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ベース⚾ガール!  作者: ドラらん
第十章 リスタート
148/181

145th BASE

お読みいただきありがとうございます。


6月に入りました。

祝日が一日も無く、その上で梅雨で雨が多いという試練の一ヵ月になりそうです。

 一回裏の亀ヶ崎の攻撃に移る。一番バッターは紗愛蘭。夏大の頃よりも少し伸びた後ろ髪を上手にヘルメットの中に隠し、打席へと向かう。


「よろしくお願いします」


 市岐阜の先発は二年生の高島が務める。彼女も真裕と同様、新チームでエースになることを期待されている投手だ。

 初球のサインに頷き、高島が投球モーションに入る。ゆったりとしたテイクバックで溜を作り、肘を高く上げてオーバーハンドからボールを投げ下ろす。


「ストライク」


 角度のある直球が低めに決まる。紗愛蘭は打ちにいく姿勢を見せるも、独特な軌道に思わずスイングを躊躇った。


(高めかと思ったのに、ミットの位置は低かった。これは捉えにくそう。けどこの球を打てないようじゃ、奥州の小山さんを打つことだってできない)


 紗愛蘭は一度打席を外す。一番を任されるのは人生初で、実はかなり緊張している。息衝(いきつ)く間隔も非常に短い。彼女はバッティンググラブを嵌め直しながら呼吸を整え、自分自身を落ち着かせる。


(よし。行こう)


 二球目。またもやストレートが来る。コースは一球目と大差は無い。紗愛蘭は臆せずバットを振り出す。


(真裕と誓ったんだ。来年絶対、日本一になるんだって。こんなところで苦戦していられない)


 快音が響く。紗愛蘭の打球はショートの頭を越え、左中間に弾む。


「ナイバッチ! 回れ回れ」


 快足を飛ばし、紗愛蘭は一気に二塁まで到達する。一番での起用にいきなり応えるツーベースヒット。これで若干だが緊張も和らぐ。


(良かった。ひとまず一本出せた)


 続いて二番の京子に打順が回る。送りバントという選択肢もある場面だが、隆浯は敢えてサインを出さない。


(現時点での俺の理想は、紗愛蘭がこのまま一番を打ち続けること。そうなればその次の打者が肝になってくる。さて京子、お前がここでどんなバッティングをするのか、じっくり見させてもらうぞ)


 隆浯が腕組みをしたまま目を凝らす。京子はノーサインである理由を自分なりに解釈しつつ、高島と対峙する。


(初回から得点圏にランナーが出てて、ウチの次はクリーンナップ。それなのに何の指示も出ないなんてことは、普通ならありえない。監督は多分、ウチにこういう場面で何ができるのかを見極めようとしてるんだ)


 初球。外角へのストレートがボールになる。市岐阜バッテリーは出方を伺いたかったのか、予め外したようにも見える。


 二球目。真ん中から内に曲がっていくスライダーが来る。京子はバットを出し、一塁線際に打ち返す。


「ファール」


 打球はファーストの福本の右を抜けていくも僅かに切れた。走りかけていた京子はバットを拾い上げ、打席へと入り直す。


(変化球だったとはいえ、今のはしっかり引っ張れた。これができればランナーを進められる)


 三球目はアウトコースへの直球。インコースを狙っていた京子は手を出さず、ツーストライクとなる。


(追い込まれたか。でも簡単にはアウトにならない。できるだけ粘って、最低限ランナー三塁で後ろに繋ぐ。風さんはこれができてたから、監督にあれだけ信頼されてたんだ)


 打席で構える京子の右足が、ほんの少し内側に閉じられる。四球目、高島の投球は外角低めに行く。京子はカットしようとスイングを始める。

 しかしベース手前でボールにブレーキが掛かった。チェンジアップだ。京子は右手一本で堪えようとするも、バットは空を切る。


「スイング、バッターアウト」


 空振り三振。結局、京子は何もさせてもらえなかった。


「ああ……。すみません……」

「ドンマイドンマイ。切り替えていこ」


 次打者の杏玖に励まされるが、京子は肩を落としてベンチへ帰っていく。そんな彼女を隆浯が呼び寄せた。


「京子、今の打席、お前は何をしようと考えていた」

「え、えっと……。何とか右に転がして、最悪でも紗愛蘭が三塁に行けるようにと……」


 京子はややおどおどしながら答える。自分のやろうとしたことが間違っていたとは思っていないが、結果が伴っていないので自信を持って発言できなかった。隆浯はその様子を考慮し、口調を柔らかくして話す。


「うん。それはこっちにもちゃんと伝わってきた。じゃあ聞くけど、二球目にファールを打った後、あっちの二遊間が揃って右に寄ったのには気付いたか?」

「え? あ……、見てませんでした」

「そうか。もしそれが分かっていたら、無理に引っ張らず、左に打つという選択肢もあったと思うんだ。サードはベースに近づいていて、三遊間は広くなってるわけだしな」

「確かに。その通りです……」


 返す言葉が無く、京子は下を向いてしまう。


「まあそう気を落とすな。お前のやろうとしていたことは決して誤りだったわけじゃないんだ。ただお前にはもっと広い視野を持ってプレーしてもらいたい。これからできるようにしていってくれ」

「は、はい……」


 京子は奥歯を噛みしめ、哀しそうにヘルメットを脱ぐ。トレードマークの三つ編みの先が力無く襟足に巻きつく。風のいなくなった穴を埋めるには、まだまだ自分には足りないことが多すぎる。たった一打席だが、京子はそれを痛感させられたのだった。


「ナイバッチ!」


 ちょうどそのタイミングで、バッターの杏玖が三球目をライト前に運ぶ。紗愛蘭は三塁でストップ。元から彼女が三塁にいれば一点入っていただけに、こうなると益々(ますます)京子の打撃が悔やまれる。それでもチャンスを拡大させ、四番の珠音が打席に立つ。


(杏玖も紗愛蘭も逆らわずに打ってのヒット。これがこのピッチャーの攻略法かな。私もそれに倣おう)


 夏大準決勝での一件を機に、珠音の野球に対する態度は少しずつ変化している。杏玖以外のチームメイトとも話す時間が増え、アドバイスを送ったり、逆に参考にしたりするようになった。それもあって元々高かった技術は更なる向上の兆しを見せている。


 珠音は初球を捉えた。低めのストレートを弾き返し、右中間の深部まで飛ばす。


「杏玖さん、ノースライです」

「よっしゃ」


 紗愛蘭に続き、一塁ランナーの杏玖もホームを陥れる。亀ヶ崎が先制点を挙げた。


「ナイバッチ!」

「イエーイ」


 珠音は二塁のベース上で軽くガッツポーズをし、ベンチの仲間と喜びを共有する。これまでは見られなかった光景であり、彼女が内面的にも成長している証だろう。チームを勝利に導く真の四番になるべく、珠音の進化は加速していきそうだ。


「アウト。チェンジ」


 後続が倒れ、二点で一回裏は終了。試合は二回に入っていく。



See you next base……


WORDFILE.56:オーバースロー


 主に4つに分けられる投法の中で、肩より上にあげた腕を振り下ろして球を投げる投げ方。ストレートの速度が出やすく、フォークなどの縦に変化する球種などが投げやすい。

 右投手には多く見られるオーバースローだが、左投手には非常に少ない。これは人間の身体構造が関係している。人間の心臓はやや左側にあるため、左投手が真上から投げようとすると、胸郭が圧迫されて心臓に大きな負荷が掛かる。当然この状態で投げ続けることは困難であり、それ故に左投手は腕を下げてできるだけ体への負担を軽減している。


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