23th BASE
私自身、強豪と対戦するのは経験はあまりなかったですが、やっぱり強いチームの選手って醸し出す雰囲気から明らかに違うんですよね。
あういうのって、どうやったら身に付くんだろう……?
九回表のマウンドに上がるのは、男子野球部三番手の米野。前の回から登板している。
(追い越すことができたし、この回を抑えればこっちの勝ちだ。椎葉なんて登板させない。この試合は俺が締めてやる)
米野は入念に足場を整える。先頭バッターである真裕は、自らを鼓舞する大声を張り上げて打席に入る。
「お願いします!」
(私が出れば、逆転だって見えてくる。良い形で光毅さんたちに繋ぎたい)
初球、米野は内角にストレートを投げてきた。真裕は果敢に打ちに出る。
しかしバットには当たらず。続く二球目は外角にスライダーが来る。ストレートにタイミングを合わせていた真裕は思わず手を出してしまい、連続で空振りを喫する。
(追い込まれちゃった。でもここは何としても塁に出なきゃ)
バッティングも苦手ではない真裕。右方向に意識を置き、外に逃げていく球にもついていけるようにする。
だが三球目、男子野球部バッテリーは膝元へのストレートを投じてきた。アウトコースを警戒していた真裕にとって、ここは死角となるゾーンだ。
(そ、そこは……)
咄嗟に対応しようとする真裕だったが、体の反応が追い付かない。スイングすることすらできず、ボールがミットに収まるのを見届けるしかなかった。
「ストライク、バッターアウト!」
あっという間にワンナウトを取られる。打順はトップに返り、光毅にバッターボックスが回ってくる。
「ごめんなさい」
「気にすんな。私が何とかするから」
すれ違う真裕を宥め、光毅が打席へと向かう。今日は一打席目に加え、その後更に二本のヒットを重ねている。
「光毅さん……」
ベンチに戻った真裕は、不安そうな顔を浮かべて光毅を見つめる。いくら三本打っているとはいえ、この場面で出るとは限らない。
「だ、大丈夫だよ」
「え?」
「光毅は打つ。きょ、今日は、そういう日なんだから」
そこへ、たどたどしくも信頼の籠った言葉が聞こえてくる。声の主は、光毅の後を打つ風だ。半信半疑の真裕だったが、風の発言は現実となる。
初球、男子野球部バッテリーはアウトコースのストレートで攻めてくる。ストライクゾーン一杯のボールで、打つのは至難の業だ。ところが光毅は、それを物ともしない。
(へへへ。今日はボールがよく見える!)
光毅は真芯で打ち返す。鋭いライナーがセカンドの上を越え、右中間を割っていく。
「おお!」
自慢の快足を飛ばして光毅は疾走する。一気に二塁まで到達したが、外野はまだやっとボールに追いついたところだ。
(これはもう一つ行ける!)
光毅は二塁ベースも蹴った。ボールが中継に入った碧来から、サードに送られる。しかし光毅はそれよりも早く三塁ベースに到達。三塁打となる。
「しゃあ!」
雄叫びを上げながら、光毅はベース上で手を叩く。ワンナウトランナー三塁。土壇場で大チャンスが巡ってきた。
「すごい! 本当に打った!」
見事な一打に、真裕の声にも活気が戻る。同時に女子野球部ベンチの士気も上昇する。
「風、絶対還してよ!」
光毅からの声に頷いた風が、ネクストバッターズサークルを立ち上がる。だがここで、まさかの出来事が起こる。
「タイム」
風との対戦を前に、キャッチャーの小谷はマウンドに駆け寄り、一回間を取る。
「コースは悪くなかった。あれはバッターが上手く打ったよ。ランナー三塁だし、さっさと切り替えてゴロを打たせにいこう。良いボールは来てる。きっと抑えられるさ」
「ああ、分かった」
米野を励ましつつ、小谷は対策を練る。すると突然彼の身体が何かの気配を感じ取る。
「ん?」
小谷の首は無意識にそちらの方へ動く。その先にはなんと、こちらに向かって悠然と歩いてくる丈の姿があるではないか。
「え、ええ……?」
グラウンドにいたほとんど全員が状況を把握できず、何も言わずに傍観している。というよりも、丈の纏う覇権的なオーラが、誰一人言葉を発することを許さなかった。
「俺が投げる」
マウンドに来た丈は開口一番、小谷と米野の二人にそう言い放つ。頭が真っ白になりかけていた小谷だったが、瞬時に我に返った。
「い、いや待てよ。お前は今日投げる予定じゃないだろ。それに監督だって、投手交代なんて告げてないぞ」
「関係無い。ここは俺が抑える」
選択の余地など与えないと言わんばかりの、丈の尖った目つき。気圧されてしまった小谷は慌てて自軍のベンチを見る。大道は仕方無く小谷を自分の元へと呼ぶ。
「あの……」
「分かっとる。どうせ、ここは俺が抑えるというようなことを言っとるんだろ」
「はい……」
腕組みをしつつ、口を真一文字に結ぶ大道。長い間監督を務めているだけあって、その辺りの監督よりも飛び抜けて貫禄がある彼だが、立ち上がるとその迫力は更に増す。小谷の表情も強張り、とりあえず余計なことは言わないようにと口を噤む。
「ふん、まったく世話が焼けるな」
大道はそう言葉を溢す。本音としては丈を投げさせたくない。だが彼がブルペンで投球練習を始めた時点で、こうなることは予測していた。それがチームにとって、丈自身にとって良いことかどうかを考えた上で、大道は決断を下す。
「小谷」
「はい」
「ピッチャー交代だ」
「え……」
「ピッチャーに椎葉を入れ、四ノ宮に代わって米野をファーストに回す。良いな?」
「は、はい。分かりました」
小谷は瞠目しながら返事をする。この時彼は、自分の胸が焼けているのではないかと錯覚を起こすくらい、熱くなっていくことに気付く。小谷もまた、碧来と同じように丈が投げることを切望していたのだった。
「椎葉を出すからには点を取られるわけにはいかん。きっちりとリードしてくれ」
「はい!」
小谷は駆け足でマウンドへと戻っていく。その顔の中に、真っ白に輝く歯を捉えることができた。
「球審、ピッチャー椎葉に交代します」
「え? 俺交代なの?」
「ああ、お前はファーストに入ってもらう」
「はあ? ちっ……」
米野は明らかに不満そうな顔をする。しかし監督が言った以上、逆らうことはできない。
彼は渋々、グラブを取り換えにベンチへ戻る。
「さてと、じゃあそういうことなんで、頼みますよ大エースさん」
「当たり前だし」
丈は小谷からボールを受け取る。
思わぬ形ではあるが、男子野球部の大型ルーキーが今、ベールを脱ぐ。
See you next base……
PLAYERFILE.15:小谷勇輝
学年:高校一年生
誕生日:4/23
投/打:右/右
守備位置:捕手
身長/体重:166/58
好きな食べ物:味噌カツ、どて煮




