42th BASE
番外編も終わり、今回からまた新たな章に入ります。
時系列は誕生日会を行う前なので少し前後してしまいますが、予めご了承ください。
ゴールデンウィークも後半に差し掛かり、野に咲く草花が初夏の模様を呈してきた。亀ヶ崎女子野球部は今日、楽師館高校と右京高校との練習試合に参加する。真裕、京子、祥、紗愛蘭の一年生四人は、一緒に集まって会場となる楽師館高校へと向かった。
「おお、でっか! しかも綺麗!」
楽師館の校舎を前に、真裕は目を輝かせる。亀ヶ崎とは比べ物にならないくらい広大で、お洒落なガラス張りの建物が連なっている。さすが私立といったところだ。
「やっぱりお金の掛け方が違うよね。一度で良いからこういう学校通ってみたくない?」
「ウチはいいわ。色々と疲れそうだし」
興奮気味の真裕とは対照的に、京子はさほど興味を示していない。その温度差に祥と紗愛蘭は思わず笑みを溢す。
グラウンドは校舎を越えた奥にあった。野球専用の造りとなっており、ただ大きいだけでなく、黒土の部分もしっかりと整備されている。見るからにプレーしやすそうだ。
「おはようございます」
「お、一年生ズだ。おはよう」
真裕たちよりも先に、光毅を始めとした三年生組が到着していた。グラウンド脇のネット裏で、部室の道具を乗せた隆浯の車が来るのを待っている。
「あれ? 光毅さん、あの人誰ですか?」
真裕が風の方を見ながら尋ねる。風は光毅たちから少し離れ、真裕たちが見たことのない女の子と親し気に会話している。
「万里香って楽師館入ったんだ。びっくりしたよ」
「はい。運良くスポーツ推薦ゲットできたんです」
「スポ推って凄いじゃん。流石万里香だよ」
「そんなことないっすよ。今だって、練習に付いていくだけで精一杯です」
女の子は風と同じくらいの背丈だった。しかし敬語を使っており、風よりも年下のようだ。切り揃えられた前髪のせいか、顔立ちはやや幼げに見える。表情豊かで、天真爛漫な雰囲気を醸し出している。
「風が中学時代に入ってたクラブチームの後輩なんだって。一年生だから、真裕たちと同い年だよ」
光毅が真裕の質問に回答する。
「へえ。けどなんか、距離が近い感じがありますね。二年も離れてるのに」
「そうだねえ」
真裕と光毅は興味深そうな眼差しを二人に向ける。万里香の調子も相まってか、風は普段と違い、かなり砕けた喋り方になっている。
「私そろそろ戻りますね。今日は一応試合出る予定なんで、その時はよろです」
「うん、分かった」
万里香がグラウンドの方へと走っていく。その姿を、風は慈しむように見守った。
「おはようございます、風さん」
「あ、お、おはよう真裕ちゃん」
真裕が話しかけると、風は普段通りの受け答えに戻る。その切り替わりに、真裕は若干残念な気持ちになる。
「今の子って、風さんの後輩なんですか?」
「うん、円川万里香。今年楽師館に入った一年生だよ」
「円川さんって言うんですか。それにしても二年も離れてるのに、とっても仲良さそうでしたね」
「え? そうかなあ……。中学の時は同じポジションだったから話すことは多かったかも。それにあの子、結構人懐っこいし」
風は照れ笑いを浮かべる。
「けど実力は確かだよ。前のチームでは一年生からベンチ入りしてたし、私が引退した後はずっと一番打ってたの。今日の試合も出る予定って言ってたから、真裕ちゃんも対戦することになるかもね」
「それは楽しみです。対戦できたら良いな」
真裕は声を弾ませる。そこへ、隆浯たちが到着したという知らせが届く。
「皆、監督が駐車場に着いたそうよ。荷物を取りに行きましょう」
「はい」
晴香に先導されて真裕たちが動き出す。駐車場では、隆浯と和の車が横に並んで停められており、バックドアを開いた状態で待機していた。
「おはようございます」
「おはよう」
部員たちは二人に挨拶をし、積荷を降ろしていく。真裕も手伝おうとしたところ、隆浯が彼女を呼び止めた。
「真裕、ちょっと良いか?」
「はい?」
「今日の一試合目、お前を先発させる。この前と違って行けるところまで行ってもらうつもりだ。頼むぞ」
「はい! 分かりました!」
真裕は威勢良く返事をする。隆浯は思わず口元を緩ませた。
今日は楽師館と右京の両校と対戦するため、亀ヶ崎は二試合を行うことになる。一試合目の相手、つまり真裕の投げる相手は楽師館だ。
各自荷物を手に持ち、亀ヶ崎の部員たちがグラウンドの手前に整列する。そうして、主将である晴香の声に続いて挨拶をした。
「よろしくお願いします!」
既に動き出していた楽師館の野球部はアップを中断。各々帽子を取り、亀ヶ崎に応答して挨拶を返す。
「気をつけ。よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
元々の人数が多いこともあり、楽師館の声の方が強く響く。敢えて意識しているのか声質も低く、迫力がある。
「如何にも強豪校って感じ出してくるね」
「そうね。私たちも負けていられないわ」
感心する光毅と晴香。だが動じる気配はほとんど無い。寧ろ自分の心の高ぶりが増していくのを感じ、どことなく楽しそうにしている。
「さあ、行きましょうか」
晴香たちがグラウンドへと足を踏み入れる。練習試合とはいえど、どちらのチームも気合十分といった様子だ。
See you next base……




