4th BASE
お読みいただきありがとうございます。
今回の話にジャージについて出てきますが、私の中学・高校で使っていたものは本当にダサかったです(笑)。
あと今でも小学校の時に買ったウインドブレーカーを着て生活しています。
「ちょっと良いかな君たち!」
「へ?」
突然グラウンドの方から声を掛けられ、ユニフォームを着た一人の先輩がこちらへ駆け寄ってきた。
「な、何ですか?」
私たち三人は戸惑いながら顔を見合わせる。
「君たち一年生だよね。見学してるってことは入部希望者かな?」
「いえ、ウチは一応見学してるだけ……」
「はい、そうです!」
私は京子ちゃんの言葉を遮り、飛び上がるようにして立ち上がる。
「お、やる気満々じゃん」
先輩の帽子の下から見える短めのポニーテールが、跳ねるウサギみたいに上に靡く。
「せっかくだから君たち三人、私たちに交じって練習していかない? 今フリーバッティングやってるんだけど、守りが足りなくてさ。手伝ってよ」
「ほんとですか⁉ でも私たち何も持ってなくて……」
「ああそれは大丈夫。部室にあるもの使ってくれればいいから。服も私たちの使ってないやつ貸すよ」
「良いんですか? だったら、ぜひやりたいです!」
私は目を輝かせる。断る理由などなかった。
「ちょっと待って真裕。あんたとウチはいいけど、祥は初心者なんだよ」
「あ、そっか」
京子ちゃんに肩を叩かれ、私は後ろを振り向く。
「私のことは気にしないで。行ってきなよ」
「でも……」
いくら祥ちゃんが良いと言っても、このままほったらかしにしておくのも気が引ける。すると私の後ろから覗き込むように、先輩が祥ちゃんに話しかける。
「ほお。そっちの子は初心者なのか。けど野球部には興味があるんだよね?」
「はい。まだ入部するかは決めてないんですけど」
「ならこの子たちが混じってる間、私とキャッチボールでもしようか」
「あ、それなら……」
祥ちゃんは軽く頷く。口元も微かに緩んだように見える。
「オッケー! じゃあまず部室に行こうか。私に付いてきて」
「はい」
溌剌と歩きだした先輩の後ろに付き、私たちは部室へと案内してもらう。
「結局、こうなるのか」
「へっ? 京子ちゃんそれどういうこと?」
「何でもない」
京子ちゃんは意地悪そうな顔でそっぽを向く。無理やり連れてくるような形になり、怒らせてしまっただろうか。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。私の名前は戸鞠光毅。三年生だよ」
「柳瀬真裕です。よろしくお願いします」
「陽田京子です」
「笠ヶ原祥です。よろしくお願いします」
「真裕に京子に祥か。よし、覚えたぞ」
光毅さんは私たちの名前を復唱し、それぞれの顔と一致させるように眺める。
「祥は初心者らしいけど、真裕と京子は前からやってたの?」
「はい。私は男子に混じって野球部に入ってました」
「ほおほお。ポジションは?」
「ピッチャーです」
「え? まさかエースだったとか?」
「い、一応背番号は一番でした」
私は少々言葉を濁す。自分でエースと言うのは烏滸がましかった。
「うほお! これは大物ルーキーが入ってきたね!」
「が、頑張ります」
光毅さんは興奮気味に手を叩く。照れ隠しのためにはにかみながら、私は会釈をする。
「京子も野球経験者なの?」
「小学校の頃は真裕と同じチームでやってました。中学はソフト部で、ショート守ってました」
「お、こちらも期待大だ」
「いえいえ。真裕に比べたら全然です」
「そんなことないよ。うちは部員も多くないし、祥みたいな初心者も割といるから、長く続けてる人が入ってくるのは心強いよ」
おおらかに笑う光毅さん。釣られて京子ちゃんの表情も崩れる。
「……ありがとうございます。でも、この前の大会ではベスト八まで行ったんですよね。だったら今年は、結構経験者が入ってくるんじゃないですか?」
「どうかな。うちは県外から人を呼んだりしないから、そういうのは期待できないんじゃないかな。やっぱりバリバリでやってた人は私立に行っちゃうよ。それにまだ創部してそんなに経ってないし、ベスト八まで進んだのも今回が初めだからね」
「創部して何年なんですか?」
私が光毅さんに問う。光毅さんは記憶を辿るように、左上に目を向けながら答える。
「えーと……、今年で五年目かな? 確か私が入部した時が三年目だった」
創設五年目。歴史は浅いが、女子野球の現状を考えればこの数字は珍しくない。高校の女子野球部は近年数を増やしており、亀高の野球部もその流れに乗ったのだろう。といっても、創立五年である程度の成績が残せているのは凄いと思う。
「着いた着いた。ここが部室だよ」
そうこうしている内に部室へと到着。グラウンドからはやや離れた場所にあり、他の部活動の部室も連なっている。
「ここは元々物置だったんだけど、創部を機に大掃除して、部室として使わせてもらうようになったらしいんだ。今扉開けるから、遠慮せず入って」
光毅さんが解錠し、私たちは中に入る。学校にある更衣室の半分くらいの広さで、物置だった名残だろうか、いくつかの棚が設置されている。棚にはグラブ等の野球道具、着替えや教材などの荷物の他、野球とは関係無い漫画やファッション雑誌もある。こういうのは見つかったら没収されるのかな。
「ジャージは私のと、ここに置いてあるのを使って」
光毅さんはジャージを棚から二着、自分の鞄から一着取り出し、私たちに渡す。
「ちゃんと洗ってあるものだから安心してね。私のも今日はまだ使ってないから」
「ありがとうございます」
「じゃあ私は外で待ってるね。着替えたら各自出てきて」
「はい」
光毅さんが外に出た後、私たちは渡されたジャージに着替え始める。
「この学校のジャージってさ、なんかダサいよね」
「それ分かるかも。なんか子どもっぽい」
制服のボタンを外しながら言う祥ちゃんに、私が共感する。亀高のジャージは全身紺色を基調としていて、脇の辺りから白いラインが伸びている。田舎臭くて何の工夫も凝らされておらず、もう少し色合いを増やすなどしてほしい。中学校の方がましだった気さえする。
「胸にでかでかと名前も書いてあるし、これじゃあ近所のコンビニにすら行くのも気が引けるよ」
ただ文句を言っていても始まらないので、私はジャージに袖を通す。やや胸の辺りがきついが、それ以外は良い感じにフィットしている。
「光毅さん、着替え終わりました」
全員が着替え終わり、私たちはドアを開けて外に出る。
「お、来た来た。ふむ……」
ジャージ姿になった私たちを見て、光毅さんは何やら考える仕草をする。
「京子」
「はい」
「神様って、不公平だよね」
「そうですね。すごくそう思います。先輩も辛いんですね」
「分かってくれるんだね。ありがとう」
光毅さんは悄然と京子ちゃんの肩を叩く。心なしかポニーテールが萎れている気がした。
「考えるのはやめましょう先輩。プレーで見返してやればいいんですから」
京子ちゃんも何かを悟っているかのような口ぶりだ。その表情には憂いも悲しみもない。
「そうだね。行こうぜ、相棒」
「はい」
二人が敢然と歩き出す。私は祥ちゃんと顔を見合わせた。
「祥ちゃん、あれどういうこと?」
「私たちにはきっと、分からない苦しみなんだよ。汲み取ってあげよう」
「はあ……」
何とも腑に落ちないが、私は光毅さんたちの後を追う。部室の隣に植えられているマリーゴールドが、私と祥ちゃんに熱い視線を送っているように感じた。
See you next base……
PLAYERFILE.4:戸鞠光毅
学年:高校三年生
誕生日:9/13
投/打:右/右
守備位置:二塁手
身長/体重:155/50
好きな食べ物:焼き魚、めかぶ