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ベース⚾ガール!  作者: ドラらん
第十一章 投球障害
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156th BASE

お読みいただきありがとうございます。


今回の章はこれまで以上に辛い内容になるかもしれませんが、大切な話なのでお付き合いのほどよろしくお願いします。

 夜。就寝準備を整えた私だったが、寝てしまうには少し早い気がしていた。そこで、居間でパソコンを弄っていたお兄ちゃんに祥ちゃんのことを話してみる。同じサウスポーのお兄ちゃんなら、何かしらのヒントを持っているかもしれない。


「祥ちゃん? ああ、この前勉強会に来てた子か。ピッチャーやってるんだっけ?」

「そうそう。それでさ、ちょっと左打者に投げ辛そうにしてるんだけど、何かアドバイス無いかな?」

「左が苦手ね。まあ俺も含めてだけど、そういう左ピッチャーは多いよな」


 お兄ちゃんは祥ちゃんに共感する。そういえばもう一度野球をやるようになってから、お兄ちゃんの雰囲気が以前よりも明るくなった気がする。明らかに家にいる時の口数が増えた。


「そうなんだ。でもどうして? 抜けてデッドボールになるのが嫌なの?」

「それもあるし、左投手は真上から投げられないから、リリースの位置がバッターボックスと重なるような錯覚を起こすんだよ。だから投げにくく感じるんだ」

「はあ、そういうことか。お兄ちゃんはどうやって克服したの?」

「克服? それは練習しかないな。ブルペンでも左打者に立ってもらったりして、苦手意識がある中でも投げられる感覚を身に着けていくんだ。あとは周りが気持ちの面をサポートしてやることだな。祥ちゃんは経験がほとんど無いんだし、どんな時も楽な気分で投げられる環境を作ってやらなきゃいかん。それはお前たちの役目だな」

「なるほど。分かった。ありがとう」


 私はお兄ちゃんにお礼を言い、自分の部屋に戻る。祥ちゃんは皆で支えていかなければいけない。これは高島さんも言っていたことだ。私たちが力を合わせて、祥ちゃんを救ってあげたい。




 翌日の練習が始まる前、私は祥ちゃんに直接、左打者に苦手意識があるのかどうかを聞いてみる。


「おはよう祥ちゃん」

「あ、真裕。おはよう」


 まだ何もやっていないのに、祥ちゃんの顔はぐったりとしている。普段の練習内容自体もそれなりにハードな上、ピッチングも上手くいっていないので、かなりの疲弊感が蓄積しているのかもしれない。


「祥ちゃんさ、左バッターに投げるの嫌?」

「え? ああ……」


 祥ちゃんは目を泳がせる。そうして申し訳なさそうにしつつ、首を小さく縦に動かす。


「どうしても当てそうな気がして。それで恐々と投げている内にいつもの投げ方が分からなくなるんだ。この前の試合もああなっちゃったのも、きっとそれが原因だと思う」

「そっか。ならそれを克服しないとね」

「うん。けどどうしたら良いのかな?」


 助けを乞うような目で私を見る祥ちゃん。私は純粋にそれに応えたかった。


「どうしたらっていう画期的な方法は無いけど、良い練習ができるように私たちが協力することはできるよ。だから早速、今日から実践してみようよ」


 私は親指を立ててみせる。祥ちゃんは困惑しながらも、「ありがとう」と言って細やかに笑った。

 

 ということで今日のブルペン。私は自分の投球練習を終えると、監督に言って祥ちゃんの方に付き合うことにする。


「じゃあ入るね」

「う、うん。お願いします」


 左打者が苦手というなら、左打者に投げ込む練習をするのみ。私はバットを持って左打席に立つ。


「ストレート行きます」


 今日ここまでの祥ちゃんの様子を見るに、投げっぷりは悪くない。ボ―ルにも勢いはある。これが左打者に対してもできれば、十分抑えられるはずだ。

 祥ちゃんが足を上げ、私に一球目を投げる。しかし叩きつけてしまい、ボールはベース手前でワンバウンドする。やはり左打者がいることで顕著に腕が振れなくなっている。


「祥ちゃん、私のことは気にしないで。当てても大丈夫だから。ちゃんとヘルメットもしてるし」


 私は祥ちゃんをリラックスさせようと声を掛ける。正直ちょっと怖い気持ちもあるが、気を付けていれば避けられるだろう。

 と思っていると、二球目は顔面の付近に抜けてきた。私は咄嗟に背中を仰け反らせる。


「ご、ごめん」

「オッケーオッケー。どんどん投げてきて。真ん中目掛けて思い切り腕を振っていこう」

「う、うん」


 祥ちゃんは間髪入れずに三球目を投じる。今度はストライクゾーンに近いところに来た。ただし球威はほとんど無い。体全体を使わずに手だけで投げているので、ボールに力が伝わっていないのだ。これでは前の二球と変わらず、偶々この一球は良いところに行ったに過ぎない。


「祥ちゃん、それじゃ駄目だよ。もっと足や腰を使って投げて」

「は、はい」


 四球目。私の言葉が効いたのか、祥ちゃんはしっかり腕を振ってきた。威力の戻ったボールが、ストライクゾーンを通過する。


「おお! そうそう。その球だよ祥ちゃん。今の感じでどんどん投げていこう」

「ああ……。うん、分かった」


 投げ終えた祥ちゃんも、心なしか清しい表情をしている。彼女自身も手応えを感じていたようだ。


 その後、祥ちゃんは大分安定して投げられるようになった。ストライクも着実に増え、叩きつけたり抜けたりするボ―ルも減った。この感覚を身に着ければ、祥ちゃんは左打者を克服できる。そんな期待を寄せながら、私は引き続き左打席に立って祥ちゃんの投球を見守っていた。




 それから一週間が経った。いつの間にやら夏休みも終わり、昨日から新学期がスタートしている。結局高校生らしく遊んだのは椎葉君と夏祭りに行ったことだけ。もう少し何かできると思っていたが、考えが甘かった。気が付くと野球と学校の宿題に追われていた日々。夏休みを総括するなら、こういう表現がぴったりと当てはまる。


 ただそれは学校が再開しても同じだった。前にも触れた通り、九月の中旬には東海地区のアマチュア大会が開かれる。夏休みが明けたということはつまり、その大会がすぐそこまで迫ってきていることを意味している。


「集合!」


 放課後の練習が終了し、私たちは監督の元に集まる。いつもと変わらぬ光景ではあるが、今日は監督からある報告があった。


「東海大会の相手が決まったぞ。一回戦は教知大学。それに勝つと、二回戦は社会人チームの挙母(ころも)レッドオルカと戦うことになる」

「おー。まじか……」


 対戦相手が発表されるや否や、皆が一様に固唾を呑む。挙母レッドオルカ。県内の都市部を中心に活動しており、社会人の全国大会では例年好成績を残し続けている。紛れもない強豪チームだ。


「その反応を見る限り、レッドオルカがどういうチームかは把握できてるみたいだな。一応言っておくと、去年のこの大会では準優勝している。野球のレベルは非常に高いぞ、しかしだ。俺としては簡単に負ける気は無い。やる以上は勝ちにいこうと思ってる」


 監督は堂々と強気な発言をする。この人のことなので当然といえば当然。もちろん私も、端から諦めるつもりはない。


「まずは教知大学に勝って勢いを付け、レッドオルカも倒す。そして優勝まで駆け上がる。それが今大会での俺たちの目標だ」

「はい!」


 私たちは全員で声を揃えて返事をする。ここで「いいえ」と答える人はいないだろう。監督はそれが嬉しかったのか、不意に小さな笑みを溢す。


「ふふっ、頼もしいな。それに伴い、今週の土曜日に楽師館と練習試合を行うことになった。場所はゴールデンウィークの時と同じく楽師館のグラウンドで行う。向こうも新チームになってからはそんなに試合を組めていないらしいし、双方にとって良い力試しになるだろう。この試合で東海大会の布陣を選別する予定だから、心して臨むように」

「はい!」

「では今日は解散。明日も学校があるので早く帰るように」

「ありがとうございました!」


 久しぶりとなる楽師館との試合。ただメンバーは互いに様変わりしている。その中で万里香ちゃんがどうなっているのかはとても興味深いところだ。

 一方で私自身にとっても大事な試合になる。市岐阜戦での汚名を返上するピッチングを見せて、大会にエースに選ばれるようアピールしなければならない。私は楽しみと危機感を半々に抱きつつ、締めの挨拶をするのだった。



See you next base……


緊急企画! 夏休みの宿題はどこまで終わっているのか!? 結果発表!



紗愛蘭「全部終わっていたので、余裕を持って提出できました」

真裕「少し危なかったけど、一応始業式までに終わりました」

祥「何とか提出日に出せました。ただちょっとだけ解答写しちゃいました……」

京子「ふ、二日遅れただけだから! 居残りはしてないから! こ、答え見たかどうかは聞かないで……」


とりあえず皆さん、何とかなりました。

めでたしめでたし。


菜々花「ちょっ、私がどうなったか聞いてよお!」

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