53th BASE
お読みいただきありがとうございます。
二回目の試合も終わり、今回からまた新たなお話に入ります。
私も含め野球をやっている人(というか部活をやっていた人?)には、少々耳が痛い内容かもしれません(笑)。
ゴールデンウィークも終わり、今週からまた学校も始まった。
「次、カーブで」
放課後、私はいつものように練習に参加し、今日もブルペンに入っている。先日の楽師館戦では負けはしたものの、ある程度の手応えを掴めた。夏の大会に向けて更に精度を高めていきたい。
「お疲れ真裕。先終わるわ」
「お疲れ様です」
隣で投げ込んでいた葛葉さんが、一足先に投球練習を切り上げる。ちょうどそのタイミングで、木場監督がこちらにやってきた。
「お、ここ空いたのか?」
「はい。今から整備します」
「あ、いいや。この後使うから」
「誰か投げるんですか?」
「ああ。ちょっと試してみたい奴がいてな」
私と葛葉さんが首を傾げる。すると監督はグラウンドの方を向き、一人の名前を呼んだ。
「祥! こっちへ来い!」
「は、はい!」
センターの辺りにいた祥ちゃんが驚いた様子で返事をし、こちらへと走ってくる。私たちは「あー」と声を上げて納得する。
「何ですか?」
「祥、ここで投げてみろ」
監督がブルペンを指さす。
「え? それって、私にピッチャーやれってことですか⁉」
「そういうことだ。嫌か?」
「……嫌ではないですけど、まだ私、野球始めて一か月の初心者ですよ」
「そんなこと分かってるよ。けど投げる方は大分様になってきてる。それにお前は左投げだから、試してみる価値はあると思ってな」
「そ、そういうもんなんですか……?」
祥ちゃんが不安そうに私を見てくる。私は優しく微笑み、大きく頷く。
「大丈夫だよ。私も祥ちゃんがピッチャーやるのは良いと思う」
「ま、真裕がそう言うのなら……」
「はい、ボールはこれ使って」
「あ、ありがとうございます」
葛葉さんからボールを受け取り、祥ちゃんはキャッチャーの優築さんとキャッチボールを行う。そうしてマウンドからホームまでの適当な距離感を確認してから、投手板の上に立つ。
「投げ方とかはあんまり考えなくて良い。とりあえず自分が思った感じで投げてみろ」
「は、はい。じゃあ行きます」
私や監督が見守る中、緊張した面持ちで祥ちゃんが右足を上げる。ぎこちなく左肘を上げ、オーバースローよりもやや低めの角度で腕を振った。
「おっと」
ボールは大きく左打者の内角に外れた。優築さんが咄嗟に体を移動させて捕球する。
「す、すみません」
祥ちゃんの顔が一層強張る。何とも言えない空気が流れかけたが、監督の快活な声がそれを破る。
「コントロールは気にするな。それよりどんどん投げろ」
「分かりました」
監督に促され、祥ちゃんは間髪入れずに球数を投じていく。最初こそ抜け球が目立ったが、徐々に枠内に収まるようになり、それに伴って球威も増してきた。
「ふむ……」
監督の口元が微妙に緩む。流石に空さんや葛葉さんには及ばないものの、球筋は悪くない。初挑戦としてはしっかり投げられていると思う。監督もすぐに試合で使うというよりは、まずはじっくり基盤を作ろうという考えなのだろう。
「よし、今日はこのくらいにしておくか」
三〇球を過ぎたくらいで監督がストップを掛ける。祥ちゃんの額には汗が浮かび、呼吸も少々荒くなっている。
「まあ最初はこんなもんだな。ということで祥、これからお前も投手の練習に参加しろ。定期的にブルペンにも入れ。ただあまり無理して数は放るなよ。夏の大会が終わってから実戦で投げられれば良い。ひとまずそこを目標にやってくれ」
「は、はい」
「俺もできるだけ指導するが、葛葉や真裕も色々とサポートを頼む。分からないことも一杯あるだろうからな」
「分かりました」
「真裕、邪魔をして悪かったな。自分の練習に戻ってくれ。祥はもう少し話があるから、俺に付いてこい」
「はい」
祥ちゃんは監督に連れられ、ブルペンを後にする。その顔つきはまだ恐々としていた。私が投手を始めた時は楽しみで仕方無かったので、ああいった反応を見るのは何だか新鮮である。
この前の試合では京子ちゃんと紗愛蘭ちゃんが出場したし、自分と同じ一年生が活躍の場を広げ始めた。そのことが素直に嬉しい。私も置いていかれぬよう、頑張らなければ。
「真っ直ぐ行きます!」
「はいよ」
私の投げた球が、キャッチャーミットの快い音色を引き出す。以前よりも若干速くなったかなと喜びを感じつつ、私はピッチングを続けるのだった。
See you next base……
WORDFILE.23:セットポジション
主に塁上にランナーがいる時、投手が取る投球姿勢。軸足は投手板につけながら、もう一方の足は予め前に出し、体の前で両手でボールを持って完全に静止する。投球モーションをコンパクトにすることが狙いで、これによって牽制しやすいようにしたり、ランナーに盗塁されないようにしたりする。ただし余分な力みを取りたい、コントロールを向上させたいという理由から、ランナーなしでもセットポジションを用いる投手もいる。




