48th BASE
近頃、外で活動することが少なくなったからか、周りの人から悪い意味で「肌が白くなったね」と言われることがしばしばあります(笑)。
今年の夏は頑張って外に出て、健康的な肌色を取り戻していこうと思います。
「よく守ったわ。この回、何としても点を取りましょう!」
「おー!」
《楽師館高校、選手の交代をお知らせします。ピッチャー苑田さんに代わりまして、黒川さん》
六回裏のマウンドで投球練習をしていたのは、楽師館の二番手、黒川だった。上から右腕を振り下ろすタイプで、角度の付いたボールがキャッチャーミットに投げ込まれている。
打つ準備を整えていた真裕は、少々がっかりした顔を見せる。
「ああ……、せっかく感じを掴んできたところなのに」
「仕方無いよ。それも向こうの戦術だから。け、けど投手交代は、流れが変わるきっかけにもなる。チャンスが来るかもしれないよ」
「確かに。じゃあ頑張って塁に出るので、続いてください」
「う、うん。行ってらっしゃい」
ネクストバッターズサークルの前で風と言葉を交わし、真裕が打席に向かう。紗愛蘭に救われたこともあり、気分はとても良かった。
「お願いします」
腰を折ったやや前屈みの姿勢で、黒川がサインを覗き込む。彼女は小さく頷くと背筋を伸ばし、ノーワインドアップから真裕への一球目を投じる。
「ボール」
ストレートが高めに外れた。真裕はきっちりと見極める。
二球目もストレート。これも上ずり、手元から離れた瞬間にボールだと分かるコースに行ってしまう。
(この人、球威はあるけどコントロールに苦労してる。マウンドに上がったばっかりだし、見ていけばフォアボール取れるかも)
三球目にようやくストライクが来たものの、その次はキャッチャーが飛びついて捕るほど外角に外れる。バックネット裏に置かれたカウントボードに、ボールを表す緑色のランプが三つ灯る。
ここまで黒川はストレートしか投げていない。となれば五球目もストレートだ。
「ボール、フォア」
低めの惜しいゾーンに行くもストライクを取ってもらえず。フォアボールとなった。真裕は「よし」と呟いて一塁へと走っていく。亀ヶ崎にとってはこの試合で初めて、ノーアウトでのランナーが出た。
(さて、ここはどうするか。定石なら送りバントだが、なんせ投手が荒れてるしなあ)
ベンチで腕組みをしながら、隆浯が思考を巡らす。試合終盤のターニングポイント。こここそ監督の手腕の見せどころだ。
《一番ショート、城下さん》
風と真裕がベンチからのサインを覗う。隆浯は様子を見るため、まずは待てのサインを送る。
「ストライク」
初球、ストレートが真ん中に来た。風はサインに従ってバットを出さない。
(入ったか。それなら送りバントに切り替えよう)
サインを受け取り、風と真裕がほぼ同時にヘルメットの鍔を触る。風は初めからバントの構えは作らず、できるだけ相手に悟られないように試みる。
(真裕ちゃんの足はまあまあ速い。一塁側に転がせさえすれば、成功するはず)
一球牽制を挟み、黒川が投球モーションに起こす。それに合わせて風もバントの姿勢に入る。ファーストの小和泉とサードの三波は一目散にダッシュし、風にプレッシャーを掛けていく。
(大丈夫。決められる)
風は一塁方向にバットを傾ける。その刹那、ボールが僅かに横に曲がった。
「ファースト」
「オーライ」
風の狙い通り、緩やかに転がった打球は一塁方向へ。前進してきた小和泉が手を挙げて捕ろうとする。
(二塁は無理か。いや、これは……)
しかし小和泉はグラブに入る寸前で見送った。ボールは外側へと方向転換し、白線を越えてファールゾーンに出る。
「あ、切れちゃった……」
既に一塁ベースを駆け抜けていた風だが、打球の行方を確認して打席に戻っていく。黒川が投じたのはカットボール。勢いを殺した良いバントだったが、バットに当たる瞬間に発生した微細なズレにより、最終的にファールとなってしまった。
(ちっ、ツーストライクになっちまった。スリーバント失敗は怖いな。風に任せるか)
風が追い込まれたことで、隆浯はバントのサインを取り下げる。風も気持ちを切り替え、打つことに集中する。
(一球目も二球目もそんなに厳しいコースじゃなかった。ストライクが取れてるとはいえ、コントロールには自信が無いみたいだし、このカウントからでも力で抑えに来る可能性は高いはず。強引に行かずに素直にコンタクトさせることだけを考えよう)
風の読みは当たる。バッテリーは直球で三球勝負をしてきた。コースは内角寄りだったが、風は難なく打ち返す。
「おお⁉」
ピッチャー返しの鋭い打球が黒川の股下を抜ける。ヒットになればチャンス拡大だ。
「よっと」
ところが二塁ベースを越えようかというところで、万里香がグラブを伸ばしてボールを掴む。ショートの香坂にバックハンドでトスをし、二塁はアウト。更に香坂が素早く一塁へ転送してこちらもアウトとなる。併殺が完成した。
「ああ……」
亀ヶ崎のベンチから溜息が零れる。広がりかけたチャンスの芽が、楽師館の二遊間の連係プレーによって瞬く間に摘み取られた。
(うっわ、まじかよ。風なら何とかしてくれると思ったんだけどなあ。まあ今のはセカンドが上手かったんだが。こうなるなら最初から送らせておくべきだったか)
隆浯はやり場のない悔しさを押し殺すように、太腿の内側を小突く。ここでも采配が裏目に出てしまった。
「ストライク、バッターアウト。チェンジ」
二番の光毅は三振に倒れ、結果的に六回裏は三人で攻撃が終了。試合は両者無得点のまま最終回に突入する。
《七回表、楽師館高校の攻撃は、五番ショート、香坂さん》
七回表のマウンドにも真裕が上がる。ここまで一年生とは思えない堂々としたピッチングを展開し、楽師館打線を零封。まだあまり疲れも感じていない。
(危ない場面もあったけど、ともかく最後まで来た。ここを無失点で終えれば後はサヨナラにしてもらうだけだ)
残るは一イニングを投げきるのみ。だが、事は易々とは運ばない。
「レフト!」
先頭の香坂に二球目を捉えられ、レフトへのヒットを許す。その後は送りバント、フォアボールと続きピンチを招く。八番の谷沢はセカンドフライに打ち取ったが、九番の黒川にヒットを打たれてツーアウト満塁。そして迎えるのは、本日四打席目の万里香だ。
See you next base……
WORDFILE.20:送りバント
打者がアウトになる代わりに、走者を進めるために行うバントのこと。記録上では犠打と呼ばれる。バントを行った結果走者が進塁し、打者がアウトとなった場合に記録され、その打者の打数には含まれない(打率が変動しない)。
「バントはできて当たり前」という風潮は根強いが、実際にランナーを進めるバントを行うのは確かな技術が必要である。といってもバント失敗により試合の流れが変わることも多く、やるからにはきっちりと決めなければいけないというのも事実。プロ野球で打席に立つ先発投手は送りバントを命じられることが頻繁にあるが、バントが上手な選手ほど投手としても成功する傾向が強い。




