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ベース⚾ガール!  作者: ドラらん
第十一章 投球障害
164/181

161th BASE

お読みいただきありがとうございます。


雨続きの日々が過ぎ、ようやく夏の暑さを感じるようになってきました。

私は早速バテ気味です(笑)

《六番キャッチャー、本橋さん》


 打席には六番の本橋を迎える。亀ヶ崎の内野は一点は止む無しの姿勢。ゲッツーを取ることを優先する。


 一球目。祥はこの回が始まる時と比較して数倍呼吸を荒くしながらも、懸命に腕を振ろうとする。だが弱気になりかけの心が邪魔をし、ボ―ルにそこまで勢いが出ない。本橋は逃さず打ち返す。


「あ、ショート!」


 打球は三遊間を襲うゴロとなり、サードの杏玖の右を通過していく。抜ければ同点だ。


「させるか!」


 しかし京子が寸でのところで追い付いた。逆シングルで打球を収め、体を傾けたままボールを右手に持ち替える。


(ここからゲッツーを取るのは厳しい。それなら……)

「杏玖さん!」


 京子は咄嗟の判断で三塁に送球。二塁ランナーの宇野が滑り込んでくるが、杏玖にボールが渡る方が早かった。


「アウト」

「ナ、ナイス京子……」


 祥は胸を撫で下ろす。今のプレーの間に三塁ランナーが生還し、楽師館は一点を返した。けれどもこのアウトが、祥の困窮した精神状態を大きく緩和させる。


「ワンナウト。祥、あと二つだよ。一つ一つ取っていこう」

「うん。ありがとう!」


 京子と一言言葉を交わし、祥はホームの方を振り返る。声にも活力が出てきた。


(ありがとう京子。私も踏ん張ってやる)


 バッターは七番の渡部。祥の苦手な左打者だ。ただもうそんなことは気にしていられない。祥は目元を引き締め、渡部に対峙する。


 初球。祥はインコースにストレートを投げ込む。判定はストライクだ。


 一つボールを挟んだ三球目。外角に投じられた直球を渡部が打ち返す。


「ファール」


 三塁側ファールゾーンへ上がった飛球がネットに当たる。祥のボ―ルに球威が戻り、渡部はそれに押される格好となった。


(追い込めた。あと一球)


 祥の脳裏に渡部を抑えるビジョンが浮かび上がる。四球目、祥はもう一度アウトコースにストレートを投げる。渡部はバットに当てることはできたが、これも差し込まれてファールとなる。


(前に飛ばされないってことはこっちが押し込んでるってことなんだ。私の方が勝ってるんだ)


 心理的にも祥は優位に立てていた。彼女は優築がミットを構えたのを確認し、自分のタイミングで投球動作に入る。

 この一球で仕留める。強い想いを指先に込め、祥は渡部への五球目を投じようとする。


 だがそこに落とし穴があった。想いを強めるというのは、いつも通りではないということ。皮肉にもこの場面では、それが余分な力みに繋がってしまう。


「あ……」


 祥の投球は指に掛かり切らず、中指の方から抜けていく。ボールの向かった先は、打席に立つ渡部の体だった。


「え?」


 咄嗟に躱そうとする渡部。しかしボールは彼女の右肩に当たり、鈍い音を響かせて跳ね返る。


「ぐあっ!」


 渡部が地面に崩れ落ち、その場に蹲って悶絶する。右手に力を入れることができず、中途半端に開いたまま小刻みに震わせている。


「ぐうう……。はあ……はあ……」

「渡部!」


 楽師館の選手たちが鬼気迫る表情で渡部に駆け寄る。グラウンドに漂う切迫感。祥は詫びるタイミングを掴めず、帽子を取ったまま呆然とその場に佇む。


「あ……、ああ……」

「祥……、祥! しっかりして」

「……え?」


 すぐに杏玖がフォローに入る。それに反応して振り返った祥は、真っ青な顔をしている。


「私、大変なこと……」

「大丈夫だから。結構ボ―ルが跳ね返ってたし、衝撃は少ないはず。そんなに深刻なことにはならないよ」

「は、はい……」


 杏玖は大怪我には至らないと説いたものの、渡部は自力で動き出すことができず、何人かに抱えられてベンチへと引き揚げていく。どうやら試合続行は不可能みたいだ。


《一塁ランナー、渡部さんに代わりまして、高梨(たかなし)さん》


 代走が出され、試合が再開する。ワンナウト満塁となり、八番の原に打席が回る。


(さっきの人、本当に大丈夫かな……。試合終わったら謝らないと)


 祥は切り替えられないでいた。胸が強く圧迫され、息が苦しくなる。そればかりか今の死球のショックにより、再びあの症状に襲われる。


(ま、まさか……)


 原への投球に向かおうとした祥の左手が、突如痙攣を起こす。ボールを上手く握れない。市岐阜戦で現れた変調と同じものだ。


(どうしてこんな時に……。けど投げなくちゃ。試合はまだ続いてるんだ)


 この後どうなったか。その詳細を綴るのはあまりに酷な話だ。一つ救いがあるとすれば、今回はストライクが入らなくなる前に、原がヒットを打ってサヨナラにしたということだろう――。




 先ほどまで賑やかだったグラウンドには、長閑な秋風が吹きこんでいる。試合後、祥は真裕に付き添ってもらい、楽師館の選手の元へ向かった。


「あ、あの……」

「ん? あ、真裕と祥。どうしたの?」


 二人に応対したのは万里香だった。祥は渡部の容態を尋ねる。


「さ、最後に私が当てちゃった人、大丈夫だったかなと思って……」

「ああ、そのことね。軽い打撲だよ。今部室でアイシングしてる。元気そうにしてたし、病院に行く話にもなってないから全然心配要らないよ」


 万里香は手で丸のマークを作って答える。それを見た祥はほっと一安心。大きな溜息をつく。


「良かった……。それでなんだけど、試合中謝れなかったから、今から謝りにいっても良いかな?」

「もちろんだよ。まだ部室にいると思うし、案内するね」


 万里香は祥たちを部室に連れていく。中に入ると、床に腰掛けて休んでいる渡部の姿があった。ただしもうアイシングはしておらず、痛がっている素振りも無い。


「渡部さん、ちょっと良いですか?」

「うん。どうした?」

「実はさっき渡部さんに当てちゃった子が謝りたいって言ってて」

「こ、こんにちは」


 万里香の背後から祥が顔を出す。彼女はたどたどしい口調になりつつ、渡部に詫びの言葉を述べる。


「さ、先ほどはすみませんでした」


 祥が頭を下げる。渡部は少々驚いた顔をしながら徐に立ち上がり、優しく笑いかける。


「ふふっ、顔を上げなよ。気にしなくて良いから。寧ろあのままだったら私が抑えられてたし、痛かったのはそっちなんじゃない?」


 正直なところ、当てられた直後の渡部には腹立たしさも湧いていた。だが今はその熱りも冷めている。加えてあの死球が勝利に繋がったので、悪い気はほとんどしていない。


「でも、少し間違ってたら取り返しのつかないことになってたかもしれないですし……」

「そんなの野球やってればいくらでもあり得ることでしょ。それにこの通り、今回は特に大事にはならなかった。それで終わりで良いじゃん」


 渡部は元気良く右肩を回してみせる。祥はそれに引きつけられるように顔を持ち上げ、仄かに口元から白い歯を覗かせる。


「君は結構良い球投げるんだし、これからもどんどんインコース突いていきなよ。けど今度対戦する機会があったら、その時は私が打つからね」

「……はい。ありがとうございました」


 最後に渡部から励ましの言葉を貰い、祥はもう一度深々と頭を下げる。そうして真裕と共に部室を後にした。



See you next base……


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