部員たちは作業を止め、監督の方を向く。そして速やかに帽子を取り、晴香さんの後に続いて挨拶をする。
「ちわっす!」
「ちわっす!」
「おう、こんにちは」
監督は悠然と立ち止まり、小さく会釈をする。私たちは片付けを再開。監督は一塁側のベンチに腰掛ける。
今日の練習メニューは、これで終了となった。
See you next base……
PLAYERFILE.5:糸地晴香
学年:高校三年生
誕生日:1/28
投/打:右/右
守備位置:中堅手
身長/体重:165/57
好きな食べ物:白米、味噌汁