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ベース⚾ガール!  作者: ドラらん
第十章 リスタート
155/181

152th BASE

お読みいただきありがとうございます。


大学生で車持ってるのは便利ですね。

私も当時、大学には車で通っていて、よく足に使われたものです(泣)

 翌日。私はお兄ちゃんの車に乗って球場まで連れてってもらう。


「ほれ、着いたぞ」

「ありがとう」

「俺はこれからチームに合流するから。試合まで時間潰しとって」

「りょー」


 私は車を降り、適当に辺りをぶらつく。本日は練習試合ではあるが、使われる球場はそれなりに大きく、設備も整っている。

 天気は快晴。照り付ける太陽と本格的な野球場という組み合わせが、私に夏大の記憶を想起させる。私は被っていた帽子を脱ぎ、額の汗を拭ってから深く被り直した。




 試合が始まる時間となった。私はバックネット裏からその模様を見守ることにする。


「よろしくお願いします」


 両チームの選手がホームに整列し、挨拶を済ませる。お兄ちゃんの大学は後攻。ただお兄ちゃんは先発ではないので、登場はもう少し後になると思われる。


 試合は初回にお兄ちゃんの大学が先制すると、その後も優位に進める。守備の方も好調で、六対〇とリードして六回に入る。


 ここでいよいよお兄ちゃんの出番がやってくる。投手交代が告げられ、マウンドにグラブを持ったお兄ちゃんが現れる。その瞬間、私は目頭が熱くなった。お兄ちゃんの投げる姿を見るのは高校生の時以来。もう見られないものだと諦めていたが、お兄ちゃんはマウンドに帰ってきてくれた。そのことがとにかく嬉しい。


「ボールバック!」


 お兄ちゃんが投球練習を終える。最初の打者が右打席に入り、六回表が始まった。

 サインに頷いたお兄ちゃんが、ゆっくりと振りかぶる。それから降ろしたグラブを上げた右足で二度叩き、当時の面影をちらつかせるフォームから左腕を振り切る。リスタートとなる第一球だ。


「ストライク」


 お兄ちゃんが投じたのはストレート。低めに決まり、打者は手が出せない。全盛期よりもやや球威は落ちているように見えるが、それでも十分ボールに力は籠っている。


 二球目。お兄ちゃんはストレートを続ける。バッターはスイングするも空振りを喫する。

 順調に追い込み、早く三振を奪うチャンスがやってきた。もちろん私はお兄ちゃんがスライダーを投げることを期待する。


 三球目。お兄ちゃんの投球が外角のストライクゾーンに向かって直進し、打者は打ちに出る。ここからベースの手前で鋭く曲がるのがお兄ちゃんのスライダーだ。


 けれどもボールは曲がるのではなく、急激に速度を落として下に沈んでいった。バットが空を切り、空振り三振となる。


「ナイスピッチ! ワンナウト」

「うん。ワンナウト」


 チームメイトの声にお兄ちゃんは緩やかに微笑んで応答する。一つ目のアウトを取れてほっとしたのだろう。

 しかし私としては腑に落ちない。最後の球はチェンジアップ。これもお兄ちゃんの得意とする球種ではあるが、せっかくなのだからスライダーを投げてほしかった。といってもまだ始まったばかり。焦る必要は無い。


 お兄ちゃんが二人目の打者と対峙する。初球、二球目とボ―ルになったが、そこから二球ストライクを入れてカウントを整える。


 ここでスライダーが来るかと思われたが、お兄ちゃんは低めに速い球を投じた。バッターはバットの下に引っ掛けてしまい、三遊間にゴロが転がる。


「アウト」


 サードが難なく打球を捌いて一塁をアウトする。バッターの反応から推測するに、打ったのはツーシームだと思われる。またもお兄ちゃんはスライダーを使わなかった。


 この次の打者は初球でライトフライに打ち取り、お兄ちゃんは三者凡退で六回表を抑える。一年近いブランクを感じさせない見事なピッチングだった。流石お兄ちゃんといったところだ。でもどうして、お兄ちゃんはスライダーを投げないのだろう。一球見せておくだけでも効果があるはずなのに。


 裏の攻撃が無得点で終了し、お兄ちゃんが二イニング目のマウンドに上がる。この回は左打者との対戦から。右打者と比べて配球が少し変わる可能性があるので、スライダーを使うかもしれない。


 先頭打者への一球目。ストレートでストライクを取る。ボール球を一球挟み、三球目はファールを打たせて追い込んだ。果たしてお兄ちゃんはスライダーを投げるのか。


 四球目。お兄ちゃんの左腕から放たれたボールは、真ん中から外角に向かって滑っていく。待望のスライダーだ。


「おお!」


 私は興奮気味に声を上げる。これで空振り三振……と思われた。


「ショート!」


 ところがバットに当てられた。打球はショートの頭を越え、レフト前に落ちる。


「あれ?」


 まさかのヒットに、私は思わず眉を顰める。ほぼ完璧に投げ切ったように見えたが、少々コースが甘かったのだろうか。まあ誰にでも投げミスはあるものなので、気を取り直して次に向かおう。


 続く打者も左打席に入る。初球、お兄ちゃんは低めにツーシームを投じる。打者は果敢に打って出るが、一塁側へのファールとなる。


 二球目はチェンジアップ。ボ―ルは打者がスイングするのを計ったようにストライクゾーンから降下し、空を切らせる。

 向こうは明らかに引っ張りに来ている。こういう打者には外へと逃げていくスライダーは有効だ。


 一球高めに外れた後の四球目。お兄ちゃんは定石通りスライダーで空振りを取りにきた。だが打者はほとんど反応を示さず、ボールゾーンに流れていくのを見送る。


 五球目。お兄ちゃんはスライダーを続ける。しかしこれも上手くいかない。打者はバットを出すのをやや遅らせ、狙いすましたかの如く三塁線に弾き返す。


「サード!」


 咄嗟にサードが飛びつくも、その左を破られた。一塁ランナーは三塁まで到達。バッターランナーも二塁を陥れる。


 二者連続でスライダーを打たれた。まだ本調子ではないのか。それとも疲れがあるのか。私の胸に不安感が募る。


 ノーアウトランナー二、三塁となり、次の打者が右打席に立つ。こうしたピンチを幾度となく切り抜けてきたのがお兄ちゃんのスライダーである。ここでもその本領を発揮してもらいたい。


 ボ―ル、ストライク、ボール、ファールと続き、カウントはツーボールツーストライク。次の一球が勝負となる。


 サインの交換が終わり、お兄ちゃんはセットポジションに就く。その頬は一瞬だけ膨らんだように見えた。それから二塁ランナーを一瞥して足を上げ、猛々しく左腕を振り抜く。

 最初は直球と区別のつかない軌道でボールは進む。だが打者がスイングし始めたところで曲がり出し、内角を鋭く抉っていく。おそらく今日投げた中で最高のスライダーであろう。これなら空振りさせられる。私はそう確信する。


 しかし、そんなのは単なる私の願望でしかなかった。出されたバットは空を切ることなく、真芯でボールを捕まえる。


「え……?」


 グラウンドに快音が響く。打球は高々と上空に舞い上がり、綺麗な放物線を描く。レフトが懸命に後退するも意味無し。白球はスタンドに突き刺さった。



See you next base……

WORDFILE.60:スリークォーター


 投手の投法の主な4つの内の一つ。直訳すると4分の3であるように、オーバースローとサイドスローの大体中間の位置から腕を振る。肩や肘への負担を軽くしながら、コントロールとスピードをバランス良く両立させられるという利点がある。

 飛翔を含めた左投手に多く、スライダーやカーブ、シュートなどの横に変化する球種が投げやすくなる。近年はオーバースローよりもスリークォーターを採用する投手が増えている。


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