36th BASE
W杯が始まりましたね。
日本は見事に初戦を勝利!
大迫選手半端ないって!
失礼ながらまさかの勝ち点3でしたが、この勢いで決勝トーナメントに進出してほしいです。
怪我をしてから二週間後のこと。休み時間に私が一人で席に座っていると、突然あっちゃんが話しかけてきた。
「な、何かな?」
「ねえ踽々莉さん、ちょっと話があるんだけど」
学校で誰かに声を掛けられることなどほとんどなくなっていたため、私は最初、怯えたような反応をしてしまった。
「いやいや、そんなビビんなくていいでしょ。話しかけただけじゃん」
「ご、ごめん……」
私は自分の耳にすら聞こえないような小声で謝る。あっちゃんは優しく接しようと努めていたみたいだが、その時の私にはそれを素直に受け取ることができなかった。周りで見ていたチームメイトは、私の不甲斐無い姿に対し、揃って忍び笑いをしていた。
「なんかここだと話しにくいし、別の場所に行こうか」
私たちは二人きりになれるよう、空き教室に移動。一体どんな酷いことをされるのか、私は不安と恐怖に駆られた。あっちゃんは教室の窓際に立ってカーテンを閉めると、「ここならいいかな」と呟き、話を始めた。
「単刀直入に聞くけどさ、貴方、バスケ部の人たちとあんま上手くいってないよね?」
「え、それは……」
あまりにも鋭利な質問に私は口を噤んだ。これは正直に答えて良いものなのか。チームメイトがまた何かしようとしているのではないのか。そんな疑念が浮かんだ。
「あの子たちも人を馬鹿にして笑っていられるなんて、暇で良いよね。時間があるのが羨ましいわ。まあ良いや。私にとってそんなのどうでも良いことだし」
さばさばとした様子のあっちゃん。そして次の一言が、私の運命を変えた。
「それで踽々莉さん、貴方ソフトボールを始める気は無い?」
「へ? ソフト部?」
「そう。今部員があんまりいなくてさ、集めてるんだよね」
あっちゃんとは当時、ほとんど接点が無かった。当然、勧誘される脈絡も全く無い。
「な、なんで私なの?」
「踽々莉さん運動神経良いし、体力テストのハンドボール投げもかなり距離出てたじゃん。実は結構前から目を付けてたんだよ」
「は、はあ……」
「私ね、踽々莉さんとソフトやりたいの。だからお願い。ソフト部に入ってよ」
裏を感じられない、とても真っ直ぐな物言いだった。私を閉じ込めていた真っ黒な澱みの監獄を、あっちゃんは何の躊躇いも、何の恐れもなく突き破ってきたのだ。
「えっと……」
頭がこんがらがり、私は複雑な胸中を露わにする。でも不思議なことに、答えはすぐに決まった。
「入る……。私、ソフト部に入りたい!」
私は大きな声で宣言する。締め上げられた首元の息苦しさから、一気に解き放たれた瞬間だった。
ソフト部に入って上手くやれるかは分からない。やっぱりバスケ部の子たちの策略で、入った途端に仲間外れにされてしまうかもしれない。けれどもう、じっとしていてもどうにもならない。変えられそうな兆しがほんの微かにでもあるのなら、それにしがみつきたいと思った。
「うふふ、やった。ようこそソフト部へ!」
あっちゃんは朗らかに笑う。こうして私は、ソフト部に入部することになったのだった。
私がバスケ部を退部すると知った時、バスケ部のメンバーは陰で喜び合っていたそうだ。元より私をバスケ部から“消す”のが目的だったようで、彼女たちはそれ以降私に何かしてくることはなかった。正直掌の上で踊らされたという悔しさもあったが、そうしたものは全て自らの原動力に変えた。
怪我が治ってソフト部の練習に参加するようになると、私はあっという間にチームメイトとも意気投合。特にあっちゃんと関係が深かった千恵や小春とも仲良しになり、しばしば四人で遊びに出かけるようにもなった。
ソフトはバスケとはまた違う面白さがあった。強い打球を打つために、どうやってスイングスピードを上げるか。守備範囲を広げるために、どれだけ早く落下地点まで向かうか。追求し始めたらきりがない。バスケ部にいた時も居残り練習は熟していたが、まるっきり初心者だったことも作用し、その時間は以前よりも延びた。
努力の甲斐あってか、二年生になると私はレギュラーに定着。チームも過去最高の地方大会まで進んだ。ソフト部に転部したことは、結果的に大成功となった――。
これが、私がソフトを始めた経緯である。もしもあそこでソフト部に誘われていなかったら、私の心はとっくの昔に折れていただろう。私はあっちゃんたちに救われた。今こんなに楽しい日々が過ごせているのは、彼女たちのおかげなのだ。
中学最後の大会が終わった後、あっちゃんは皆の前で「もうソフトは十分」と言った。それに共鳴するように千恵と小春も高校でソフトを辞めることを決めた。三人が志望校にしたのは、ソフト部の無い亀高。私は彼女たちと離れることを怖がった。一人だけ取り残されてしまう、また孤独になってしまうという憂慮が、心の中に渦巻いていた。最終的に私は三人と一緒にいる道を優先し、ソフトを続けることを諦めた。
ソフトから距離を置けば、皆と楽しく遊んでいれば、続けたい気持ちはいつか消える。そう思っていた。でも一つだけ誤算があった。亀高には、女子野球部があったのだ。
女子野球部の存在を知ったのは、入学して三日目の放課後のこと。偶然、練習風景が目に入った。空に舞った白球を追いかける姿、気持ち良さそうにバットを振り抜く姿に、私はつい見惚れてしまった。胸の奥に押し込めようとしていた想いが、その時音を立ててはち切れた気がした。気がつくと私の目には、一滴の雫が浮かんでいた。
それから私は真裕ちゃんと出会い、誘われるがままキャッチボールをした。離れていればいつか気持ちは収まると思っていながら、我慢することができなかった。
『野球部においでよ』
真裕ちゃんの声が、幾度となく脳内で再生される。それはあっちゃんがソフト部に誘ってくれた時のように温かく、柔らかなものだった。
けどあの時とは違う。私はもう一人じゃないのだ。あっちゃんたちと一緒にいれば、野球なんかやらなくても、私の心は満たされる。だから真裕ちゃんの誘いを断って正解なのだ。
それなのにどうして、こんなにも悲しく、虚しい気持ちになっているのだろう。いや、なったのではない。いつからかずっと、そんな状態が続いていたのだ。
「……何とかしないと」
私は手元に転がっていたスマホを持ち、あっちゃんたちと作った四人のトークルームを開く。そうして、一つのメッセージを投げた。
《皆、明日暇?》
See you next base……
PLAYERFILE.20:林篤乃
学年:高校一年生
誕生日:6/19
投/打:右/左
守備位置:三塁手
身長/体重:158/51
好きな食べ物:オムライス




