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ベース⚾ガール!  作者: ドラらん
第五章 学生の本分は……?
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54th BASE

お読みいただきありがとうございます。


先日、山口で行方不明になった二歳児を、ボランティアの男性が発見したというニュースがありました。

男性の方に本当に素晴らしくて、かっこ良いとしか言いようがないです。

被災地などにも積極的に赴いているそうで、こうした姿勢は見習わなければならないなと思います。

「集合!」

「はい!」


 今日の練習が終了。私たちは円陣を組み、監督の話を聞く。


「さて、ゴールデンウィークも通り過ぎて、夏の大会をかなり意識させられる時期まで来た。ただその前に、あれが近づいてきたことも分かってるよな?」

「あー。あれかあ……」

「あれ?」


 勘の良い人たちが渋い表情をする一方、何のことやらと首を捻る人もいる。


「うーん……。こういうところから差が出るんだろうな」


 監督は苦笑いで言う。失礼ながら、私はその意味が何となく分かってしまった。


「光毅、来週から始まるものは何だ?」

「え? 交流戦ですか?」

「違うわ。いや、違わないかもしれんが。今聞いてるのはそういうことじゃない。風、代わりに答えてくれ」

「テ、テスト週間ですよね」

「うげ! そうやん……」 


 露骨に嫌そうなリアクションをとる光毅さん。私たちから一斉に笑いが起こる。


「そういうことだ。テスト週間中は基本的に部活動が禁止になる。うちも例外じゃない。一年生も大分溶け込んできて、チームとしてもここからというところだから非常に惜しいが、こればかりはどうしようもない。それよりも心配なのは、お前らのテストの点数だ」


 監督の一言に、場の空気が凍りつく。何人かの人は目を泳がせ始めた。


「怒ったりしないから正直に答えろよ。次の一期考査で赤点取りそうな奴、手を挙げろ」

「はい!」


 真っ先に挙手したのは光毅さんだ。あまりにも威勢が良く、これはもはや取りそうというより白旗アピールにも受け取れる。


「こら光毅! どうしてお前は毎回毎回、自信満々なんだよ」

「いてっ! 怒らないって言ったじゃないですかあ」


 監督が光毅さんの頭を軽く突っつく。再び笑いが起こった。


「全く……。で、他はどうなんだ?」


 もう一度監督が尋ねると、ちらほらと挙手する人が出てくる。大凡三人に一人の割合といったところか。その中には京子ちゃんも含まれている。


「了解だ。下ろしてくれ。分かっていると思うが、赤点を取ったらテスト後に指導がある。加えて一期と二期の合計が基準点に達していない場合は、追試を受けさせられる。追試が行われるのは夏休みの初め。つまり大会直前だ。当然その間の練習は出られない。そうなれば個人にとってはもちろん、チームにとっても大きな痛手となる。そうした事態だけは避けたい。光毅、お前だって野球ができなくなるのは嫌だろ」

「それはそうですけど……。取れないものは取れないんですよ。勉強しようとしても集中できないし」


 亀高では基本的に三〇点未満で赤点。一学期中に二度のテストがあるが、その合計が六〇点に届かない人は追試の対象となる。そのため一期である程度の点数を確保しておけば、二期で赤点になってしまっても追試は免れることができる。


「大体なんで勉強なんてやらなきゃいけないんですか⁉ いつ使うかも分からないのに」


 光毅さんが唇を尖らせる。監督は腕組みをし、暫し悩まし気な表情を見せる。


「うむ……。では少し見方を変えてみよう。光毅、勉強は嫌いか?」

「はい、嫌いです」

「即答かい。じゃあ聞くが、お前の大好きなアラキの出身地はどこだ?」

「熊本です。高校は熊工です」

「おお、正解だ。何で知ってるんだ?」

「大好きなアラキさんのことですもん。そんなのとっくの昔に調べてありますよ」

「ほうほう。けどそれだって、勉強の一つじゃないか?」

「え?」


 光毅さんは眉を顰める。それに呼応し、他の人たちも似たような顔つきをする。


「分からないから、知りたいから調べる。これは立派な勉強と言えると思うぞ」

「はあ……。そう言われると、そんな気はしてきますね」

「でもお前、そういうことについての勉強は嫌々やってないよな?」

「はい。確かに好きでやってます」

「だろ。要は何が言いたいかっていうと、皆“勉強”という行為自体は嫌いじゃないはずなんだ。人間は何かを学んで覚えたり、実践したりすることを好む。そしてそれが実を結んだ時には喜びを感じる生き物なんだ。皆だってそうだろ。ヒットを打つために試行錯誤して、実際に打てた時は嬉しくなると思う。その礎は“勉強”なんだ。だから元来、勉強することが嫌いな人間なんていないんだよ」

「そう……なんですか?」


 光毅さんを筆頭に、私たちは揃って懐疑的な目つきになる。


「あんまり納得いってなさそうだな。まあ無理もないか。俺がこういう話をしたって、残念ながら実際ここには勉強が嫌いだと感じてる者がたくさんいる。ではどうして人間は勉強、特に学校で学ぶ内容に対して嫌悪感を抱くのか。それはさっき光毅がポロッと言ってたけど、勉強する内容に意味を感じられないからなんだよ。数学のsinもcosも、英語の現在完了も分詞も、一見やっている意味が無いと思えてしまう。しかもそれを周りから強制させられるんだからそりゃ嫌にもなる。でも逆に言うと、これらに意味を感じられるようになれれば、多少なりと勉強との向き合い方を変えることができるってことだ」

「そんなこと言われても、どうやったら良いんですか?」


 今度は空さんが質問する。空さんも先ほどテストに自信が無い人として挙手していた。


「難しく考える必要は無いさ。例えを挙げるなら、野球に通ずる点を見つければ良い」

「野球に通ずる? 数学や英語がですか?」

「そう。でも内容を直接関連付けることは難しい。だから“考える”という行為の訓練とするんだ。いつも言っているように、俺たちが目指している野球はただ打って守ってをするだけじゃない。その場の状況を観察して、思考を巡らせながらプレーをする。これが俺たちのやろうとしていることだ。それを実現するために、勉強を思考力を鍛える一環と捉えてみる。英語や数学は数ある練習のバリエーションの一つだ。こんな風に野球と勉強を結びつけてみてはどうだろう。少しは勉強する意味を感じられないか?」


 監督は時々抑揚を付け、一つ一つ言葉を選ぶようにして話す。何だか某大学受験予備校のCMに出ている講師を彷彿とさせる。


「なるほど……。まあそれなら、ちょっとは頑張ってみようかなとは思えますね」


 光毅さんは何となく納得したように頷く。

 正直なところ、私もあまり学校の勉強は好きじゃない。机に向かうとどうしても億劫になり、捗らないことが多い。けれども勉強が野球に繋がっているという考え方ができれば、そういった点も克服できるかもしれない。


「一応ここにいる全員、受験に受かってこの学校に入ってるんだ。きちんとした方法で量を熟せば、それなりに点数は獲れると思う。もしも勉強に対してやる気になれないなら、今俺が話したような取り組みをしてみてくれ。一期で点を稼いでおけば、二期考査で躓いてもカバーできる。俺や森繁先生も可能な限りサポートするから、皆にも努力してほしい。頼むぞ」

「はい!」

「はーい……」


 覇気のある声と鬱屈そうな声が入り交じる。監督は大丈夫かなと言いたげな様子で苦々しく白い歯を溢し、解散を告げた。



See you next base……


WORDFILE.24:アラキさん


 アラキさんは地元のチームに所属しているプロ野球選手だよ。私の憧れの選手で、野球を始めたきっかけもアラキさんなんだ。もちろんセカンドをやってるのもアラキさんの影響。今年で二三年目の四一歳になるけど、まだまだ現役で活躍してるんだ。

 中学生の時にはサインを書いてもらったんだけど、今も部屋に家宝として飾ってあるの。名前も入ってるんだよ。えへへ、羨ましいでしょ。

 何で私が説明してるかって? そりゃ私と言えばアラキさんで、アラキさんと言えば私だもん。私がやらないで誰がするのって話だよ。

 ということで次回もよろしく! 戸鞠光毅でした!


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