16th BASE
お読みいただきありがとうございます。
今回から試合に入ります。やっとです(笑)。
普段とはまた違った様相になるので、その辺りもお楽しみください!
雲一つ無い快晴の下、白球が飛び交う。本日、真裕たち亀ヶ崎高校女子野球部は、同じ亀ヶ崎の男子野球部一年生と練習試合を行う。彼女たちは試合用のユニフォームに身を包み、ウォーミングアップに取り組んでいた。
「そろそろ戻りましょうか、バック!」
主将の糸地晴香の指示に従い、ベンチ前に選手の輪ができる。晴香は手元のメンバー表を読み上げ、スターティングオーダーを発表する。
「一番セカンド、光毅」
「はい!」
ブルペンで調整中のバッテリーを除き、呼ばれた者は大きな声で返事をしていく。真裕たち一年生の名前は出てこず、まずは全員がベンチで戦況を見守る立場となる。スタメンの確認を終えると、監督の木場隆浯が前に立ち、選手たちに発破を掛ける。
「今日は新メンバーを迎えて最初の試合だ。しかし普段の試合とやることは変わらない。チームが勝つために自分がその場で何をすべきなのか、それを考えながらプレーしてくれ。それと各々、この試合の中での課題を設定して、失敗してもいいから貪欲に挑戦していってほしい。一年生は先輩たちのプレーを観察して学ぶと共に、自分だったらどうするかを考えながら試合を見るんだ。良いな?」
「はい!」
「俺からは以上だ。準備が整ったらすぐにノックに入るぞ」
「はい!」
隆浯はノックバットを手にする。晴香たちはノックに移る前に、全員で気合を入れる。
「今日も全員で一丸となって戦いましょう。亀高行くぞー!」
「おー!」
皆それぞれのポジションに散っていく。投手である真裕はノックには参加せず、ノッカーへのボール渡しを手伝う。そんな彼女に、隆浯が軽く素振りを行いながら一声掛ける。
「真裕」
「はい」
「お前には八回から投げてもらう予定だ。そのつもりで準備しておくように」
「分かりました」
僅かに表情を緩ませて頷く真裕。女子野球は基本七イニング制だが、今回は男子野球に合わせて九イニングで行われる。
両チームが試合前のノックを終え、いよいよ試合開始となる。選手たちがホームベースを介して整列する。
「それではただいまより、男子野球部一年生対女子野球部の試合を始めます。礼!」
「よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
透き通った声と野太い声が混じり合う。野球をやっている者から見れば、少し奇妙な光景だ。
女子野球部は先攻。ベンチに戻って攻撃前の円陣を組み、男子野球部の先発ピッチャーに目をやる。
「先発、椎葉君じゃないんだよね。そりゃあうち相手に、将来のエースなんて出してこないか」
空が意地の悪い声で言う。マウンド上にいたのは大型ルーキーの椎葉丈ではなく、背の低い右投手、高木だった。
「甘く見られたものね。それならこっちからどんどん仕掛けて、椎葉君を引きずり出してやりましょう!」
「おー!」
高木の投球練習が終わった。女子野球部の一番バッター、戸鞠光毅が右打席に立つ。
「お願いします!」
審判に挨拶し、光毅は足場を均す。その後バットの先で一度ホームベースを叩いてから、構えに入る。
「プレイ!」
試合が始まった。キャッチャーのサインに頷いた高木が、ノーワインドアップから一球目を投じる。
「ストライク!」
アウトコース低めにストレートが決まる。
「結構速いな」
ベンチで見ていた真裕は率直な印象を述べる。見たところ、初球の球速は一二〇キロ前後。椎葉丈の一四〇キロには程遠いが、女子野球に換算すればプロ並みの速さである。
「ふむ、なるほど」
光毅はバッターボックスから片足を外し、三塁ベンチのサインを覗う。先頭打者ということもあり、何のサインも出ていない。彼女は一球目と同様、バットの先でベースを軽く叩き、構え直す。
二球目。またもストレート。さっきよりはやや内側に入ってきた。光毅は積極的にバットを出し、芯で捉える。
「しゃあ!」
快音を残した打球はピッチャーの足元を抜けて転がっていく。センター前へのヒットだ。
「ナイバッチ!」
女子野球部ベンチから声が上がる。早くもチャンスが巡ってきた。
「おー! あの球を二球で捉えるなんて」
真裕が目を見張る。すると隣にいた二年生、外羽杏玖は得意気に微笑む。
「ふふ、一応速い球の対策は練習でやってるからね。これくらいなら対応できるよ」
「え、そうなんですか。凄い!」
「うん。けど、光毅さんの見せ場はここからだから」
杏玖は一塁ベースに視線を向ける。その先では、光毅が小さく拳を握っていた。次のバッターである城下風が打席に入ると、光毅は素早くリードを取り始める。
(さてと、ひとっ走り付き合ってもらうよ)
高木がセットポジションに入る。光毅は、その足元を注視する。
風への初球、ストレートがアウトコースに外れてワンボールとなる。光毅は一旦ベースに戻ると、相手に分からないように口角を持ち上げた。隆浯からのサインに目を通し、再び彼女はリードを取る。
二球目。高木は足を大きく上げて投球モーションを起こす。それと同時に、光毅は二塁に向かって走り出した。
「えっ、まじ⁉」
しまったという顔をする高木だったが、時すでに遅し。投球を受けたキャッチャーも二塁に投げることができず、光毅は楽々と盗塁を成功させる。
「ナイスラン!」
「イエーイ!」
してやったりの光毅。試合開始早々から、彼女のユニフォームは真っ黒に染まる。
この後風が送りバントを決めてチャンスを広げる。ワンナウトランナー三塁となり、打順は三番の晴香に回る。
「晴香さん、先制点お願いします!」
仲間の声援を受けて打席に入った晴香は、マウンド上の高木に鋭い眼光をぶつける。委縮してしまったのか、高木は一球目、二球目とストライクゾーンから大きく外す。
カウントはツーボールノーストライク。バッターにとっては絶好のバッティングカウントだ。晴香は集中力を高める。
「ふう……」
彼女の吐息が空気に溶け込んでいく中、迎えた三球目。ストレートが真ん中に入ってきた。晴香がそれを弾き返す。
「おお!」
打球はレフトの前に落ちる。サードランナーの光毅はそれを見て走り出し、ゆっくりとホームベースを踏む。
「やったー! いきなり点が入った!」
真裕は喜びの声と共に、ベンチに戻ってきた光毅を出迎える。
「光毅さん、ナイススタートでしたね」
「ありがと。ていうか相手さん、無警戒過ぎだよ。モーションも大きかったし、舐められてるみたいだからひと泡吹かせてあげた」
光毅は意気揚々と白い歯を溢す。ヘルメットから見え隠れするポニーテールも愉快気だ。
上位打線の活躍により、女子野球部は初回から先制点を奪う。幸先の良いスタートとなった。
See you next base……
STARTING LINEUP
女子野球部
1.戸鞠 光毅 右/右 セカンド
2.城下 風 右/右 ショート
3.糸地 晴香 右/右 センター
4.宮河 玲雄 右/左 レフト
5.紅峰 珠音 右/右 ファースト
6.外羽 杏玖 右/右 サード
7.天寺 空 左/左 ピッチャー
8.桐生 優築 右/右 キャッチャー
9.増川 洋子 右/右 ライト
男子野球部
1.宮藤 碧来 右/左 セカンド
2.真田 健人 右/右 ショート
3.四ノ宮 辰月 右/右 ファースト
4.北条 巧 右/右 サード
5.中川 啓示 右/右 ライト
6.勝俣 了 右/左 レフト
7.坂田 蓮 右/右 センター
8.小谷 勇輝 右/右 キャッチャー
9.高木 透也 右/右 ピッチャー




