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ベース⚾ガール!  作者: ドラらん
第五章 学生の本分は……?
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56th BASE

お読みいただきありがとうございます。


学生時代、テスト週間に入ると部活がないので、その間は遊んでばかりいましたね(勉強しろ)。

もちろん、その分悲惨な結果が待ってたことは言うまでもありませんが……(笑)。


 十分ほど休憩を挟み、私たちは勉強を再開する。


「……木球はここまで加速して進んでるから、まずはその等加速度を出してみよっか」

「は、はい」


 お兄ちゃんは祥ちゃんからの質問について解説している。耳に入ってくる限り、内容は物理。お兄ちゃんは文系だが、高一程度なら理系でも問題無く教えられる。


「これで良いのかな?」

「答え出た? 確認してみやあ」

「えっと……。あ、合ってます。ありがとうございます」

「それは良かった。また分からないところがあったら聞いて」

「はい」


 祥ちゃんは満足そうに笑ってお辞儀をする。私の隣では紗愛蘭ちゃんが黙々と手を動かしており、二人とも順調に取り組めているみたいだ。一方、京子ちゃんはというと……。


「はー、もう無理ー」

「なんだ京子。まだ三〇分しか経ってないぞ。頑張れ頑張れ」

「うー……」


 気怠げに右頬を机に乗せている。お兄ちゃんが肩を揺すって鼓舞するも効果無し。京子ちゃんはこうして一度集中が途切れると、中々元に戻らない。


「何でこんなに勉強しなきゃいけないの。知らん物質同士の化合とか使わないじゃん」

「ほら京子、そういう時は視点を変えてみるんだよ。これは思考力を鍛える練習の一環。苦しいかもしれないけど、きっと野球の上達にも繋がるよ」

「えー。練習の一環だとするともっと気が重くなるんだけど……」

「あれ、もしや逆効果だった?」


 紗愛蘭ちゃんが監督の話を出してみるも、上手くいかない。寧ろ京子ちゃんの顔がより憂鬱そうになる。ただこの話に、お兄ちゃんが食いついてきた。


「何だその考え方? 面白いな」

「うちの監督が言ってたんだよ。勉強が嫌になりそうだったら、色々と捉え方を変えてみなさいって。野球の練習と結びつけるのも一つの手だって」

「はーん、なるほど。だったら……」


 お兄ちゃんは少し考え込んだ後、再び京子ちゃんに話しかける。


「おい京子」

「何?」

「さっき化学なんてやっても意味ないって言ってたな。けどどうするんだ? 攻略する乙女ゲーのキャラクターに、化学のことばっか話してくるやつが出てきたら。お前絶対についていけなくなるぞ」

「いやいや、そんなキャラ確実に出てこないでしょ」

「分かんないだろ。最近は何でも題材にしてくるからな。いつか『純物質な私と混合物なあいつ』みたいなタイトルのゲームが出るかもしれん」

「そんな無茶苦茶な……」

「お前言ってたじゃん。乙女ゲームには無限の可能性が秘められてるって。だからこういうのが出てきたっておかしくないと思うぞ。そういう時に備えて、今の内にちょっとでも知識付けておくべきじゃないか? 化学ができないって理由で攻略を諦めるのはもったいないし、お前も悔しいだろ」

「むう……。分かったよ、やるよ。ウチも話理解できないままは嫌だし」


 どこか響くところがあったのか。京子ちゃんは渋々ながらもシャープペンを持ち直し、途中やりだった提出物に取り掛かる。それを見たお兄ちゃんは得意気な顔をして首を縦に振る。


「どうだ? こんな感じか?」

「お、おお……」


 私は困惑気味に口角を持ち上げる。監督の言っていたことには近からずも遠からずという感じがする。ただ京子ちゃんのやる気を出させるのには一応成功したみたいなので、これはこれで良しとするべきなのだろう。おそらく京子ちゃんにしか通用しないけれど。


「今ので皆も脱線しちゃったな。はいはい、まだ時間残ってるし、もうひと頑張りだよ」


 お兄ちゃんが手を叩いて場の空気を整える。私も一つ息を吐き、解いていた問題の続きを進めるのだった。




「さてと、そろそろ切り上げようか」


 予定していた勉強時間が終わった。京子ちゃんと私は床に倒れ、大きく背中を伸ばす。


「ふう、疲れたあ……」

「四人ともお疲れさん。結構時間経ったな」


 部屋の時計は六時前を指している。外では夕陽が沈み始め、空に浮かぶ白い雲が橙色を帯びていく。そんな景色を目の当たりにした私は、何だか無性に野球がやりたくなる。


「あのさ、せっかくテスト週間に皆集まったんだし、ちょっと庭でキャッチボールでもしない?」

「やりたい! けど私たち誰もグローブ持ってきてないよ」


 紗愛蘭ちゃんがいの一番に食いついてくる。


「うちにあるの使って。祥ちゃんはお兄ちゃんに貸してもらえば良いよ。お兄ちゃん、良いよね?」

「ああ、勝手にすれば」

「よし。早くしないと暗くなっちゃう」


 そう言って直ちに起き上がった私は、ボールとグラブを持って玄関を出る。うちの庭は二、三人でキャッチボールできる程度の面積があり、お兄ちゃんとも偶にやっている。


「祥ちゃん、ここに投げてきて」


 私は祥ちゃんと紗愛蘭ちゃんから交互にボールを受ける。近くの電信棒には数匹のカラスが止まっており、夕暮れ時の大合唱を開始していた。


「うん、良いボール。祥ちゃん大分コントロールついてきたね。投げ方も良くなってるんじゃないかな」 

「ほんと? ありがとう」


 祥ちゃんは人差指の腹を擦りながら、嬉しそうに微笑む。守備やバッティングも日に日に上達しているし、投手への挑戦も良いタイミングだったと思う。


「祥ちゃんは高校から野球始めたの?」


 お兄ちゃんが祥ちゃんに尋ねる。お兄ちゃんと京子ちゃんはキャッチボールには参加せず、玄関前の段差に座って眺めている。


「はい。真裕に誘われて入部しました」

「祥ちゃんはすっごく頑張り屋さんで、最近はピッチャーも始めたんだよ」

「へえ、そうなんだ」

「まだ片手で数えられるくらいしかブルペンに入ってないですけどね」

「同じサウスポーだし、お兄ちゃんにもアドバイスもらうと良いよ。セットポジションとかバント処理とか、これから知りたいこと増えていくだろうし。ね、お兄ちゃん」

「俺じゃ教えられることはそんなにないけどな。聞いてくれたらできるだけ答えるよ」

「よろしくお願いします」


 軽く会釈をする祥ちゃん。するとその横にいた紗愛蘭ちゃんが、お兄ちゃんにある質問をする。 


「飛翔さんって、どれくらい野球やられてたんですか?」

「始めたのは小学校低学年の頃だね。大学でも野球部に入ったんだけど、肩怪我して辞めちゃった」

「あ、そうだったんですか。……すみません、嫌なこと思い出させちゃって」

「気にしないで。もう終わったことだから」


 申し訳なさそうに頭を下げる紗愛蘭ちゃんに対し、お兄ちゃんは柔和な口調で応える。その反応に安堵すると同時に、私の中には大きな寂寥感が漂う。


 お兄ちゃんは、本当に何も気にしていないようだった。全てを完全に割り切った感じの物言い。これが何を意味するのか深く考えてしまえばしまう程、私は痛烈に悲しくなる。


 ふと足元に目をやる。地面の芝生が乱雑に緑色を散らばらせている中、小さな一輪の花が萎れそうになりながらも、懸命に背筋を伸ばしている。私はそれを無性に応援したくなった。



See you next base……


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