158th BASE
お読みいただきありがとうございます。
高校野球では夏の地方大会が始まりましたね。
白熱した試合が続いていますが、選抜覇者の東邦高校が負けてしまったのは驚きです。
愛知県はどこが代表になるのやら……。
「くそお……」
「ひの、最後の何だった?」
ベンチに戻ってきた日生に、万里香が質問する。
「多分スライダー。結構キレがある。スピードも速いし」
「高速スライダーっぽい感じか。良いボールだね」
万里香はそう感心しつつ、マウンドの真裕に羨ましそうな視線を向ける。ライバルが着実に成長していることが素直に嬉しい反面、自分はそれを体感できないことがとてつもなく歯がゆい。
(夏大の負けを真裕はちゃんと糧にしてる。私も一ヵ月頑張ってきたわけだし、一回でも良いから打席に立ってみたかったよ。何でこういう時に怪我しちゃうかな)
万里香の怪我は適切なプレーを試みて起きたものなので、不運だったとしか言いようがない。これからめげずに頑張っていれば、必ずやまた真裕と対戦できる機会はあるはずだ。
「アウト。チェンジ」
真裕は三番の錦野も打ち取り、こちらもランナーを許さずに初回の投球を終える。この後は両投手が互いの持ち味を発揮し、試合は三回まで無得点で進む。
《四回表、亀ヶ崎高校の攻撃は、一番ライト、踽々莉さん》
亀ヶ崎はまだ一人もランナーを出せていなかった。四回表は打順が一巡し、紗愛蘭の二打席目から始まる。
(さっきは変化についていこうとしてやられた。あのピッチャーを打つには、自分のスイングをすることを心掛けないと)
初球が低めに外れ、ワンボールからの二球目。藤沢の投じたストレートは外角の甘いコースに行く。
(変化は見ない。しっかり振り切れ!)
紗愛蘭が打ちに出る。ボ―ルはインパクトの瞬間に少し動き、バットの下に当たる。
「オーライ」
サード真正面にゴロが飛ぶ。しかしスイングが強かったため、打球にかなりスピードが付いていた。
「あ……」
サードの小和泉は打球を掴みきれず、横に弾く。慌てて拾って一塁に投げるが、送球は左に逸れた。ファーストの宇野が動いて捕る間に、紗愛蘭はベースを駆け抜ける。
「セーフ」
記録はエラー。ラッキーではあるが、亀ヶ崎はこの試合初めて、しかもノーアウトからランナーを出す。
《二番ショート、陽田さん》
打席には京子が立つ。チャンスを広げてクリーンナップに繋ぎたいところだが、どんな作戦を取るのか。
初球、アウトコースに来たストレートを、京子が見送ってストライクとなる。ここは様子見を行った。
(ランナーを背負ってどうかと思ったが、すんなりストライクを入れてきたか。ここまでの良いリズムを崩したくないのかもな。だったらこっちから仕掛けてみるか)
一球目の投球を見て、隆浯は一つのサインを送る。それを受け取った京子は表情を変えることなく帽子の鍔を触り、打席に入り直す。
(この前はウチが自分でどうできるかを見たから、今度は出された指示をきちんと熟せるかを見てるのかな。どっちにしても、紗愛蘭の後に打つんだったら色々なことをやれないといけない。ここはそういうことを実践するチャンスなんだ)
二球目。藤沢がセットポジションから足を上げる。それを見た紗愛蘭は二塁に向かってスタートを切った。
「走った!」
サインはヒットエンドラン。京子はどんな球でも打ちにいかなければならない。ところが藤沢が投じてきたのは、外角低めのボールになるカーブだった。バットには当てにくいコースだ。
(くう……。何のこれしき!)
京子は懸命にバットの先に引っ掛ける。前の紗愛蘭とは対照的に、弱いゴロがショートに転がる。
「オーライ」
原が急いで前進し、逆シングルで掴んで一塁へ投げる。ただし京子の足も速い。際どいタイミングとなる。
「セーフ」
一塁塁審が素早く両手を広げる。セーフの判定が下された。ほんの一瞬だが京子のベースタッチが早かったのだ。
「ふう、良かった……」
「ナイスラン京子!」
胸を撫で下ろす京子を、二塁ベース上から紗愛蘭が讃える。京子は遠慮がちに笑みを溢しつつ、右手を上げて応える。必死に食らいついた結果の内野安打となった。
一方で今のプレーをベンチで見ていた万里香は、怪訝そうに眉を顰める。
(原先輩、大事に行き過ぎたな。あれは素手で捕って投げないと)
原は万里香よりも一学年上だが、残念ながら実力は万里香の方が数段上手。この打球も万里香ならアウトにできていたかもしれない。
楽師館の守備の綻びにより、亀ヶ崎に得点機がやってきた。次打者の杏玖が堅実に送りバントを決め、ワンナウトランナー二、三塁を作る。
「ボ―ル、フォア」
続くバッターは四番の珠音だったが、カウントを悪くしたところで楽師館バッテリーは敬遠に近い形で四球を出す。珠音は一塁へと歩き、全ての塁が埋まる。
《五番レフト、琉垣さん》
迎えるは五番の琉垣逢依。彼女も新チームになってからレギュラー奪取を目指している選手の一人だ。普段は髪を左右で結い、背中付近まで下ろしているが、野球をする際には一つに束ねる。上背があり、三年生が抜けてからはチーム内で一番身長が高い。
(市岐阜戦でもヒットは打てたけど、あれは皆の勢いに乗ってただけ。私がレギュラーになるには、こうした重要な場面で打たないと。満塁だし、初球から振る)
一球目、藤沢はインコースにストレートを投げ込む。逢依は果敢に打って出た。
「ファール」
少し差し込まれ、打球は一塁方向へと切れていく。だがスイングは力強い。タイミングさえ合えば良い当たりを放てそうだ。
二球目はカーブが外れてワンボールワンストライク。逢依は小さく息を吐いて冷静さを保たせ、次の一球を待つ。
(球種は絞らない。打てると思った球は振っていく)
三球目。藤沢はカーブを続けてきた。だが高めに浮き、ボ―ルの沈んだ先はど真ん中。逢依は迷わずスイングする。バットから快い金属音が鳴った。
「センター」
打球はショートの頭上を越え、センターの左前に落ちる。三塁ランナーに続き、二塁ランナーもホームイン。二点タイムリーヒットとなる。
「おし」
一塁をオーバランしたところで、逢依は自分に拍手を送る。〇対〇の均衡を破る貴重な先制打。加えて珠音が勝負を避けられた後だけに、余計に価値がある。これでレギュラーの座を大きく引き寄せた。
See you next base……
PLAYERFILE.55:琉垣逢依
学年:高校二年生
誕生日:9/23
投/打:右/右
守備位置:左翼手
身長/体重:162/59




