58th BASE
頭が痛くなる勉強の話はこれくらいにして(笑)、ここから新たな章に入ります。
今回はやや長くなると思います。
お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。
テスト明け初めての土曜日。今日は午前中練習の日だ。私たちがグラウンドで軽く体を動かしていると、集合時間の五分程前になったところで監督が姿を現す。
「おはようございます」
「おう、おはよう」
私たちは例の如く、帽子を取って挨拶をする。だが今日は少しだけ違うことがあった。監督の隣に、一人の見知らぬ男性がいたのだ。有名ブランドのロゴが入ったウェアに身を包み、左肩には小型のバッグを背負っている。
「お久しぶりです。いつもありがとうございます」
「いやいや。大会も大分近づいてるし、晴香ちゃんたちには調子を上げてもらわないといけないからね。喜んで協力させてもらうよ」
「おはようございます」
「おお風ちゃん。暫く見ない内にまた可愛くなった?」
「そ、そんなことないです……」
「へへっ。やっぱり風ちゃんの声聞くと元気出るわあ。どう? 今日の練習終わったら俺と一緒にお茶でも……いてっ! ちょっと隆さん、どうして蹴るんですか⁉」
「来て早々ナンパしてんじゃねえよ。うちの部員が穢れる」
会話の内容はさておき、先輩たちは男性と親し気に接している。晴香さんは久しぶりと言っていたし、女子野球部にそれなりに馴染みのある人なのだろう。
「集合!」
「はい!」
私たちは監督の元へ集まる。練習に入る前に、男性は私たち一年生に向けて自己紹介をしてくれた。
「どうも初めまして。藤原敏と言います。木場監督には大学の時に野球部でお世話になって、僕が二年後輩でした。今年からは地元の企業で働きながら、あまり強くないですが社会人野球に参加しています。ポジションはピッチャーです」
如何にも数か月前まで学生だったという、若々しい話し声の藤原さん。何となくだが、雰囲気は監督と似ている気がする。背丈や筋肉の付き方も一緒くらいだ。
「敏には偶に練習の手伝いをしてもらってる。俺と違ってまだまだ現役だし、持っている知識や技術も豊富だ。一年生も遠慮せず、質問があったらどんどん聞いてほしい」
「はい」
「あ、もし変なことされそうになったら俺に言ってくれ。すぐにしばき倒してやるから」
「変なことなんてしないですよ。少し可愛い女子高生と戯れるだけですって……いて!」
またもや監督が藤原さんを蹴り飛ばす。
「それが変なことなんだよ。全く、最近何かとそういう類で話題になってるんだから、まじで勘弁してくれや」
監督は眉を顰める。私たちは揃って苦笑を浮かべた。
「じゃあまずはアップから入ろう。今日は敏に投げてもらって、実戦形式のバッティングもやるぞ」
練習が開始される。私たちはアップを済ませ、いつもより個人の持ち球を減らしたフリーバッティングを行う。その後最初に監督が話したように、シートバッティングに移った。
「ワンナウトランナー一、二塁。内野ゲッツー、外野はバックホームね」
キャッチャーの菜々花ちゃんから大きな声が飛ぶ。マウンド上にいるのはもちろん藤原さんだ。今日のシートバッティングでは三班に分かれ、一班がランナーとバッター、残りの二班が守備を務めるのをローテーションする。私は最初に打つ班となった。
「一巡目!」
先頭の玲雄さんがバッターボックスに入る。予定としては一人三打席。一巡目はランナー一、二塁、二巡目は一、三塁、三巡目は満塁とケースが変わっていく。
「よろしくお願いします」
初球、玲雄さんはストレートを見逃す。
「ボール」
藤原さんは私たちに合わせて抑えて投げているようだが、球速自体はまずまず出ている。傍から見る限りでも、男子野球部の人たちとほとんど大差無い。
二球目。玲雄さんは同じボールを打ち返す。若干振り遅れた打球がサードに飛ぶ。
「オーライ」
杏玖さんがワンバウンドで掴み、二塁へ送球してアウトにする。一塁は間一髪セーフとなった。
「ナイサード。けどもうワンテンポ送球早くしよ。ゲッツー取れるよ」
「は、はい」
打った玲雄さんはそのままランナーに入り、次の洋子さんに打順が回る。私は三番目なので、この後に打席が来ることになる。
「ストライク、バッターアウト」
洋子さんはあっけなく三球三振に終わる。三球全て空振りで、タイミングが全然取れていなかった。
「ありがとうございました……」
項垂れるように礼を言い、洋子さんは私にバットを預けて一塁へと走っていく。憔悴した面持ちで、疲れた目をしていた。
先日の試合で死球を受けてから、洋子さんは打撃の調子を落としている。テスト週間が明けても改善の兆しは見られず、悩まし気にバットを振っているシーンも目に付く。ライトのレギュラーとしてずっと試合に出ている人なので、少々心配だ。
「よろしくお願いします」
ともあれ私の番になった。ヘルメットを外して藤原さんに挨拶し、バットを構える。
初球は真ん中付近のストレート。積極的にスイングを試みるも、私のバットは空を切る。
「おお……」
物凄く速いストレート、というわけではない。ただボールのスピンが強く、打つ手前で伸びてくる。いわゆるキレのある質の良いストレートだ。そのため実際の速さに比べて、体感速度は雲泥の違いがある。
これを打つのは至難の業。けれども攻略法が無いわけじゃない。こうした回転数の多い球は、バットの芯にコンタクトさえすれば自ずと飛距離が出る。無理に引っ張るでもなく、流すでもなく、ピッチャーの胸元に返すイメージで……。
二球目。藤原さんは同様のコースに投げてくる。私は来る球に対して素直にバットを出す。
「キャッチ!」
バットには当たったが、ホームベースよりも後方へフライが上がる。そのままバックネットに直撃した。
「ちょっとすみません」
私は一度打席を外す。これでツーストライク。今のはボールの下を叩き、力に押される形となってしまった。今度はもう少し始動を早くしなければいけない。
打席に入り直し、迎えた三球目。ここも球種はストレート。コースも二球目までとそんなに変わらない。私はさっきまでの反省を活かし、バットの芯にボールを当てた。
「うおっ!」
打球は綺麗に藤原さんの股下を抜けていく。センター前ヒットだ。
「ナイバッチ!」
私が一塁を回ったところで、周りから疎らに拍手が起こる。良いバッティングができた。私は思わず笑みを溢す。
といっても、普通の試合ではあんな風に真ん中の直球を続けてはくれない。これは多分、さっきみたいな甘い球を一発で仕留めるための練習だ。
「ストライク、バッターアウト」
二打席目以降は変化球を混ぜられ、私はあえなくきりきり舞いにさせられる。藤原さんはストレートだけでなく、スライダーやカーブも一級品であった。全国大会ではこうした好投手を打てなければ、勝ち上がることはできない。そのことを私は身をもって痛感させられた。試合に出られる可能性がある以上、少しでも食らいついていけるようになろう。
See you next base……
PLAYERFILE.23:藤原敏
学年:社会人一年目
誕生日:12/4
投/打:右/右
守備位置:投手
身長/体重:178/86
好きな食べ物:パクチー、フォー




