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ベース⚾ガール!  作者: ドラらん
第十二章 上手くなりたい!
180/181

177th BASE

お読みいただきありがとうございます。


次回で最終回となります。

 ふと開いたスマホには、十六時三五分と表示されていた。試合が終わったのが十四時くらいなのでもうちょっと早く帰ってこられると思ったが、電車の乗り継ぎが上手くいかなかったこともありこの時間になってしまった。


 今の私は京子ちゃんたちと別れ、一人で家までの道を歩いている。解散後、杏玖さんたちと一緒に次の試合を観ていくか迷っていた私たちだったが、結局それはせずに帰ることにした。紗愛蘭ちゃんのテンションがこれまで見たことないくらいどん底まで落ちており、試合観戦をしている場合ではないと感じたからだ。無論、四打席連続三振を喫したともなれば誰だってそうなる。それに帰宅時間を考えると、この判断で正しかった。


「……ただいま」


 家に到着。ただし玄関には鍵が掛かっている。今日は家族全員予定があると言ったので、外出しているのだろう。


「えっと鍵は……あれ? 無い……」


 私は鍵を出そうと鞄の中を探ってみる。しかし見つからない。そういえば今朝家を出る際、居間の机に置いたまま持ってくるのを忘れたのだった。このままでは家に入れない。


「やっちゃったあ……。まだ誰も帰ってもこないよね……」


 試しにお母さんたちにメッセージを送ってみるも、音沙汰無し。ここで待っていても仕方が無いので、私は気晴らしに家の周りを散歩することにした。


「はあ……」


 赤焼けの空に向けて、私は深い溜息を飛ばす。気晴らしと言っておきながら、さっきから頭に浮かぶのは試合のことばかり。本当に今日は感嘆の連続だった。


 社会人チームのレッドオルカを相手に、私は六回を投げて五失点。先発投手として試合を作れたとは言えないものの、体感的にはよくこれで収まったとも思う。監督にも一定の評価をされたし、試合が終わってからは杏玖さんや優築さんが労ってくれた。

 ただし京子ちゃんの好守を筆頭にバックの助けが無ければ、もっと点が入っていただろう。それこそ五回でコールドになっていてもおかしくなかった。私のピッチングは、それだけレッドオルカ打線に歯が立たなかったということだ。


 自分で言うのも烏滸(おこ)がましいが、私は夏休みからここまでの間に着々とレベルアップしている。決め球のスライダーを覚え、夏大で出た課題を克服できたことが何よりの成果だ。今回の試合でも、そのスライダーで多くの打者を打ち取ることができた。

 しかし四番の城さんに決勝ホームランを打たれた一球もスライダーだった。決して失投ではなかった。優築さんの要求したコースに大方投げられていたし、城さんに満足なスイングをさせなかった。だからあの場面、私は自分のできることを全てやった。それでも打たれた。理由は単純明快。私に城さんを抑えられる力が無いからだ。


「はあ……」


 私は再び溜息を漏らす。プロ野球や甲子園大会では、真っ向勝負を挑んで敗れた投手がよく「悔いは無い」と述べている姿を目にする。けれどもそんなのは大体が詭弁だ。だって今の私が、こんなにも悔しい思いをしているのだから……。 


「……もっと、上手くなりたい」


 足を動かすのを止め、右の拳を握りしめる。胸の奥から猛烈に昇ってくる激情が涙を誘ってきたが、私は唇を噛んでぐっと堪える。もう負けて泣くことはしまいと、あの日心に誓ったのだ。


「お、柳瀬じゃん」

「え?」


 すると背中越しに、聞き慣れた男子の声が私を呼ぶ。咽びそうな喉元を強引に呑み込み、もしやと思って振り返った先にいたのは、やはり椎葉君だった。


「あ、椎葉君。ここで何してるの?」

「え? あ、ああ……。ランニングしてたんだよ。今日は練習が休みだったんだけど、何にもしないのはどうも落ち着かなくてな。それで走ってたんだ」


 私の質問に、椎葉君は首筋の辺りを掻きながら答える。もしも彼の家からここまで来ているのだとしたら、かなりの距離を走ってきたということになる。それを証明するかのように、短く切られた髪の毛には多量の汗が光り、着用しているウェアも所々濡れている。


「柳瀬は部活から帰ってきたとこ?」

「そう。今日はね……、試合だったの……」


 私は無意識に視線を落とす。そこで椎葉君は大概のことを察したみたいだ。


「そっか……。なあ、時間があるならで良いけど、ちょっと二人で話さね?」

「うん、しよしよ。だけどそっちは大丈夫なの? こっちまで走ってくるのに結構疲れてるんじゃない?」

「俺は大丈夫。というかそろそろ休憩挟みたかったところだし。まあ、良いことあったから疲れなんて吹っ飛んだけどな」


 椎葉君は後頭部で手を組み、豪快に白い歯を溢す。彼がこんなにも笑うのなんて珍しい。暗澹(あんたん)としていた気分が、少し和らぐ。


「へえ、良かったね。どんな良いことがあったの?」

「それは……、内緒」

「えー。何それ」


 私は残念がって口を膨らませる。椎葉君をここまで嬉しくさせるものが何なのか知りたかったが、それはまたの機会に聞こう。


「まあ良いや。立ち話もなんだし、海の方に行こっか」

「ああ、分かった」


 周辺に落ち着いて休めそうな場所が無かったので、家の近くにある海浜緑地へと移動することにする。この時間帯は人がほとんどおらず、まったりと話すにはうってつけの場所だ。


 私は椎葉君を連れ立つ。後ろから伸びる彼の影に自分の影を覆われ、心臓が一瞬縮こまったような感覚を覚える。それに対して私は、安心感とちょっとの緊張感を交差させていた。



See you next base……



★おまけ★


『今日の椎葉君』


 早朝、某大手チェーン珈琲店にて。休日ということで家族連れも多く、若干の騒がしさがある中、椎葉丈は一人で朝食を取りにきていた。


「ご注文は何になさいますか?」

「えっと……。アイスココアで」

「かしこまりました。この時間帯は無料でモーニングセットが付きますが、どれにいたしましょうか?」

「ああ……」


 種類は三つ。トーストと何をセットにするかだ。A.ゆで卵、B.卵ペースト、C.小倉あん。悩ましいところだが、丈の選択は決まっていた。


「じゃあCで」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 店員が厨房へと戻っていく。手持ち無沙汰の丈は気まぐれに店内を見回してみる。すると、向かい側の席の女性グループが食べているものに目が止まった。


(あ、あれは……)


 サクサクふんわり焼かれた真ん丸のデニッシュパンに、たっぷりのソフトクリームが乗せられている。更にその上から、黄金色のはちみつが満遍なく振りかけられる。この店の看板商品であり、甘党の丈も大好きな一品だ。


(駄目だ駄目だ。そんなに甘いものばっかり食べたら体が鈍っちまう。我慢しないと……)


 そう自分に言い聞かせる丈。その一方で彼の視線の先では、グループの一人がフォークを使って齧り付こうとしていた。

 三角形に分割された一切れの先端に、はちみつと溶け気味のソフトクリームが染み込んでいる。ここが一番美味しい場所だ。丈は思わず出そうになった涎を飲み込む。


(美味そう……。ミ、ミニなら……)


 丈の右手が手元の呼び鈴に伸びる。甘い誘惑VS豪速球エース。天下分け目?の決戦が始まろうとしていた……。



※結果は皆さんのご想像にお任せします。


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