38th BASE
日本、決勝トーナメント進出おめでとうございます!
最後は何とも消化不良な終わり方になってしまいましたが、その分ベルギー戦で暴れてほしいです。
頑張れニッポン!
「紗愛蘭さ、今日楽しかった?」
「な、何言ってるの。楽しかったに決まってるじゃん」
「あの子とのキャッチボールよりも?」
「え?」
いきなり核心に迫る質問をされ、私は硬直してしまう。
もちろんだよ。
そんなの比べられないよ。
こう答えるのが正解。こう感じるのが正解。分かっているはずなのに、私の心はそれとは異なる回答をしてくる。
違う。違う。そんなことない。今日はいつもの何倍も楽しかった。今までで一番かもしれない。そう言いたいのに、そう言わなければならないのに、口が動かない。
「……ほらね。もう良いよ、紗愛蘭」
こうなることを予想していたのか、あっちゃんが諦観した口調で切り出す。
「私見てたんだよ。紗愛蘭がキャッチボールしてる時の様子。あんたはとても気持ち良さそうだった。たかがキャッチボールなのに、今日とは比べものにならないくらい楽しそうに笑ってた」
「そ、そんなことは……」
「誤魔化さなくて良いから。分かるよ。もう二年も一緒にいるんだもん。二年も紗愛蘭のこと見てきたんだもん……」
あっちゃんの声は、震えていた。躊躇と決断を繰り返しているかの如く、何度も何度も唾を呑み込む音が聞こえた後、彼女は私に問いかける。
「……野球、やりたいんでしょ?」
私が必死に目を背けてきた、心の奥底に閉じ込めようとしてきた想い。私は胸を刺されたように苦しくなる。
「分かってた。本当は分かってたの。紗愛蘭はソフトを辞めたくなかったことも、それを高校に入ってからも引きずってたことも。そして、野球部に惹かれていたことも……。気付いてて言わなかった。私は、紗愛蘭のこと縛りつけてたの。狡いよね」
あっちゃんの弱気な気持ちが伝わってくる。こんな姿を見るのは初めてだ。
「でも怖いの。紗愛蘭が野球部に入っちゃったら、私から離れていく気がして……」
「そんな! 私はあっちゃんから離れたりしないよ!」
私は咄嗟に立ち上がり、近くを通った車の音をかき消すくらい大声で叫ぶ。こちらを向いたあっちゃんの目元には、雫が光っていた。
「ほんとに? ほんとにそう誓える?」
「当たり前じゃん! あっちゃんは私を救ってくれた恩人なんだよ。それなのに、離れるわけ……、あ……」
私ははっとした。
そうか。あっちゃんも私と同じことを思っていたのか。あっちゃんが離れてしまうのではないかと私が恐れていたみたいに、あっちゃんも私が離れてしまうのではないかと恐れていたのだ。
「……ごめん」
「え?」
「私も、同じこと思ってた。野球部に入ってしまったら、あっちゃんたちが私を見捨てて、もう関わってもらえなくなるんじゃないかって怖かったんだ」
「な、何言っているの⁉ 私が紗愛蘭から離れるなんてないでしょ!」
あっちゃんは真っ先に私の言葉を否定してくれた。そしてそれは、私があっちゃんにとった行動と全くもって同じだった。
「あっちゃん……」
私は思わずあっちゃんに抱きつく。窮屈に縛り上げられていた私の心が一気に解き放たれていく。
あっちゃんが私のことをそんな風に思ってくれているなんて、信じられなかった。仲良くはしているけれど、あくまで大勢いる中の一人で、寄ってこないのなら簡単に関係を絶てる。あっちゃんにとって私は、その程度の存在なのではないかと疑っていた。
要するに自信が無かったのだ。自分とあっちゃんの関係性に。けれども逆に言えば、あっちゃんもまた、私と同じ蟠りを抱えていたのかもしれない。
「ごめん、ごめんね。私、あっちゃんを信じてあげられてなかった。何でだろ」
「ううん、私の方こそごめんね」
私の目からも大粒の涙が零れ出す。同時に、私の肩が温かに濡れる。
どうしてこんな馬鹿馬鹿しいことを怖がっていたのだろう。少し話せば分かったはずなのに。
それでも私たちは怖かったのだ。もしも自分の期待通りの返答がされなかったら、変な距離感ができたら、私たちの関係は一瞬にして壊れてしまう。だから自分の気持ちを隠していた。迂闊に踏み込まないようにしてきた。いつの間にかすれ違い、互いに悩みを抱え込んでいたことも知らずに。
「ねえ、あっちゃん」
「何?」
「……私ね、あっちゃんのこと大好きだよ」
二人の気持ちが落ち着き、抱きしめていた腕を解くと、私は徐にあっちゃんと手を繋いでそう告げる。
「何それ? 愛の告白?」
「うん。愛の告白」
戸惑ったように笑うあっちゃんに対し、私は真剣な眼差しを向ける。するとあっちゃんは照れてしまったのか、口元を緩めたまま私から微妙に視線を逸らした。暗い景色の中に、あっちゃんの頬の赤色が際立つ。
「……私も、紗愛蘭のこと大好きだよ」
「それは愛の告白?」
「もちろん。でも私の方が紗愛蘭のよりも、愛が大きいから」
「ええ? 私の方が大きいもん」
「いやいや、絶対私の方が大きいから」
何の意味も無い張り合い。でも今はそれが、とてつもなく嬉しく、幸せだった。
「野球を始めても、私たちとこれまで通り遊んでくれる?」
「当然だよ。ていうかせっかくだし、あっちゃんも一緒に野球部入らない?」
「うーん……、それは遠慮しておく。部活は中学でお腹一杯なの。紗愛蘭が野球やりたいって気持ちを尊重してあげるんだから、紗愛蘭も私の気持ち、尊重してほしいな」
「分かった。これからもよろしくね」
私とあっちゃんは白い歯を溢し合う。
たとえ環境が変わっても、恐れることなんて何も無い。ちょっと道を違えたくらいで、私たちの絆は壊れたりしない。私とあっちゃんは、紛れもない親友なのだから。
帰宅した私は、一目散にあの子に電話を入れる。
《あ、紗愛蘭ちゃん。どうしたの急に?》
「と、突然ごめんね真裕ちゃん。どうしても伝えたいことがあって。わ、私、やっぱり野球部に入りたい!」
《え⁉》
電話越しの真裕ちゃんは困惑しているようだった。けれどすぐに嬉々とした笑い声が聞こえ、彼女は私にこう言ってくれた。
《ふふふ。ようこそ、女子野球部へ》
私が本当に歩みたかった道。どうしようもなく稚拙な遠回りを経て、私はようやくその一歩を踏み出せたのだった――。
See you next base……
PLAYERFILE.21:踽々莉紗愛蘭
学年:高校一年生
誕生日:4/26
投/打:右/左
守備位置:右翼手
身長/体重:152/46
好きな食べ物:チャンジャ、ナマコ




