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ベース⚾ガール!  作者: ドラらん
第二章 初試合!
26/181

25th BASE

執筆中は音楽を聞きながら進めています。周りの音をシャットアウトするためです。ただ集中している時は良いのですが、疾走感のある曲が流れてそれに乗ってしまうと、進めるスピードが格段に落ちます(笑)。

 試合は九回裏に移る。点が入っても入らなくても、これが最後の攻防となる。真裕はマウンドへと向かう途中、すれ違った晴香に一声掛ける。


「晴香さん、ありがとうございました」 

「いえ、それが私の役割だもの。残りは頼んだわよ柳瀬さん。勝ち越せなかったのは残念だけれど、この回を抑えて引き分けに持ち込みましょう。センターに打たせてくれたら、全部アウトにするわ」

「はい、お願いします!」


 晴香の一打で真裕は息を吹き返した。加えて丈の投球を見たことで心を強く刺激され、気力も充実している。


(椎葉君の球、凄かったな。私もいつかあんなピッチャーになりたい)


 先ほどまで丈が投げていた場所に、真裕は足を踏み入れる。漂う彼の残り香は、真裕に更なる力を与える。


 この回の男子野球部の攻撃は、先頭バッターの米野の代打として松川(まつかわ)が右打席に入る。しかし……。


「ストライク、バッターアウト!」


 三振。最後は高めのストレートに空振りを喫する。前の回と比べて、真裕のボールは明らかにキレと球威を増していた。


(練習で打つボールよりも遅いはずなのに、どうして当たらないんだよ?)


 三振した理由が分からず、不思議そうな表情で松川はベンチに帰っていく。代わって打席に向かうのは、一番に返って碧来だ。


(松川の奴、タイミング合ってなかったな。あの球速で振り遅れるってことは、手元での伸びが良いってことか?)


 碧来がバットを構える。真裕たちにとっては、ここが最大の難所と言えるだろう。碧来を打ち取ればゲームセットまで残りワンナウトとなる。だが出してしまえば、四番の北条の足音が聞こえてくる。

碧来(この人)のバッティング、ベンチで見ていて本当に綺麗だった。タイミングを外されてもフォームが崩されない。心して掛からないと)


 真裕は神経を尖らせる。前歯の前に僅かに溜まった唾を呑み込みながら、優築からのサインを待つ。


(厄介な打者に回ってきた。だけど今の真裕の球威なら、力で押し込めるかもしれない)


 初球、真裕はインコースへのストレートを投じる。碧来は果敢に打ちに出る。


「ストライク」


 バットは空を切った。すかさず碧来はキャッチャーミットの位置を確認する。


(内角ベルト付近の真っ直ぐか。引っ張りに行ったけど、これでも振り遅れてるんだな)


 二球目、真裕は外角を攻める。碧来は一度打ちにいこうとしたものの、際どいところだったためバットを止める。


「ストライクツー」

(え、そこ取っちゃうの? 厳しくない?)


 碧来は不満を口に出しかけたが、心の中で留める。これでツーストライクとなる。

   

 一球ボールゾーンに逃げるカーブを挟み、次が四球目。バッテリーはインコース高めのストレートで打ち取りにいく。


「うお!」 


 碧来は(はら)うようなスイングでバットに当てる。三塁側へのファールとなった。


(あっぶね。前のカーブに引きずられたわ)

(当てられたか。でもタイミングは崩してる。真裕、この球で仕留めに掛かりましょう)

(分かりました)


 優築のサインに真裕が頷く。グラブに隠れた右手が、ほんの少し動いた。


(これで打ち取る。集中しろ)


 真裕が足を上げ、碧来への五球目を投げる。ボールはアウトコース低めへ。二球目よりも少々甘いが、これはバッテリーの狙い通りだ。


(アウトコース良いとこ。けど打てる)


 碧来はバットを出す。その瞬間、ボールの軌道が変わった。ツーシームである。


(……しまった。でもどうしようもない。そのまま振り切る!)


 ボールがバットの下に引っかかる。打球は三遊間へのゴロになった。しかし、飛んだコースが良い。


「ショート!」

「抜けろ!」


 投手と打者、二人が同時に転がる白球に向かって叫ぶ。ショートの風は目一杯グラブを伸ばして飛びつく。

 だが打球はグラブを嘲笑うかのように通り過ぎ、レフトへと転がっていく。ヒットだ。


「おし!」


 碧来は一塁を大きく回ったところでストップ。サヨナラのランナーが出塁する。


「くう……」


 打球の行方を見ながら、真裕は歯を(きし)ませる。心臓が、(いや)な高鳴りを起こし始める。


 続く真田が送りバントを決め、ツーアウトとしながらもランナーが二塁へと進む。最後の最後で、最大の山場がやってきた。


 ()しくもここで打席が回ってきたのは、四ノ宮に代わって三番の打順に入っていた丈。彼にとって、同点打を献上した借りを返す機会が巡ってきたのである。亀ヶ崎の内野陣はタイムを取り、一回マウンドに集まる。


「椎葉君、ピッチングは凄いけど、バッティングはどうなんでしょう?」


 グラブで口元を隠して様子を覗う杏玖に続き、全員が丈の素振りに注目する。一見したところスイングは鋭く、打者としてもセンスを感じさせる。良いピッチャーはバッティングも良いと言われるが、彼もそれに該当するのだろうか。


「ま、バッテリー(ふたり)は気楽に行きなよ。打った後のことは私たちに任せて」


 自分のところに打たせろと言わんばかりに、光毅はグラブで自分の胸を叩く。


「そ、そうだね。一応三盗だけは警戒しておこう。私ができるだけ釘を刺しておくけど、真裕ちゃんもちらちらとで良いからランナーを見ておいてね」

「はい、風さん」


 各々の役割を再確認する選手たち。最後に、内野の中心を担う風が(まと)める。


「よし。じゃあ皆、最後まで集中を切らさずにいこう!」

「おー!」


 それぞれがポジションに散っていく。ただ優築だけはホームに戻る前、もう一言真裕に声を掛ける。


「そうだ真裕」


 優築が右手を差し出す。


「えっと、その手は?」

「良かったら私の手を掴んで。瞑想をやる時みたいに。少しは和らぐと思うから」

「ああ、なるほど。ではお言葉に甘えて」


 真裕は優築の手を握る。優築もその手を握り返す。


(優築さんの手、何かとっても柔らかい。ふにふにしてて気持ち良い)


 優築の手の温度の方が、真裕のよりも若干温かい。その熱量は繋がれた腕を介し、真裕にも分け与えられる。彼女の感じていた厭な胸の高鳴りが、段々と小さくなっていく。


「へへっ。ありがとうございます。大分落ち着きました」

「そう。それは良かったわ」


 真裕が笑顔で礼を言うと、それに反射して優築の頬も仄かに緩む。


 体勢は整った。真裕はロジンバッグを中指と人差指の先に付け、打席の丈と対峙する。再び加速する心臓の鼓動。けれどもこれは、とても心地良いものだ。


(打たれたらサヨナラ。久しぶりに登板した試合で、こんな痺れるところまで行くなんて。何か楽しくなってきちゃった)


 腹の底から沸々と湧き上がる熱情に、真裕は思わず口角を上げる。その表情が、打席に入った丈の目に一瞬だけ映った。


(あいつ笑ってんのか? この状況でよくできるな。でもそんなの関係無い。打たれた分を取り返す!)


 丈の目つきが一段と鋭くなる。真裕も今一度口元を引き締め、セットポジションに入る。


(サインは真っ直ぐか。細かいコースは気にせず、とにかく腕を振ろう)

(初球は真っ直ぐに張る)


 真裕が投球動作を開始する。刹那、グラウンドは時が止まったかのような静寂に包まれ、緊迫感が頂点に達する。


(打てるものなら、打ってみろ!)

(絶対に打ってやる!)


 指先に自身の全体重を乗せ、真裕は全力のストレートを投げ込む。丈はフルスイングで応戦。真っ黒なバットがけたたましい音を鳴らし、芯でボールを捕まえる。


「あ!」


 強烈なライナーがセンターに向かって飛ぶ。


 ヒットだ。


 サヨナラだ。


 見ていた誰もが、そう思った。


 だが突如、グラブの革を打ち付ける痛快な音が青空にこだます。白球は、真裕が頭上に差し出したグラブに収まっていた。


「ア、アウト! ゲームセット」


 試合終了。最後は、ピッチャーライナーという形で幕を閉じた。


 打った丈も、捕った真裕も、暫しの間その場に立ち尽くす。目が合う二人。互いに何か言葉が出かけた。しかしそれを喉の奥に沈め、ホームに集まってきたチームメイトと共に整列する。


「ありがとうございました!」


 高く伸びやかな声と、低く野太い声が再び交差する。スコアは二対二。真裕たちの高校最初の試合は、両者譲らず引き分けという結果に終わった。



See you next base……


WORDFILE.8:引っ張りと流し打ち


 打者が自分の体の方向(右打者ならレフト、左打者ならライト)に打球を放つことを「引っ張り」、反対方向(右打者ならライト、左打者ならレフト)に打球を放つことを「流し打ち」という。

 基本的に引っ張った方がボールを遠くに飛ばしやすいが、流し打ちにはボールを比較的長い時間見ることができるという利点がある。インコースのボールに対して引っ張り、アウトコースのボールに対して流し打ちと使い分けることが多い。しかし、打者によっては飛距離を出すためにアウトコースを引っ張ったり、インコースでも流し打ちでヒットを量産したりする。どちらも高等技術が必要であり、こうしたバットコントロールは「芸術的」と評されることもある。


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