168th BASE
お読みいただきありがとうございます。
お盆も今日で終わりですね。
ゆったりとした時間を過ごした方も、忙しい時間を過ごした方も、気持ちをリセットして残りの夏を乗り切りましょう!
《四番ピッチャー、城さん》
城への一球目。バッテリーは引っ張られるのを避けるため、アウトコースのストレートを用いる。しかしそれを城も把握済み。彼女は腕を伸ばし、強引に一二塁間へと打ち返す。崩れたバッティングになったとはいえど、打球に力強さがあった。
「セ、セカン!」
真裕が振り向き様に声を上げるも、打球はゴロで愛の右を抜け、ライトへ転がる。二塁ランナーの和泉は紗愛蘭の肩を警戒して三塁で止まった。レッドオルカは着実にチャンスを広げる。
《五番キャッチャー、道蘭さん》
続いては五番の道蘭。この試合ノーヒットだが、さっきの珠音の一打に触発されいるので、この打席は十分に気を付けなければならない。
「内野バックホーム! 京子だけは中間守備ね」
優築の指示を聞いて内野陣が前に出る中、京子だけは二塁ベースの左に陣取る。これは一塁ランナーの城を自由に走らせないためだ。
「真裕、ボ―ルの勢いは衰えてないから。これまで通り攻めていくよ!」
「はい!」
真裕は優築の言葉に威勢良く応答し、セットポジションに入る。ピンチではあるが浮足立ってはいない。
(何だかんだここまで通用してるんだ。だから自分の力を信じて投げ込んでいこう。気持ちだけは負けちゃ駄目だ)
一球目。真裕はインコースに直球を投じる。強気の配球に道蘭は虚を衝かれ、バットを出せずに見逃す。判定はストライクだ。
(なるほど。このピンチでも動じていないわけか。高校生にしてはタフな心を持ってるようだ。けどそれを打ち砕いた時、私たちは一気に優位に立てる)
二球目は内角から入ってくるカーブ。道蘭は打って出るもタイミングが早く、打球は三塁側のファールゾーンに大幅に外れる。これで亀ヶ崎バッテリーが追い込んだ。あとはどう仕上げをするか。優築は策を練る。
(素直にスライダーで振らせにいくのも一つの手だけど、流石に読んでくるはず。見極められる可能性も高い。だったらその裏を掻きたい)
サイン交換が終わる。対する道蘭も優築たちの思考を読み解こうとしていた。
(このピッチャーの決め球はおそらくスライダー。三振を取りたいところだし、組み立てを考える立場としてはどうしても使いたくなる。けどこのキャッチャーはきっとそんなに素直なタイプじゃない。どこかで捻りを入れてくる気がする。だから一球真っ直ぐで際どいコースを突いてくるんじゃないだろうか。ここまで内が二球続いてるし、今度は外に行くと見た)
真裕が投球モーションに入る。三球目、バッテリーが選択したのは、初球と同じくインローへのストレートだった。
(また内角か……。だけど球種が合ってれば対応はできる)
道蘭は右足を引きながらスイングする。これによってボールが手元に来るまでに僅かな間を作り出せるのだ。そのおかげで差し込まれることなく、彼女はマウンド方向へとコンパクトに打ち返す。
(よ、読まれた。真裕捕って!)
優築の願いも虚しく、打球が真裕の真下を潜る。そのままセンターに抜けていきそうだ。
「オーライ」
しかしそこに京子が割って入り、半身の体勢で捕球する。一人だけ後ろに守っていたことが吉と出た。
(ホームに投げても多分間に合わない。とすればウチが今できる最善のプレーは……)
京子は捕った流れで二塁ベースを踏んだ後、一塁へとボールを送る。どちらもアウトとなり、ほぼ一人で併殺を完成させた。ヒットになると確信して走っていた道蘭は、駆け抜けた先で思わず唇を噛む。
(く……、またあの子か。仕方が無い。一点入っただけでも良しとするか)
この間に和泉がホームインし、レッドオルカは追加点を挙げた。亀ヶ崎にとって手痛い一点が入ったが、ひとまず京子の好守で大きな傷を負わずに済んだと捉えるべきだろう。点差は開いたもののまだ二点。逆転不可能ではない。
「ツーアウト! ピッチャー、ランナーいなくなったし、次で締めて攻撃に繋げよう」
「分かった。ナイスショート」
京子と真裕は三度言葉を交わす。普段はあどけない声をしている京子だが、今日はとても凛々しくなっている。心の成長が表面化してきているという証だ。真裕もうっすらとそのことを感じ取っていた。
(京子ちゃん、この夏を通してほんとに上手くなってる。今日は助けられてばっかりだ。それを無下にしているようじゃ、私にエースをやる資格なんてないぞ)
真裕はそう自らを鼓舞し、次打者の染池に対する。ここはしっかりとファーストゴロに打ち取り、一失点で食い止めた。
「二点目取られちゃったけど、皆守る方は安定してできてる。あとは打つ方だよ。この回一点でも入れて、こっちに流れを持ってこよう!」
「おー!」
反撃したい亀ヶ崎打線。杏玖が円陣の中心に立って気合を入れる。だが五回表も城の前に得点を奪うことはできなかった。一方の真裕もその裏を抑え、二対〇で試合は六回表に突入する。
《六回表、亀ヶ崎高校の攻撃は、九番セカンド江岬さん》
先頭バッターは九番の愛。打席の前で何度か屈伸し、球審に溌剌と挨拶してからバットを構える。
「よろしくお願いします!」
この愛で二回り目が終わり、上位打順へと繋がっていく。彼女が出塁できれば、得点の期待値は大いに高まる。
初球、城は外角にストレートを投じる。判定はボール。愛はきっちりと見極める。
(最初の打席は全然ついていけなかったけど、この打席は少し見えるようになってる。他の人が打ってる時も目を離さずに見ていて良かった)
二球目、もう一度アウトコースに直球が来た。これも愛は手を出さない。
「ボールツー」
二球連続でストライクが入らず、ボールが二つ先行する。ここまでほとんど投手有利のカウントで進んでいただけに、何となく試合の風向きが変わる予兆を感じさせる。
ただ城も三、四球目にストライクを取って盛り返す。五球目が外れてフルカウントになるも、その次の投球はストライクゾーンに入れてくる。
「ファール」
愛はファールで逃れる。バットに当てることはできるようになってきた。
(本当はヒットを狙ってなきゃいけないんだけど、スリーボールまで来てるんだし、粘りに徹した方が可能性はありそう。ここは我慢比べに挑む)
七球目は高めのストレート。愛はこれもバットに当ててカットする。ここから更に三球粘り、スリーボールツーストライクのまま十一球目を迎える。
愛が粘り通すか、それとも城が押し切るか。この対決の結果が、六回表の展開を大きく左右しそうだ。
See you next base……
WORDFILE.65:ダブルプレー(併殺と併殺打)
守備側に記録される「併殺」と攻撃側に記録される「併殺打」では若干意味合いが違う。
「併殺」は一連のプレーの中で二つのアウトが記録されることで、ここで用いる「一連」とは「ボールが投手の手を離れてからボールデッドとなるまで」もしくは「ボールが投手の手に戻って投手が次の投球姿勢に移るまでの間」と定義される。即ち打者が放った打球に対してのみではなく、牽制球など打撃以外のプレーからも発生する。ただし、二つのアウトの間に失策があった場合は記録されない。
一方「併殺打」は、「フェアゴロによって打者を含めたフォースの状態のランナーが二人アウトになる」または「一つ目のアウトがフォースプレーによって取られた後、フォースの状態を解かれた走者が次の塁に到達するよりも先にタッグアウトとなる」ことで記録される。
例えば打者がフライを打ち上げて一つ目のアウトになり、その後タッチアップを試みたランナーが二つ目のアウトになったような場合、「併殺」は記録されるが「併殺打」は記録されない。反対に今回の道蘭のダブルプレーは両方とも記録される。




