24th BASE
小説はいつもパソコンで作成していまして、今の物はもう購入してから六年目になります。同じ機種を使っていた友人は四年で壊れたりしているので、そろそろ限界なんじゃないかと恐々としております(笑)。
一応データだけはこまめにバックアップを取っていますが、買い替えられるようになるまで何とか踏ん張ってほしいところです……。
「……えっと、ピッチャー交代……なんだよね?」
「そうみたいね。剣が峰に立たされて、真打登場ってことかしら」
丈の登板に、玲雄や晴香たち女子野球部側も大きなインパクトを受けているようだ。ナインが彼の投球練習をまじまじと見つめる。
右腕から放たれる白球が、キャッチャーミットまで引かれたか細い線を貫いていく。閃光のような煌きと、一瞬にして耳を通り抜ける澄み切った音色。場の人間全てを魅了するその直球には、椎葉丈の持つ天賦の才が凝縮されている。
「おお……」
噂の大型ルーキーを目の当たりにし、同じ一年生の真裕は全身を震わせる。驚愕、恐怖、熱狂、幸甚、その他多様な感情が、彼女の体内を駆け巡っていた。
しかし感心してばかりいられない。女子野球部は点を取られなければ負けてしまう。少なくとも三塁ランナーの光毅を還せるよう、丈のボールを打ち返さなければならないのである。
「ボールバック!」
丈の投球練習が終わった。風は間近で見た球筋を頭の中で再生しながら、打席に入る。
(間違いなく真っ直ぐで押してくる。いくら速くたって、当てるくらいはできるはず。初球から振っていこう)
一球目。サインに頷き、ランナーを一瞥した丈が足を上げる。誰も真似できそうにない、力感の抜けきったフォーム。彼はリリースの瞬間だけ力を入れ、しなやかに腕を振る。外角へのストレートだ。
(真っ直ぐ。振らな……)
「ストライク」
「え?」
風はスイングを試みたはずだった。しかしグリップエンドは、バットを振り出した位置からほとんど動いていない。振れなかったのだ。彼女がバットを出そうとした時点で既に、ボールは小谷のミットに収まっていた。
(ぜ、全然間に合わなかった。もっと早く始動しないと)
風はバットを一握り余す。彼女の首筋に、多量の汗が浮かび上がる。
二球目。またもやストレート。しかも一球目とコースはほぼ変わっていない。風は今度こそスイングができたのだが……。
「ストライク」
当たらない。全くもって振り遅れてしまっている。
「くっ……」
風の顔が強張る。自分よりも二学年下であるはずの丈の存在感に、彼女は圧倒されていた。
そして三球目。今度も、球種とコースは同じ。風は必死に食らいつこうとバットを振る。
「ストライク、バッターアウト」
ボールはバットに掠りもしない。三球三振だ。丈の直球に手も足も出ず、完膚なきまでに叩きのめされた。
「あー……」
女子野球部ベンチから溜息が漏れる。風のバットコントロールはチームでも随一。にもかかわらず、何もすることができないまま牛耳られた。沈鬱な空気が、選手たちにのしかかる。
ツーアウトを取られ、これで本当に後が無くなった。ここで打席が回ってきたのは三番、主将の晴香だ。
「は、晴香さん、頼みます」
真裕は祈るように喉元から声を絞り出す。けれども暗くなったベンチのムードは好転しない。晴香はそれに危機感を抱く。
(まずい。風の三振で皆、かなりダメージを受けてしまったようね。このまま試合が終わってしまったら、今後にも影響が出かねない。キャプテンとして、ここは絶対打たないと)
晴香は一旦、バッターボックスの手前で立ち止まる。それから瞼を閉じ、バットのグリップを強く握りしめた。
(……午後特有の、どこか間の抜けたような空気感。温かいわけでもなく、冷たいわけでもない。さっき向こう側で鳴っていたのは自転車のベルの音かしら。一人? いや、話し声も聞こえるし、何人かのグループでいる気がする……)
五感が捉える様々な感覚を、晴香はじっくりと想起する。通り過ぎる風が、彼女の静かな鼻息を連れ去っていく。やがて心臓の動きが平穏になり、肩の張りが緩んでいくのを感じた晴香は、目を開け、打席へと入る。
「よろしくお願いします」
崖っぷちに立たされた状況下での初球、真ん中やや低めにストレートが来る。晴香はバットを出した。
「ストライク」
空振り。続く二球目……。
「ストライク」
これまたストレートだったが、振り遅れてツーストライクと追い込まれる。これでもう、一球の空振りも許されない。
「晴香さんでも打てないのかな……」
ベンチで誰かが呟く。不安の募る三球目、バッテリーは遊び球を使わず、三球勝負に来た。威力のある直球がストライクゾーンに向かっていく。晴香はスイングするしか生き延びる道はない。
(当たれ!)
グラウンドに響いたのは、短い金属音。辛うじてボールはバットに当たった。打球が一塁側のベンチの方向に飛んでいく。
「ファ、ファール」
「おお、当てた」
驚く両軍ナイン。同時に、女子野球部のベンチに少しだけ活気が戻る。
「さ、流石晴香さん。次は打っちゃってください!」
「何とか同点に追いつきましょう!」
ただカウントは依然としてツーストライク。厳しい状態は変わらない。
四球目、バッテリーはストレートをアウトコースに外す。晴香のバットは微妙に動きかけて止まる。この反応に、小谷は嫌悪感を覚える。
(うーん……、まじでこの人見えてきてるな。やっぱキャプテンってだけのことはあるのか。慣れてきて打ち返されるのは嫌だし、次の球で終わらせよう)
サインを出す小谷。それに頷いた丈が、セットポジションに入る。
(……ここは、絶対に打たせない!)
丈は心のギアを一段階上げる。微動する彼の喉頭。打席の晴香は、何となくその雰囲気を感じ取った。
(来る……)
運命の五球目。丈は勝負を決めるべく、渾身の一球を投げる。
投じられた白球に対し、晴香がスイングを始める。しかし球種は、ストレートではなかった。
(ん? これは、チェンジアップ!)
晴香の体が前につんのめる。咄嗟に彼女はタメを作って対応する。
(どんなに追い詰められても、私はチームの最後の希望にならなきゃいけないの!)
崩れかけた体勢から踏ん張り、晴香はミートポイントを少し遅らせる。そうしてボールが沈んでくるところを、拾い上げるようにしてバットに乗せた。
「何⁉」
「行け!」
快音を響かせた打球は左中間へ。レフトとセンターが追いかけるも、ボールはその間に弾む。
「おっしゃー!」
光毅は飛び跳ねながらホームイン。打った晴香は二塁へと滑りこむ。起死回生のタイムリーツーベースが飛び出した。
「ナイバッチ!」
興奮を爆発させる女子野球部ベンチからの声に、晴香は軽く手を上げて応える。口元には小さな笑みが垣間見えたが、すぐに真剣な顔つきに戻る。
一方、打たれた側の小谷と丈は、ホームベース付近で揃って歯がゆそうにしている。そんな二人の様子を男子野球部ベンチで見守りながら、大道は打たれた原因を分析する。
(あそこはストレートで押すべきだったな。タイミングもまだ決して合っていたわけでもなく、空振りを取れる可能性は十二分にあった。だが、四球目を見逃されたことでバッテリーに迷いが生じたのだろう。ストレートに絶対的な自信があったが故に、僅かに入った亀裂に敏感になってしまったというところか。まあその辺りは、これから覚えていってもらわないといかんな。とはいっても、糸地もよく対応したものだ)
大道は二塁ベース上の晴香にも目を向ける。その眼差しは、他人からは分からない程度にどこか懐かしそうだ。
(あの時からもう二年が経つのか。初めて見た時からセンスは感じていたが、ここまでの選手に育つとは。これも、木場君の指導の賜物か)
試合は二対二の同点となる。尚も得点圏にランナーを置き、バッターは四番の玲雄を迎える。
(まだ追い越したわけじゃない。延長は無いから、ここで打てなかったら私たちの勝ちは無くなる。四番の仕事、果たしてやる!)
意気込む玲雄。それに負けじと、丈も自らを奮い立たせる。
(くっそ、もう打たせない)
ところが受けたダメージは思いの外大きかった。玲雄への初球、丈は普通に投げたつもりだったが、抜け気味の投球となる。
(ま、まずい!)
(あれ? 思ってたよりも速くない。これなら打てそう)
玲雄は甘く入った球をジャストミートする。痛烈なライナーが、二遊間を襲う。
「セカン!」
髪振り乱し、丈が声を上げる。これが抜ければ女子野球部の勝ち越しだ。セカンドの碧来は、打球目掛けて思い切りダイブする。
「おら!」
何とかグラブの先にボールが引っかかった。勢い余って地面に胸を打ち付けるも、ボールは溢していない。碧来は倒れ込んだ状態のまま、グラブを掲げる。
「アウト!」
スーパーキャッチが飛び出した。丈も思わずグラブで拍手し、碧来を称える。
「ナイキャッチ!」
「しゃあ! こっからサヨナラにするぞ!」
ユニフォームを土で真っ黒にして戻ってくる碧来を、ベンチのメンバーが手荒く出迎える。寸でのところで失点を防ぎ、男子野球部は傾きかけていた流れを引き戻した。
試合は九回裏に突入する。
See you next base……
PLAYERFILE.16:椎葉丈
学年:高校一年生
誕生日:7/18
投/打:右/右
守備位置:投手
身長/体重:174/71
好きな食べ物:アイスクリーム、ストロベリームースケーキ




