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ベース⚾ガール!  作者: ドラらん
第三章 野球がしたい!
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33th BASE

今日は仙台まで野球観戦に行っております。

これが公開されるのは、ちょうど試合が終わっている頃じゃないでしょうか。

笑顔でいられるといいなあ(笑)。

「甲川のソフト部? あの子が?」


 京子ちゃんが買ったばかりの板チョコに齧りつく。練習後の帰り道、私たちはいつもの三人でコンビニに立ち寄っていた。



「三番打ってたんだって。何か印象に残ってない?」

「甲中っていえば、ウチらの地区で頭一つ抜けてた強豪だったなあ。特に誰か一人が凄いっていうよりも、皆上手だったイメージ。だけどそこで三番張ってたんなら、間違いなく相当な実力者だよ。ポジションは?」

「ライトって言ってた」

「ライトねえ……。あ」


 頬に付いた板チョコを指先で拭きとりながら、京子ちゃんは何かを思い出したような表情を見せる。


「その子かどうかは分からないけど、甲中との練習試合で一度ライトに刺されたことあったわ。ウチは一塁ランナーで出てて、バッターがヒット打って三塁を狙ったらアウトにされた。その時は余裕でセーフになると思ってたから、結構びっくりしたのを覚えてる。ベンチ戻った後も皆で肩強くないかって話題にしてたくらい」

「へえ。確かにキャッチボールの球も凄く良かった! きっと紗愛蘭ちゃんがそのライトの人だよ。良いなあ。やっぱり野球部入ってくれないかなあ」

「誘ってみたら良いじゃん。一緒に野球やろうって」


 京子ちゃんの横から、祥ちゃんが顔を覗かせる。右手には「音速チャージ」のキャッチコピーで有名なゼリー飲料を持っている。


「そうしたいのは山々なんだけど、紗愛蘭ちゃん、何か野球をやらない理由があるみたいなんだよね。この前も入部希望って聞いたら否定されちゃったし」

「ああ、月曜日のことか。即行で「ない」って言われてたね」

「うん。今日キャッチボールやった感じ、紗愛蘭ちゃんの中に野球をやりたい気持ちがあるのは確実なんだけど……」

「なるほどね。でもそれが分かってるならさ、尚更誘ってあげるべきだよ。自分からやりたいって言い出だすのが難しくても、誰かに誘われたら、案外簡単に心が動いちゃうこともあるからね」

「そういうもんかな?」

「そういうもんだよ」


 祥ちゃんは思うところがあるのか、やや感慨深げに目尻を下げる。


「分かった。じゃあもう一回誘ってみるよ」 

「ウチも行こうか? 甲中の子なら少しは話が合うかもしれない」


 京子ちゃんが言う。ただ私としては、あまり他人を巻き込みたくはない。


「うーん……、お願いしたいとこだけど、それは良いや。今日で十分話せるようにはなったし。それに複数人で行って、押し込めるようなことはしたくないかな」

「私もそれが良いと思うよ」


 祥ちゃんも私に同意する。 


「さてと、今日のところは帰りますか。電車の時間も近いし」


 私は大きく背伸びをしたついでに、腕時計を確認する。時刻は六時四五分。この後に来る電車には乗りたい。


「はいよ。でも三秒だけ待って」


 京子ちゃんが板チョコの残りを食べ切る。無理に詰めたため(むせ)返しそうになり、彼女は咄嗟に手で口を押さえた。それを見た私と祥ちゃんが揃って白い歯を溢す。 

 すっかり暗くなった空の下、私たち三人は、鞄を揺らして歩き出すのだった。







 ――私と真裕ちゃんが再びキャッチボールをする機会は、思っていたよりもあっさりとやってきた。


《紗愛蘭ちゃん、明日もお昼休みにキャッチボールできる?》


 ⅠDを交換したばかりの真裕ちゃんのアカウントから、メッセージが届く。自分の部屋のベッドに寝転がっていた私は飛びつくようにスマホを手に取り、すぐさま返信をする。


《大丈夫だよ。私も明日は、自分のグラブ持っていこうかな》


 蘇る手の感触。心臓の鳴る音も大きくなる。加えていつの間にか、私は口元を大いに緩ませていた。


「ふふっ。楽しみ」


 私は枕の横に置かれたぬいぐるみの頭を撫でる。これは中学生の頃、あっちゃんたちとゲームセンターで遊んだ時に獲ったもので、名前はエレという。何故その名前なのかは分からない。皆がやっているのに乗せられて、何の気無しにやってみたらゲットできてしまった。けれども両耳に生えた細く黒い角や、斑点のある尻尾のデザインが可愛らしくて、とても気に入っている。


《お、それは楽しみ。じゃあお昼ご飯食べたら、今日と同じく校舎裏に集合ね》


 真裕ちゃんからメッセージが返ってきた。私は《了解》と送り、起き上がってクローゼットを開く。


「よいしょ」


 一番下の段に無造作に並べられたいくつかの鞄。その奥に転がっている一つの袋に、ソフト部で使用していたグラブが入っている。私はそれを引っ張り出し、左手に嵌めてみる。使うのは約半年ぶりくらい。何度か閉じたり開いたりしてみるが前より固くなっており、明るい黄色の塗料も若干()せている。


「こんなんじゃ、真裕ちゃんに見せるの恥ずかしいなあ。オイル塗っておこ」


 私は同じ袋からオイルを取り出し、久々にグラブの手入れを行うことにする。現役時代の記憶が、沸々と頭の中に思い浮かんでくる。


「懐かしいなあ。……これくらいなら、やっても良いよね」


 人差指を用いて、オイルを付けたタオルをグラブの背面になぞらせていく。そんな私の様子を、壁にもたれかかったエレはじっくりと見つめていた。




See you next base……


WORDFILE.13:校舎裏


 亀ヶ崎高校の校舎裏は至って普通であるが、すぐ外には田んぼや畑が広がっている。金網で仕切られているだけなので外からは丸見えで、あまり閉塞感は出ていない。地面はアスファルトが敷かれており、部活動のランニングや筋トレに使われることもしばしば。

 定期的に秘密の告白が遂行されているどうかは現在調査中。


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