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ベース⚾ガール!  作者: ドラらん
第十章 リスタート
153/181

150th BASE

お読みいただきありがとうございます。


最近知ったのですが、布団の上で作業すると運気が下がるらしいです。

皆さんも気を付けてください。

私はこれをやらないようになって、宝くじが当た……ってません!

 六回裏が終わる。ここまでの試合展開に反して三者凡退であったため、祥にはこのインターバルがとても短く感じられた。


(さあ、頑張ろう)


 祥は水を一口含んでから、グラブを持ってマウンドに上がる。七回表の市岐阜は、最初の打者として代打の鈴木(すずき)を送る。


「よろしくお願いします」


 鈴木は左の打席に立った。それを見た祥の眉間が微かに寄る。


(左か。嫌だなあ……)


 一球目。祥は外角を狙って投げるも、上手くいかない。低めに引っ掛けるような投球になる。


「ボール」


 二球目。これも低めに外れる。祥はここまで左打者に対して一球もストライクを取れていない。無論祥も分かっており、そのことがプレッシャーになっていた。


(ここからストライク三つ入れなきゃいけないのか。できるかな……)


 こういう考えになってしまうと苦しい。三球目と四球目もボールになり、祥は鈴木を歩かせる。


 ノーアウトでランナーが出た。市岐阜は続く九番のところにも代打を使う。こちらも左打者の加藤(かとう)だ。


(またか……)


 祥の顔つきがもう一段険しくなる。初球、アウトコースにボ―ル一個分外れる。


 二球目。祥がセットポジションに就く。後ろ向きになる自分の気持ちをどうにか整えようと若干の間を作ってから、足を上げて投球動作を起こす。


「走った!」


 すると一塁ランナーの鈴木がスタートを切った。テイクバックを取っていた祥の目にも、その姿が映る。


(え? こういう時ってどうすれば良いんだっけ?)


 祥はランナーに気を取られ、投げることへの注意が散漫になる。リリースの瞬間、ボールが人差指から中指の方向へと流れるように抜ける。


「あ!」


 祥は投球後に気付くも、時既に遅し。ボールは避けようと背中を向ける加藤の肩甲骨に当たった。


「あいたっ!」


 悲鳴を上げ、加藤はその場に跪く。息を吸おうとすると当たり所に響き、少しの間呼吸ができなくなる。


「ふう……」


 けれども大きな怪我には至らず。暫くすると加藤は元気に立ち上がる。


「すみません……」

「大丈夫。気にしないで」


 謝る祥に笑顔で応え、加藤は一塁へと向かう。ただ祥にとって、この死球による精神的ダメージは大きかった。


(やっちゃったあ……。流石にやばいよね)


 祥は気まずそうにボールを掌で転がす。そこへ優築が一旦間を置こうとやってくる。


「投手やってればこういうことなんてたくさんある。いちいち気に留めず、切り替えていきましょう。引き続き私のミット狙って、思い切り腕を振ってきて」

「は、はい」


 ランナー一、二塁となり、打順は一番の長池に返る。彼女は右打者なので、祥も幾分か楽に投げられるはず。ここで落ち着きたいところだ。しかし、事はそんなに上手く運ばなかった。


 長池への投球に移ろうと、祥はセットポジションに入る。だがマウンドからホームまでの距離が、これまでよりも一層遠くに感じられる。


(あれ? これ本当に大丈夫か……?)


 ストライクゾーンに投げられる気がしない。加えて左手の指先が震え出し、ボールの握り方すらもよく分からなくなる。


(と、とにかく投げないと。優築さんのミットを標的にするんだ)


 長池への初球、祥は優築に言われた通り、彼女のミットだけを見て投げようとする。ところがボールは外へと大きく外れる。優築が飛びつくように捕らなければならないほどだ。


「ボ―ル、フォア」


 更に二球目以降もボールが続き、長池にも四球を与える。

 これが地獄の入口だった。そんな表現が相応しいのかもしれない。


「ボ―ル、フォア」


 この後の山田に対してもストライクが入らない。押し出しの四球となり、市岐阜は労せずして五点目を得る。


「タイム」


 急遽マウンドに内野陣が集まる。輪の中心では青ざめた顔で下を向き、申し訳なさそうにする祥の姿があった。


「すみません……」

「良いって良いって。初めての登板なんてこんなもんだよ」


 杏玖が陽気に励ます。その傍ら、優築は何かを問いかけるような眼差しでベンチの隆浯を見ている。


(祥はパニックに陥ってる。良くなりそうな兆しも見られないし、代えた方が良いと思うけど……)


 隆浯は腕を組んだまま動かない。祥を代える意思は無いようだ。


(ここで交代させたら悪いイメージだけが残ってしまう。できることならこのピンチを切り抜けさせて、少しでも良いイメージを持たせて終わらせたい。そのためにもうちょっとだけ様子を見よう)

(続投か……。これも祥を一人前にするために必要ってことね。なら大きな傷に繋がらないよう、私がケアしないと) 


 タイムが解かれる。優築は最後に、祥に一言掛けておく。


「祥、今は苦しいかもしれないけど、前の回ではちゃんと三つのアウトを取れてる。だから自信は失わずに投げ込んできなさい」

「は、はい」


 依然としてノーアウト満塁という状況で、バッターは三番の門田。不幸にも、彼女も左打者だ。


(ここでサインを出したって何の意味も無い。今の私にできることは、とにかく祥が投げやすいようにすることだ)


 優築はできるだけ体を小さくしてミットを構える。祥が狙いを付けやすくするためだ。その効果か、初球は外角低めの際どいコースに行く。


「ボ―ル」


 しかし球審の手は上がらなかった。これまではストライクを取っていたようにも思えるが、祥の荒れ球のイメージが影響し、判定が厳しくなったのかもしれない。


 そしてこの一球が、祥が立ち直る最大にして唯一のチャンスだった。


「ボ―ル、フォア」


 後の三球でもストライクが投げらない。これで五者連続四死球となる。


「はあ……はあ……」


 懸命に腕を振っているのに、一向に定まらないコントロール。祥は何がどうなっているのかさえ分からず、崩壊寸前まで追い詰められていた。


「祥ちゃん頑張れ!」

「大丈夫だよ。落ち着いていこう」


 ベンチの仲間が激励の声を飛ばす。だが中には祥の投球に痺れを切らした者もおり、彼女たちの口からは厳しい言葉が出る。


「いい加減しっかりやろうよ」

「ストライク入れるだけだって」


 本人たちにしてみれば、特に何の悪気も無く、寧ろ祥に発破を掛けようと放った一言だった。だがそれが、祥の心にとどめを刺す。


(え……、しっかりやれ? 私しっかりやろうとしてるよ。でもストライクが入らないんだよ。どうにかしようとしてるけど、どうにもならないんだよ……)


 打席に四番の大橋が入り、祥は初球を投じようとする。しかし大きな脱力感に襲われた。左腕を腰の後ろに引いたところで身体の力が抜け、ボールは彼女の左手から零れるように滑り落ちる。


「え?」

「あ……」


 刹那、グラウンドを悲愴な静寂が包む。誰もが言葉を失い、マウンドの横を転々とするボールを見て固まっている。


「タ、タイム。ボーク。ボーク」


 咄嗟に球審がボークをコールし、ランナーがそれぞれ進塁する。ただもう祥にとって、いや、亀ヶ崎にとってそんなことはどうでも良かった。


「タ、タイム! 杏玖!」


 隆浯は慌ててタイムを取り、サードの杏玖とアイコンタクトを交わす。どういうことか察した杏玖は即座に転がったボールを拾い、マウンドに登る。


「祥……」


 祥は放心状態で立ち尽くしていた。杏玖は一瞬話しかけるのを躊躇う。


「さ、祥、交代しよっか。後は私に任せて。よく頑張ったし、ベンチで休んでなよ」


 杏玖が努めて明るく振る舞うも効果無し。祥は何の応答もせず、覚束ない足取りで歩き出す。そうしてベンチに帰るや否や、隅の席に崩れ落ちるように座った。


(私一体、何をやってたんだろう……)


 祥はどこか一点を見つめているようにも見えるが、焦点は全く合っていなかった。惨たらしいとさえ言える酷い姿に、近寄ることができるものは誰一人としていない。初めての登板で悪夢のような結末。祥の心には、深い傷跡が刻まれてしまった。


「アウト。ゲームセット」


 この後は杏玖が三点を追加されながらも、三つのアウトを積み上げて試合終了。最終的に十三対九で亀ヶ崎が勝利を収めた。紗愛蘭や京子など新しい役目を任された選手が機能し、打線は良い手応えを感じさせた。反対に真裕と祥の投手陣はそれぞれが不安を露呈した。特に祥は終わり方が終わり方だっただけに、今日のピッチングがトラウマにならないか心配だ。




 午後から行われた第二試合は、一試合目とはうって変わって接戦となった。それでも先発した美輝が五回三失点と粘投。打線の方は小刻みに得点を重ねてリードを保った。最後は再び杏玖が締め、六対三でこの試合も亀ヶ崎が勝った。


「ありがとうございました!」


 かくして合宿は終わった。課題も収穫も多くあり、チーム全体として非常に充実した三日間となった。今後の練習、更には夏休み明けの大会に活かされていくことだろう。



See you next base……


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