164th BASE
お読みいただきありがとうございます。
八月に入りました!
甲子園大会も始まりますし、本格的に野球の季節到来ですね!
夏の過ぎ切らない九月下旬。この地域独特の蒸し暑さが残る中、真裕たち亀ヶ崎高校の面々は試合前のシートノックを行っていた。
「セカンゲッツー!」
「オーライ」
本日は東海大会の二回戦が行われる。亀ヶ崎の相手は地元の強豪社会人チーム、挙母レッドオルカだ。
既にメンバー発表は終わっており、センターの後ろにある電光掲示板には出場する選手の名前が映し出されている。亀ヶ崎の先発投手は真裕。加えて京子や紗愛蘭もスタメンに名を連ねた。
「相手は確かに強いチームかもしれない。けど試合が始まったらそんなの関係無いし、私はこっちが向こうに劣ってるだなんて一ミリも思わない。夏休みに練習してきたことができれば、絶対に勝つチャンスはある。だから恐れず、全員で立ち向かっていこう!」
「おー!」
シートノックを済ませた亀ヶ崎ナインは、整列前に円陣を組む。キャプテンの杏玖の檄で気合が入り、全員が臨戦態勢となる。
「集合!」
「行くぞ!」
球審の号令を受け、両チームがベンチを飛び出す。いよいよ試合が開始される。
「ただいまより、挙母レッドオルカ対亀ヶ崎高校の試合を始めます」
「よろしくお願いします!」
選手たちが挨拶を交わすと、グラウンドに大きなサイレン音が鳴り響く。つい先日まで行われていた甲子園大会を彷彿させ、選手だけでなく審判団や観客の気持ちも高まらせる。
亀ヶ崎は先攻。一回表、一番バッターの紗愛蘭が普段通り深々とお辞儀をしてから打席に入る。
「よろしくお願いします!」
レッドオルカの先発マウンドにはエースの城が上がっている。チーム一の長身で、速球を軸に力で抑え込んでくるスタイルが特徴のサウスポーだ。
「プレイ!」
城が振りかぶり、第一球目を投じる。外角低めの絶妙のコースにストレートが決まる。伸びもキレも抜群で、紗愛蘭は呆気に取られたように見送った。
(凄いな……。まるで真っ直ぐな糸を引いているみたい。これは手強いぞ)
二球目も城は直球を続ける。紗愛蘭は果敢に打ちに出るも空振りを喫する。紗愛蘭本人の中では早めに始動したつもりだったが、傍から見ると全くもって振り遅れている。
三球目。バッテリーは遊び球を挟まず、またもやアウトローのストレートを使ってきた。紗愛蘭は前の球から微調整を入れてスイング。ボールがバットの上っ面を掠める。
「ストライク、バッターアウト」
しかしファールチップとなり、ボールはキャッチャーの道蘭のミットに直接収まる。三振が記録され、紗愛蘭は臍を噛んでベンチに帰っていく。
(三球とも同じ球。明らかに舐められてるのに手も足も出なかった。それだけ相手のレベルが高いってことだ。でもだからって気落ちしてはいられない。次は打つ)
社会人ともなれば、プロと同等の力を持つ選手は大勢いる。この城も同じ。伊達に強豪チームでエースを張っているわけではない。つまり亀ヶ崎は、プロに近い投手を相手にするということになる。
「ストライク、バッターアウト」
「バッターアウト。チェンジ」
城は三者連続三振で初回を切り抜ける。どの打者も打てそうな気配が感じられなかった。一回戦で二桁得点を挙げた亀ヶ崎打線だが、今回は一点を取ることにすら手こずりそうだ。
《守ります亀ヶ崎高校のピッチャーは、柳瀬さん》
攻守が入れ替わり、今度は真裕が先発のマウンドに登る。彼女は城の圧巻のピッチングに刺激を受けつつも、過剰な意識はせずいつも通りやろうと自らに言い聞かせていた。
(向こうが凄いことなんて分かりきってる。私は私のやるべきことをするんだ)
城と真裕の間には、社会人と高校生という違いなりの実力差はある。だがそれと真裕がレッドオルカ打線を抑えられるかどうかは別の話。彼女が夏休み中に取り組んできた成果が出せれば、ある程度試合は作れるはずだ。
《一回裏、挙母レッドオルカの攻撃は、一番ライト、長谷川さん》
レッドオルカの一番、長谷川が右打席に入る。真っ赤なユニフォームに身を包み、高校生では使用できないような派手な柄のバッティンググラブを付けているところは、如何にも社会人の選手という風格が出ている。だが社会人が相手だからと怖じけていては勝てるものも勝てなくなる。キャッチャーの優築は、大胆なリードをすることを心掛ける。
(最初から躱す投球で行ったら逆にやられる。そもそも力で押し込めないなら試合にすらならない。まずは真裕の真っ直ぐがどれだけ通じるか見てみないと)
優築の要求は外角低めのストレート。真裕は小さく頷くと、グラブを頭の上に高く掲げ、長谷川への初球を投じる。
長谷川は果敢に打ってきた。少し詰まったゴロが真裕の左を通過する。
「ショート!」
「オーラ……え?」
ショート京子の守備範囲内……と思われたが、予想以上に球足が速い。京子は懸命にグラブを伸ばすも、打球はその横を抜ける。
「ナイバッチ!」
長谷川は一塁を軽く回ったところで止まる。先頭打者を出塁させてしまった。
(京子ちゃんの動きが悪かったわけじゃない。これが社会人の打球の質ってことか)
真裕は外野からの返球を受け取り、一塁にいる長谷川の方を見る。高校生である真裕たちに比べ、長谷川のスイングスピードは一段も二段も上だった。その分打球にも速さが出るのだ。
《二番サード、宮原さん》
続いては二番の宮原。ここは何を仕掛けてくるのか。警戒心を抱くバッテリーは初球をアウトコースに外す。
「ボ―ル」
宮原は打つ気無しの姿勢で見送る。まるで優築たちが様子を見てくるのが分かっていたかのようだ。
二球目。とりあえずストライクを一つ取りたいバッテリーは、低めのカーブを使う。だが宮原はこれを一二塁間へと流し打つ。
「セカン!」
この打球にもスピードが付いていた。セカンドの愛が飛びついて止めようとするが、ボールはライトへと抜けていく。
一塁ランナーの長谷川は二塁を蹴って三塁に向かおうとする。紗愛蘭はチャージを掛けて打球を掴み、素早く三塁へと投げる。
「杏玖さん!」
矢のような送球がサードの杏玖に届く。杏玖は迫力ある声を上げながら、ランナーへのタッチを試みる。
「しゃあ! アウト……あれ?」
しかしそこに長谷川の姿は無い。紗愛蘭の繰り出したレーザービームに、思わず足を止めていた。
「おー、危ね。あの子良い球投げるじゃん。卒業したらぜひともうちに来てほしいね」
長谷川も見惚れる紗愛蘭の強肩。アウトこそ取れなかったものの、進塁を一つ防いだ。
「ノーアウト! 真裕、まだ点取られてないよ。強気で行こう」
紗愛蘭は真裕に声を掛けてから定位置へ戻っていく。あれよあれよという間にヒットを二本打たれて動揺しかけた真裕だったが、この一言で心が引き締まる。
(社会人相手でも紗愛蘭ちゃんは動じることなくプレーしてる。私も負けてられない)
とはいえ未だ一つのアウトも取れぬまま、ランナー一、二塁のピンチに陥った。格上相手に先制点はやれない。早くも迎えたターニングポイントとなり得る局面を、真裕たちは凌げるのか。
See you next base……
STARTING LINE UP
亀ヶ崎高校
1.踽々莉 紗愛蘭 右/左 ライト
2.陽田 京子 右/左 ショート
3.外羽 杏玖 右/右 サード
4.紅峰 珠音 右/右 ファースト
5.琉垣 逢依 右/右 レフト
6.増川 洋子 右/右 センター
7.桐生 優築 右/右 キャッチャー
8.柳瀬 真裕 右/右 ピッチャー
9.江岬 愛 右/左 セカンド
レッドオルカ
1.長谷川 右/右 ライト
2.宮原 右/右 サード
3.和泉 右/右 センター
4.城 左/左 ピッチャー
5.道蘭 右/右 キャッチャー
6.染池 右/右 セカンド
7.米本 右/右 ショート
8.中谷 右/右 レフト
9.吉田 右/右 ファースト




