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ベース⚾ガール!  作者: ドラらん
第四章 ルーキーズ!
53/181

52th BASE

お読みいただきありがとうございます。


八月も中旬に差し掛かり、そろそろ暑さも和らいでくれるかなと期待しております。

今年は本当に気温が高くて洒落になりませんね。

ある研究で30年後くらいには50度を超えると言っていたけど、現実になるのは困るなあ……。


 試合後、グラウンドから引き揚げた風の元に、万里香が再び挨拶に訪れた。


「風さん、お疲れ様でした」

「お疲れ。最後はナイスヒットだったね」

「いやいやいや、あれのどこがナイスなんですか。直球にどん詰まらされてましたよ」

「でもヒットはヒットでしょ。結局あれが決勝タイムリーになったわけだし」

「それは偶々っすよ。そういえば今日投げてた人って、一年生なんですよね。あと途中からライト守った人も」

「うん。真裕ちゃんと紗愛蘭ちゃん」

「二人ともレベル高かったですね。同じ一年とは思えないくらい」

「ははは。それ真裕ちゃんも言ってた気がする。万里香に対して」

「ええ、私にですか? 全然打てなかったですけど……」


 万里香は蟀谷(こめかみ)の辺りを掻きながら苦笑いを浮かべる。ちょうどそのタイミングで、風の目に向こうから道具を持って歩いてくる真裕と紗愛蘭の姿が映った。


「お、噂をすれば何とやらだね。おーい、真裕ちゃん、紗愛蘭ちゃん」


 風が真裕と紗愛蘭を呼び止める。


「あ、風さん……と、円川さんだっけ?」


 真裕が万里香と目を合わせる。それに万里香は気さくに応答する。


「そうです。名前覚えてもらっているなんて光栄だなあ」

「そりゃあ今日のプレー見たら覚えちゃうよ。風さんの後輩でもあるしね」

「それはお互い様でしょ。踽々莉さんの方は最後のバッティングも良かったけど、五回のスライディングも上手だったね。あれその場の判断でやったの?」


 万里香が紗愛蘭にも話を振る。それに対して紗愛蘭は、些か恥じらった顔を見せる。


「別に褒められるようなプレーじゃないよ。勝手に体が動いただけ。しかもアウトになってるし」

「私にはセーフに見えたけどな。リプレイ検証とかあったらきっと判定覆るよ」

「流石にそれは無いよ。けどありがとう」

「うふふ。こうやって他校の同級生と話ができるのは嬉しいなあ。皆で夏の大会に出られるよう頑張ろうね。柳瀬さん、踽々莉さん」

「もちろんだよ。あと私のことは真裕で良いよ」

「私も紗愛蘭で良いよ」

「オッケー。じゃあ私のことも万里香って呼んで」


 万里香は真裕と紗愛蘭と握手を交わす。真裕たちにとっても、万里香にとっても、双方は良きライバルになりそうだ。


「すみません風さん。他の一年生待たせてるので、私たちそろそろ行きますね」

「そ、そうだったの? ごめんね、足止めしちゃって」

「いえいえ。午後の試合も頑張りましょう」


 真裕と紗愛蘭は校門の方へと走っていく。その背中を見ていた万里香は何か思うことがあったらしく、何度も頷いていた。


「試合してみて思ったんですけど、亀ヶ崎って良いチームですね。結束力もあるし、個人個人が色んなことを考えながらプレーしてる。創部して五年しか経ってない公立校には見えませんでしたよ」

「そう? けどこれくらいできるのは最低限だよ。楽師館みたいなチームに勝つためには。なんたって、私たちは全国制覇を目指してるからね」

「全国制覇って、本気ですか?」

「本気だよ」


 万里香の質問に、風は堂々とした口調で答える。怯む様子は全く無い。ただただ真っ直ぐに、自分の想いを口にする。


「私は大好きなこのチームで優勝したいの。入った時は全然だったけど、今年は優勝できるっていう手応えも自信もある。それくらいの力を付けてきたんだもん」

「風さん……」


 二人の間に流れる空気が、ほんの僅かに息苦しいものになる。万里香は一度唾を呑み込むと、しみじみ小さく口元を緩ませた。


「そういうところは、昔と変わってないんすね。やっぱかっこいいですわ」

「そうだっけ?」

「はい。クラブでキャプテンやってた時なんて、全国大会で優勝するって毎日言ってたじゃないですか。今はあそこまでがつがつしてないみたいですけど、根本的なところはあの頃と一緒です」

「あー、あったねそんなことも。まあ今は私が言わなくても、他に言う人がいる。私はそういう人たちをサポートする役割だから。そっちの方が自分にも合ってると思うし」


 風は照れ臭そうに笑う。目尻にできた皺が、彼女のあどけなさと可愛らしさを引き出す。


「そうですか。ただ一つ言っておきますけど、風さんの願いは叶いませんよ。優勝するのは私たちですから。今日だって勝ちましたし」  

「何それ? 喧嘩売ってる?」

「事実を言ったまでです」

「むう……。本番では絶対勝つから。覚悟しておいて」


 風は自分の右の掌と左の拳を強くぶつけ合う。後輩からの挑発に、おめおめ引き下がるわけにはいかない。


「分かりました。だけど最後に勝つのは私たちです」


 万里香も負けじと応戦する。胸の奥で漲る熱い思いが、堪らなく気持ち良かった。


 かつては共に戦った風と万里香。二人はそれぞれの道へと進み、憧れの先輩は弱小校を成長させ、才能溢れる後輩は強豪校に入学した。自らが大会で優勝するためには、相手のチームを倒されなければならない。今日でそのことをより一層自覚した彼女たちは、これまで以上に精進しようと誓うのであった。




 昼食休憩を挟み、亀ヶ崎高校は二試合目へ。今度は右京高校との対戦だ。


「ショート」

「オーライ!……あ」


 右京の打者の放った痛烈なゴロが、ショートの京子を襲う。京子はグラブから一度ボールを溢すも、すかさず拾って送球する。一塁は()()りのタイミングでアウトになった。


「オッケー、ナイショート。落とした後速かったよ」

「ふう……危な」


 京子はほっと一安心。二試合目のオーダーは一試合目から様変わりし、出番の無かった選手が中心に出場している。京子も八番ショートでスタメンに名を連ねた。


《八番ショート、陽田さん》


 四回裏、京子に二打席目が回ってくる。亀ヶ崎は既に三点のリードを奪い、この回もノーアウトでランナーが一塁に出ている。一打席目は凡退した京子だが、ここはチームの良い流れに乗って一本打ちたいところだ。隆浯も特にサインは出さず、自由に打たせることにする。

 相手ピッチャーは前の回から登板している笹田ささだ。多彩な球種を使いこなす技巧派右腕だ。


(持ち球は多いと言ってもびっくりするようなボールは無い。甘いゾーンに来たらしっかり振る)


 一球目は外角低めへのシュート。ストライクからボールに逃げていくのを、京子はきっちりと見極める。


「ナイセン、ナイセン。見えてるよ」


 ベンチから真裕も声援を送る。一試合目で完投したため、この試合は出場予定が無い。彼女の声を聞き、京子は少しだけ勇気付けられる。


(一試合投げきった後なのに、相変らず元気なこと。紗愛蘭もしっかりやってるし、ウチも恥ずかしくない程度には活躍しなきゃ。初球は遠くを意識させたわけだから、次はきっと……)


 二球目、相手バッテリーは一転してインコースに投げ込んでくる。


(予想通り。コースもそんなに厳しくない)


 京子は配球を読んでいた。球種は微妙に横へと動くスライダー。京子は内からバットを出して打ち返す。


 打球は一二塁間をゴロで抜けていく。打った京子は一塁をオーバーランし、一塁ランナーも三塁まで進んだ。


「ナイバッチ!」


(や、やった。後で十連ガチャ二回引こう)


 一塁ベース上で京子は微かに相好を崩す。これが彼女の高校生活初ヒットとなった。


《九番ピッチャー、天寺さん》


 続いて、この試合の先発投手を務める空が打席に入る。セットポジションに就いた笹田の足元を見ながら、京子はリードを取る。そのまま笹田の左足が上がるや否や、初球からスタートを切った。


「走った!」


 三塁にランナーがいたが、キャッチャーは構わず二塁へ投じる。京子は左足からスライディング。際どいタイミングだ。


「セーフ」


 タッチの差で足が速かった。京子は初安打に加えて、初盗塁も成功させる。


 その後空が四球目をセンター右に落とす。京子は三塁ランナーに続いて追加点のホームを踏んだ。


「ナイバッチ、ナイラン」


 帰ってきた京子はベンチのメンバーとハイタッチを交わす。垂れ下がった三つ編みも、心なしか楽しそうに揺れていた。




「ありがとうございました」


 試合はこのまま亀ヶ崎が勝った。京子は三打席目にもヒットを放ち、四打数二安打という成績を残した。


 一試合目で好投した真裕、鮮烈な印象を残した紗愛蘭、そして京子。今日は新人たちが実力を発揮し、これからの活躍を大いに期待させる一日となった。



See you next base……


WORDFILE.22:ワインドアップポジション


 主にランナーが塁上にいない時、投手が取る投球姿勢。打者に正対した状態から、軸足でない方の足を後ろに引き、腕を頭上に振りかぶって投げる。足を引くだけで振りかぶらないこともあるが、この場合はノーワインドアップと言う。

 一般的にワインドアップは体を大きく使えて球速を出しやすいというメリットがあるが、その反面、ボールのコントロールをし辛い、球種が特定しやすいなどのデメリットもある。近年ではメリットよりもデメリットの方が大きいという分析もあり、ノーワインドアップで投げる投手が増えてきている。ただし昔からの伝統なのか、ワインドアップはかっこいい選手の象徴とされ、プロ野球のある大投手はその理由だけで三〇年間こちらを採用していた。

 因みにドラらんが大好きな野球マンガの一つに、大きく振りかぶることをタイトルにしているものがある、しかしこちらの主人公は一巻の表紙では振りかぶっているものの、劇中では当初ノーワインドアップで投げていた(現在は本人の意思で振りかぶって投げることに取り組んでいる)。



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