37th BASE
いつも一緒に遊びに行ける友達の存在って良いですね。
私も何人かいるのですが、大人になってからは中々会えないでいます。
それでも集まった時にはわいわい騒ぐ。これってとても大切なことだなと思ってます。
《皆、明日暇?》
一分も経たない内に既読が付く。返信もすぐに送られてきた。
《明日は何も無いよー》
《暇だよ。どうした?》
《私は大丈夫。何かあった?》
あまりの反応の速さに私は驚くと共に、口元に微細な笑みを浮かべる。
《皆でどっかお出かけしたいなと思って》
スマホを持つ手が少し震えている。それが不安から来るものであることは分かったが、具体的な原因は言い表せない。
《良いよ》
《オッケー》
《分かった。珍しいね、紗愛蘭から誘ってくるなんて》
最後のメッセージはあっちゃんからだ。一言だけではなく、もう一行添えられているところが、私にとっては本当に嬉しい。
《なんとなくだよ。どこ行こうか?》
《紗愛蘭はどこか行きたいところないの?》
「行きたいところかあ……」
スマホを触る私の手が一旦止まる。今は色んなことを忘れて、思いっきり遊びたい。できれば騒げるところが良い。
《ハウランは? スポッツァ行きたい》
私が案に出したのは、自転車で二〇分くらいのところにあるアミューズメント施設だ。そこなら気兼ねなく皆と燥げる。
《お、いいじゃん。私もぱーっとストレス発散したかったところなんだよね》
《異議なーし。何時にどこ行けば良い? 明日土曜だから混みそう》
《そだねー。午前中から入って、混んできたら出るって感じでどう?》
《良いと思う》
《じゃあ十時に八本木池公園集合で》
小春が具体的な時間と場所を指定し、皆がそれに賛同する。私も反対する理由は無かったので、了解のポーズを取る脱力系うさぎのスタンプを押した。
「これで良し、と……」
私は湿っぽく瞼を弛ませる。その後四人で他愛の無いやりとりを交わしてから、明日に備えて眠りについた。
次の日。私は約束の時間の五分前に集合場所へと着く。
「おはよう」
「あ、おはー」
公園内の屋根付きのベンチに、あっちゃんと小春が座っている。私よりも先に来ていたみたいだ。
「千恵は?」
「まだ来てない。今日も平常運転ですわ」
小春が両手を広げて首を振る。私たちが集まる時は大抵千恵が時間に遅れるため、この三人で待たされることが多い。
「あはは。高校に入っても千恵は相変らずだね。登校時間もギリギリなこと多いし」
「ほんとだよ。あ、そんなことよりさ……」
私もベンチへと腰掛ける。三人で話していると、赤い自転車に乗った千恵が集合時間から約十分遅れてやってきた。
「おはよ。行こー」
まるで流れ作業のように、私たちに挨拶するや否や目的地に向かおうとする千恵。そんな彼女の頭を、小春が軽く小突く。
「おいこら。待たせておいて謝罪の一つも無しかい」
「あてっ。えー、ちょっと遅れただけじゃん。それより早く行かないと混んじゃうよ」
「お前が言うな!」
私たちは三人揃ってツッコミを入れる。この一連のやりとりが私たちにとっての恒例となっている。
「はいはい。じゃあお約束も済んだし、本当に行くよ」
千恵は全く動じていない。その様子に小春とあっちゃんが呆れ顔で溜息をつく。私はそれを見て一人で安堵しながら自転車に跨り、千恵の後を追って漕ぎ出す。
今日もまた、四人で過ごす楽しい時間が始まろうとしていた。
私たちが訪れたアミューズメント施設には、カラオケやボウリング、その他豊富な設備が結集されている。この辺りでは最大の遊び場で、高校生だけでなく、家族連れも多い。
「得意のレシピであなたの心を……♪」
「掴みたいー!」
「やった、ストライク出た!」
「イエーイ。ハイタッチ」
楽しい。四人で遊んでいると、ずっと笑っていられる。余計なことも忘れられる。
……はずなのに。
「よし引っかかった。そのまま運んで……」
クレーンのアームがぬいぐるみの右足首を掴み、宙吊りの状態で運ぼうとする。しかし出口の手前で、ぬいぐるみは無情にも落下してしまう。
「あ、落ちた」
クレーンゲームにチャレンジする小春を、私たちは見守っている。あっちゃんがそろそろ止めろと促す一方で、その隣では千恵が愉快気に小春を煽る。
「どんまい。もう諦めたら?」
「いや。ここまで来たんだし、絶対取る」
「お、良い心意気だね。流石キャッチングソーサラー小春」
「何その中二病めいた名前?」
でも何故だろう。私もその輪に参加しているのに、どこか気持ちが冷めている。面白くないと感じている自分がいる。
「紗愛蘭、ひょっとして具合悪い?」
「え?」
あっちゃんが私の顔を見ながら、心配そうに尋ねる。いけない、表に出てしまっていたようだ。私は慌てて笑顔を作って言葉を返す。
「大丈夫だよ。遊び過ぎて少し疲れただけ」
「あー。確かに朝からずっと遊んでたもんね。ちょっと休憩しよっか。私もお腹空いてきちゃった」
千恵が臍の辺りを押さえて言う。
「待って。これだけ取らせて。次で行けそうだし」
いつの間にか小春の狙っていたぬいぐるみは、あと一押しという位置まで移動させられていた。小春は持ち上げにいくのではなく、上から押して落とそうと試みる。
「よし来た!」
見事に落下。ゲーム機から祝福の音楽が流れる。
「よっしゃー」
「おー。すごい」
私はやや大袈裟に拍手をしてみる。これにて一段落つき、私たちは隣接しているカフェで一休みすることにした。
時刻はまもなく十八時を過ぎようとしており、私たちは集合場所だった公園に戻ってきた。
「いやー、今日は遊んだねえ。ここまではしゃいだのは入試終わって以来かも」
「入試終わってまだ一ヵ月しか経ってないけどな」
遠い日を偲ぶかのような口ぶりの千恵に対して、小春が軽やかに指摘を入れる。カフェで休んでからも私たちは更に二時間程遊び続け、結局一日中騒いでいた。明日にはどこかしら筋肉痛になっていそうだ。
「一ヵ月っていっても色々あったじゃん。入学する前も後もさ。受験したのが遥か昔のようだよ」
千恵の言い草は本気なのかふざけているのか判別し辛かったが、私も彼女と同じように感じていた。環境の変化や新たな出会いに振り回され、ここ一ヵ月はもの凄く長かった。
「でもこれでとりあえずはすっきりしたし、月曜日からも頑張ろう!」
千恵が粋な笑顔を見せる。私たちは互いに顔を見合わせ、小さく笑って頷く。この千恵の明るい性格に、私は何度も癒されてきた。
「じゃーねー」
「また来週」
千恵と小春が手を振りながら去っていく。私はその姿を見送った後、帰る方向が一緒のあっちゃんと歩き出そうとする。しかし、あっちゃんは動こうとせず、自転車のハンドルを握って立ち止まったままだった。
「あれ? どうしたの?」
「……紗愛蘭」
「は、はい」
喉の筋肉が突っ張ったような声で、あっちゃんが私の名前を呼ぶ。私は変に構えた返事をしてしまった。
「ちょっと二人で、お話したいな」
「へ……?」
私をソフト部に誘った時を思わせる、あっちゃんの優しい微笑み。私は彼女が何の話をしたいのかすぐに悟ることができた。
「わ、分かった」
逃げられなかった。あっちゃんの優しい微笑みの裏には、私を絶対に逃がさないという鋭利な眼差しが仕込まれていた。私たち二人は自転車を止め、公園のブランコに並んで腰を下ろした。
See you next base……
WORDFILE.15:How about ROUND?
紗愛蘭たちが遊びに行ったアミューズメント施設。体を動かしたりゲームセンターで遊んだりと、様々なことを楽しめる。全国規模で出店されており、“ハウラン”という愛称で親しまれながら学生から家族連れまで高い人気を誇る。
バッティングセンターやフットサル場などを備えた「スポッツァ」という設備があるが、どうしてこの名前であるかは不明。一説では「スポーツ」と「ナポリピッツァ」を混ぜたという謎の噂もある。




