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ベース⚾ガール!  作者: ドラらん
第十二章 上手くなりたい!
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176th BASE

お読みいただきありがとうございます。


テレビで見たのをきっかけに逆腹筋トレーニングに取り組むこと一週間、見事に2キロ痩せました!


「集合!」

「はい!」


 全員が移動してきたのを確認し、亀ヶ崎はミーティングを行う。監督の隆浯は選手たちを日陰に座らせ、その前に立って話し始める。


「お疲れさん。追い付くまでは良かったが、そこから粘れなかったな。俺も良い策を思い付けなかった。力足らず勝ちに導けなくて本当に申し訳ない……」


 隆浯は慙愧(ざんき)の念を滲ませる。彼も今日の試合では自らの技量の無さを身に染みて実感していた。けれども悔しがってばかりではいけない。この試合を通じて出た課題をチームの今後に活かせるようにすることが指導者としての責務である。


「全体的な総括をすれば、皆よく頑張ったと思う。守備では真裕と優築を中心に、最後まで集中を途切れさせずに守り切ってくれた。攻撃の方は劣勢でも諦めず、ワンチャンスを活かして同点にしてくれた。特に京子と珠音の二人は本当によくやってくれた。自信にしてくれ」

「はい」

「は、はい……」


 目を見張る活躍をした京子と珠音を、隆浯は名指しで称賛する。引き締まった返事をする珠音とは対照的に、あまり公の場で褒められ慣れていない京子は嬉しいと感じながらも、顔を赤らめて恥じらう。


「ただ残念ながら、俺たちは勝てなかった。チームが持てる力を発揮したのにも関わらずな。これはどういうことか。つまり俺たちの今の実力が、この程度ってことなんだ」


 隆浯の口から放たれた(げん)たる事実が、ナインの胸を突き刺す。しかし試合に出ていた者の多くはこのことを肌で感じており、必死に個々で消化している最中だった。


「ではレッドオルカとの力の差を埋めるにはどうしたら良いだろう。それはもう練習を積むしかない。勝つための思考力を養って、心身を鍛えて、そして技術を磨く。それをとことん繰り返して力を付けていくんだ」


 結局のところ、行きつく答えはシンプルである。実力勝負で負けた以上、一人一人が上手くなるために努力し、地道にチーム力を向上させていくしかないのだ。それこそ、亀ヶ崎高校の今後の命題である。


「夏休みを経てお前たちはかなりレベルアップした。これからはそれを土台として、どんな相手にも勝てるチームを作っていくんだ。東海大会が終わり、次に迎える大きな大会は春の選抜。もちろん狙うのは、夏の大会で成し得なかった全国制覇だ。来月になれば一気に寒くなってきて、皆にとっては一番辛く感じる時期に入っていく。走り込みなどのメニューも徐々に増やしていくことになると思うが、互いに支え合って強くなっていこう!」

「はい!」

「では今日はこれで終了にする。次の試合を観ていきたい者は残っていってくれて構わない。ただし明日も練習はあるから、その点は留意しておけよ」

「ありがとうございました!」


 締めの挨拶をし、解散となる。杏玖たち二年生組の多くが次戦を観戦すべくスタンドに入っていく一方で、真裕たちはどうするか決めかねていた。


「私たちはどうしよっか。試合観てく?」

「ウチはどちらでも。真裕が一番疲れてるだろうし、そっちに従うよ」

「私も真裕に任せるよ。今日は全く働いてないから、何か言える資格無いしね」


 京子と祥は真裕に判断を委ねる。真裕としては試合を観たい気持ちはあるものの、明日以降に備えての休息も必要なので、悩ましいところだ。そこで彼女は紗愛蘭に意見を伺ってみる。


「ねえ、紗愛蘭ちゃんはどうしたい……って、あれ?」


 ところがその紗愛蘭の姿が見当たらない。いつの間にか消えていたみたいだ。鞄は近くに置きっ放しなので、そう遠くへは行っていないと思われる。


「どこ行ったんだろう? トイレかな」


 真裕の予想は正解だった。紗愛蘭は仲間から離れてトイレに籠っていた。ただし呑気に花を摘んでいるのではない。止め処なく湧き上がる悔しさに、彼女は一人で身を震わせていた。


「……くそっ!」


 個室に入ってドアを閉めるや否や、紗愛蘭は左拳で壁を強く殴打する。他者を驚かせそうな大きな音が響くも、幸いトイレの中には誰もいない。というより、彼女は敢えて孤独になれる場所を選んでいた。

 今日の紗愛蘭は四打席に立ち、いずれも為す術無く三振に倒れた。一番打者としての役割を果たせなかったどころか、何一つ明るい要素を得られぬまま終わったのだ。


 かといって、負けた責任が紗愛蘭にあるわけではない。道蘭も言っていたように、彼女が一本でもヒットを打っていたからといって、レッドオルカの勝ちは揺るがなかったかもしれない。ミーティングでも出たが、亀ヶ崎は総合力で劣っていたのである。しかし紗愛蘭ほど責任感のある人間なら、どうしても自分の中に敗戦の原因を探ってしまうもの。実際に彼女には、これで負けたのではと思うシーンが一つあった。


 それは最後の打席、スリーボールワンストライクからの五球目を見逃したことだ。後になってよくよく思い返せば球威もそれほど感じられず、手を出すべきボ―ルだった。それまで三打席連続三振を喫していることで弱気になり、紗愛蘭は打ちにいくよりも四球が取れる可能性に縋ったのだ。それが勝敗を決定付けた一球とも気付かずに……。


 あの時キャッチャーの道蘭が吐息を漏らした意味。それは勝ちを確信した安堵感と、勝負所で怖気づいた紗愛蘭への失望の表れだったのである。

 紗愛蘭は城が次に投じた力の籠ったストレートに空振りし、三振でゲームセット。最終打者となった。


「どうして……、どうして振らなかったんだよ! 何をビビってるんだよ! そんなんで全国制覇なんてできるわけないだろ!」


 紗愛蘭は声を荒げ、情けない自分に怒りをぶつける。こんなにも彼女が感情的になったのは初めてだ。その目には数滴の雫が浮かんでいるが、それが涙なのか汗なのかはこちらからは判別できない。

 だがここでどれだけ後悔しても、自らを叱っても、結果が覆るわけではない。野球選手には敗北を乗り越え、前へと進む選択肢しか与えられていないのだ。


 それから暫くして落ち着きを取り戻した紗愛蘭は、ふと言葉を溢す。


「……もっと、上手くなりたい」


 今日の紗愛蘭を総括するとすれば、この一言に尽きるだろう。紗愛蘭だけではない。亀ヶ崎の選手全員の総意である。


 圧倒的な戦力を有するレッドオルカとの一戦は、新チームを迎えたばかりの亀ヶ崎に激震を齎した。けれどもここから這い上がってこそ、彼女たちは本物の強さを手に入れられる。日本一への道のりは、まだまだ遠い――。



See you next base……

WORDFILE.69:最終打者


 文字通り試合の最後の打者。基本的には負けた瞬間に打席に立っているわけなので打者にとって屈辱的なことではあるが、サヨナラ打を放った場合は至高の喜びに変わる。

 なお牽制死や盗塁死などで決着が付いた場合は打席が完了しないので、最終打者は記録されない。


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