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ベース⚾ガール!  作者: ドラらん
第三章 野球がしたい!
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34th BASE

六月も中旬になり、雨の日が続くことも増えてきました。

学生時代は雨が降ると嬉しいことが多かった(練習が軽くなるから)ですが、今となっては憂鬱でしかありません……。

同じように思っている人はいるのかな?


 翌日の昼休み。急いでお弁当を平らげた私は、あっちゃんたちと別れて校舎裏へ向かう。


「あ、来た来た。真裕ちゃーん」


 向こうから近づいてくる真裕ちゃんに、私は大袈裟に手を振る。今日は太陽の顔を出す頻度が高く、昨日と比べて校舎裏に漂う空気も、随分すっきりとしている。


「おまたせ。待った?」

「ううん。私もさっき来たとこ。時間も少ないし、さっさと始めよっか」

「おっけー」


 まるで付き合いたてのカップルみたいな会話を交わした後、真裕ちゃんが私にボールを渡し、数メートル先まで走っていく。


「悪いね。昨日の今日で出てきてもらっちゃって」

「気にしないでよ。またやりたいって言ったのは私なんだし」

「なら良かった。それにしても紗愛蘭ちゃんのグラブ、とっても綺麗な色してるね」


 真裕ちゃんが私のグラブに食いつく。離れていても興味津々な目をしているのが分かる。


「いやー、実はこれさ、昨日慌ててオイル塗ったんだよ。あまりに悲惨な姿してたから」

「ええ? 見たところそんな風には思えないけどな。それまで手入れを怠らなかった証拠だね」


 昨日もそうだったけれど、真裕ちゃんはキャッチボールをしている最中、ずっと楽しそうな表情をしている。それだけ野球が好きなのだろう。私の胸がこんなに高揚するのは、彼女のそうした部分にも影響されているのかもしれない。


 ふと私は、二人の間にくっきりと影の境目ができていること気が付く。日陰にいる私と、日向にいる真裕ちゃん。同じ校舎裏に立っているはずなのに、全く異なる場所にいるように思えてしまう。吹き抜ける風の感じ方も、おそらく違うはずだ。


「そのメーカーってIZUMOだよね。好きなの?」

「うん。他の用具も統一してたんだ。真裕ちゃんのグラブはSKSだね」

「そうなんだけど、私はあんまり拘り無いな。とりあえず良いなって思ったものを手に取って、そこからしっくりきたものを選んでる」

「まあ人それぞれだよね。好みもあるし、使い易いものを使うべきだよ」


 楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていく。終わらないでほしいとどれだけ願っても、それは決して叶わない。


「あ、もうこんな時間か。やっぱり十五分くらいしかないと短いね」


 真裕ちゃんが私との距離を縮め始める。キャッチボール終了の合図だ。


「お昼休みじゃこれくらいが限界かな。もうちょっとできると良いんだけど」


 私は残念がる素振りを見せる。それに続けて、思い掛けずある言葉が漏れた。


「はあ……、やっぱりグラウンドでプレーしたいなあ……」

「え?」

「あ……」 


 私と真裕ちゃんは目を合わせる。一瞬時が止まったかの如くしめやかな間が流れたが、それを真裕ちゃんの優しい笑顔が崩す。


「ふふふ。紗愛蘭ちゃんって、ソフト大好きだったんだね」

「う、うん……」


 私の顔が熱くなる。今までは我慢できたはずの気持ち。よりによってどうしてこんなところで……。


「ねえ紗愛蘭ちゃん」

「な、何?」

「野球部においでよ」

「え……?」

「私、紗愛蘭ちゃんと野球がしたい。さっき言ってたように、私も紗愛蘭ちゃんにグラウンドでプレーしてほしい。紗愛蘭ちゃんと練習して、紗愛蘭ちゃんと試合に出て、紗愛蘭ちゃんと勝ちを味わいたいの」


 温もりの籠った声掛けだった。活発になる私の心臓を、赤子をあやすように包み込もうとしてくる。


「真裕ちゃん……」


 私は咄嗟にグラブの先に目をやる。


 真裕ちゃんが、私を求めてくれている。私と野球をやりたいと言ってくれている。嬉しい。心が躍る。私も野球がやりたい。真裕ちゃんの期待に応えられるかは分からないけれど、また中学の時のように楽しめるのなら、どんなに幸せなことだろうか。


「私と一緒に、野球やろ」


 真裕ちゃんは再び優しい笑顔を見せる。この笑顔にこのまま心を(ゆだ)ねれば、私は欲しいものを手に入れられる。


 野球がやりたい。


 野球部に入りたい。


 私は、自分の心の声を表に出そうとする。


「真裕ちゃん、私……」 


『遠くに、行っちゃわないでよね』


「あ……」


 私の口が動かなくなる。突如脳裏に浮かんできた、昨日のあっちゃんの言葉。それは知らない内に、私の想いに重たい重たい枷を掛けていた。


「どうしたの?」

「いや……その……」


 口から出かかった心の声が、寸前で引っ込められる。代わりに別の言葉が用意された。


「……ごめん、とってもありがたいお話だけど、それはできないや」


 物憂げになりそうなところを必死に堪え、私の顔には柔らかな笑みが作られる。


「そ、そっか……」


 仄かに沈んだ声を出す真裕ちゃん。とても申し訳ない気持ちになり、私の左胸に棘が刺さったような痛みが走る。


「残念だけど仕方無いよね。また機会があったら、キャッチボール以外のこともしよ」

「うん……」


 真裕ちゃんは嫌な顔一つせず、詮索してくることもなかった。私はそれに感謝しつつグラブを袋の中に仕舞い、真裕ちゃんと共に校舎に戻っていく。


 私たちがいなくなった後の校舎裏には、どこから迷い込んだのか、鬼灯(ほおずき)の実が一粒、地面に置き去りにされていた。



See you next base……



WORDFILE.14:エレ


 主にクレーンゲームで手に入れられるぬいぐるみのキャラクター。架空の草食動物という設定で、三日月の黒い角や、胴体と同じくらい長い尻尾が特徴的。様々な種類があり、「ほのぼのエレ」シリーズや「ご当地エレ」シリーズなどが人気を博している。数年前に王冠を被った「エレ王」シリーズというのがあったが、ある惑星からクレームが入り、登場して僅か一か月で製造中止となった。


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